「ミロ………この香りは?」
「これは白檀。 昨日、三年坂の店に入ったときにちょっと気に入ってね♪」
カミュとの初めての蚊帳の夜を過ごすのに、蚊取り線香というのも風情がないというものだ。

   こんなときには香に限る!
   日本には香道というのがあるくらいで、とくに京都には香の専門店が多いのだ
   これを使わない手はあるまい♪

蚊帳で寝るということは外からの風を入れるということだが、直接に外から見えるのではどうしようもない。そこで障子と雨戸の開け方を互い違いにして、風は通るが万が一の視線はさえぎるように工夫した。
「だから大丈夫………さあ、こっちへ来て…」
「ん………」
薄緑の蚊帳の裾をそっと持上げて中に入ってきたカミュは紺地に夕顔を散らした浴衣をきちんと着込み、洗い立ての髪も艶やかに美しい。恥じらって戸惑うばかりのカミュをお互いにまだ慣れぬフトンにそっと横たえて唇を重ねていけば、早くも薄紅に染まった肌が俺を迎えてくれるのだ。
俺の愛につつましやかに身じろぐだけのカミュは声も立てずに身をひそめ、ときおり抑えかねて洩れる甘い吐息が蚊帳を震わせその想いを知らしめる。
「カミュ………やさしくするから……もっと甘えてくれる?」
「……でも………ミロ……もし、人が来たら…」
「誰も来ないから………それに、閉め切ったら蚊帳の意味がない……もう少しこのままで……」
「ん……」
頬を染め、恥じらいを含みつつ俺に抱かれたカミュが目を閉じた。
すだくような虫の音を乗せたやわらかい風が蚊帳の薄緑を揺らし、高雅な香りは仄かに闇を満たす。

   蚊帳も白檀も なんてカミュに似つかわしいことだろう!
   日本に来たのは間違いではなかったようだ………

白い手がひそやかに蚊帳の裾に伸び、淡い緑をもどかしげに手繰り寄せる。
俺は満ち足りた想いで腕の中のカミュをいつくしんでいった。