金魚すくい

花の名所には縁日がつきもので、桜見物を終えた二人は露店を見て歩いている。
「まったくいろいろなものがあって面白いな!食べ物もここならではのものが多いが、射的とか輪投げも愉快じゃないか。」
「食品衛生にはいささか問題があるかもしれないが、この賑やかさは何とはなしに心を浮き立たせる。 禅や能を好む日本人が、一方ではこのような庶民の娯楽を大切にしているのは注目すべきことだ。」
「どこの国にも高雅なものと猥雑なものがあるんだよ、人間としては当然だな。」
そう言いながら、今のカミュと昨夜のカミュを心の中で比較してひそかに頷いているミロである。

「ほら、お前の好きな店がある。」
カミュが示したのは金魚すくいの店だ。 横長の四角い大きな水槽に数え切れないほどの赤い金魚が泳ぎ回っていて、白い水槽の色と真紅の金魚の色の対比がいかにも目に鮮やかだ。 散りかかった桜の花びらが何枚か浮かんでいるのも春の風情というもので、何人もの人がしゃがんで金魚すくいに熱中し、それを後ろから覗き込んで喜んでいる人も数多い。
「今日こそ金魚すくいをやってみたい!お前もやれよ!」
「えっ、私も?」
「お前が動物愛護の精神からあまりいい顔をしないのはわかっているが、ここでずっと暮らす金魚も気の毒だとは思わんか? 日々緊張の連続で神経の休まるときがない。 人間ならストレスで胃潰瘍になるんじゃないのか? 俺たちが救ってやって、広い静かな環境ですくすくと成長させてやるほうが本人のためだと思うぜ。 それから念のために言っておくが、『 救う 』 は 『 金魚をすくう 』 の掛け言葉になっている。」
「それはわかっている。 まあ、よかろう、たまには金魚すくいも一興だ。」
「だからさ、一興じゃなくて動物愛護♪」
「わかった、わかった。」
ミロが金魚屋に 「二人ね。」 と言い、すくう網を買う。
「ほら、お前の網とお椀。」
「この薄紙を貼った網を、専門的にはポイと称する。」
「……え? そうなの?」
「ポイには使用されている紙の厚さによって4号から7号までがある。 4号は部厚い紙なので大人ならほとんど無尽蔵にすくえるが、これを使用している店は縁日では皆無といえるだろう。 幼稚園など低年齢層向けの限定イベントに使われると思われる。 一方7号は極めて薄い紙なので非常に破れやすい。 これを使っている店は避けるのが賢明だ。 慣れないものには一匹もすくえず、達成感が得られない。」
「ええと……だって、その店が何号の…ポイを使っているかなんてわからないだろう?」
「いや、店の裏側にポイのダンボール箱が積んであるのを見れば一目瞭然だ。きちんと号数が明記されている。」
カミュが店の奥に視線をやった。
「うむ、5号と6号が併用されているようだ、ここならよかろう。」
「なぜ二種類?」
「小さい子供やお年寄りには5号を渡し、何匹かはすくえるように配慮しているということだろう。 弱者優遇措置だ。」
「すると俺たちは当然 強者だから、これは6号ってわけね、なるほど!」
ここでミロははたと気がついた。
「なあ、どうしてそんなに詳しいんだ?」

   いくら博識なカミュでも、極東の日本の金魚すくいの店のノウハウなんかになぜ精通してる?
   金魚屋に知り合いがいるとは思えんが?

「赤い魚が金魚という名を有していることに疑問を持ち、金魚の歴史を検索しているうちにその知識を得た。 なかなか面白い。」
「今までなんの疑問も持たなかったが、言われてみれば真っ赤なのに金魚っていうのも不思議だな。 で、なんで金魚?」
「学名は Carassius auratus、 黄金色のフナという意味だ。発祥の地である中国でも金魚 ( チンユゥイ ) と呼ばれており、洋の東西を問わず金色のイメージがある。 おそらく赤いウロコが光の加減で金色に光って見えることに着目したのだろう。」
「俺たちの聖衣なんか、光が当たらなくても金の後光がさしてるぜ。 特にお前の場合に顕著だが。」
そういいながら水槽のそばにしゃがみこんだミロが良さそうな金魚を物色し始めた。 たくさんの小さい真っ赤な金魚に交じって、わりと大き目の金魚やきれいな長い尾の金魚も優雅に泳いでいる。
「男ならやっぱりこのくらいのが狙いたいね。 ふうん、なかなか素早く動くんだな!」
じっと機会を狙っていたミロがさっと網を入れた。
「あっ!」
ゆらりとよけた金魚はゆうゆうと向こう側に泳いでゆき、ミロの手には破れた網が握られている。
「あ〜あ、逃げられた!……あれ? カミュ、お前、なにやってる?!」
カミュが左手で持っている椀にはすでに3匹の金魚がおさまり、たった今4匹目の金魚が捕獲されたところなのだ。
「どうしてそんなに?!」
驚きと少しばかりの嫉妬を交えながら聞くと、
「以前テレビで金魚すくい選手権という番組を見たときに、あまりにも多くの金魚をすくっているのに驚き、その論理的裏づけを調べたことがある。 そのときに得たノウハウを応用している。」
その合間にも6匹目の金魚が椀におさまった。 そうして紙が破れるまでに19匹の釣果 (?) を得たのである。
終わりごろには外人がたくさんすくっているのに気付いた人々が集まり始め、一匹すくうたびにどよめきが起き、ついに終焉を迎えたときにはいっせいに拍手が起こって二人を驚かせた。
「はい、お兄さん、お見事だね〜! いま、袋に入れるからね。 お連れのお兄さんの分も一匹足しとくよ!」
大き目のビニール袋の中に20匹の金魚がいるのはなかなかに壮観で、見ていた子供がぽかんと口を開けて羨ましそうにしているのも面映い。
「金魚すくい、やりたい〜!」
子供にせがまれた親が何人か網を受け取っている。
「ふうん……たくさんすくいすぎて営業に差し支えるかと思ったが、そうでもないらしいな。 見ろよ、ずいぶん客が増えたぜ。」
「誰もがあれほどすくったら問題だろうが、それはあるまい。 たとえノウハウの知識があっても、金魚の動きを予測して確実にすくうのは簡単なことではない。」
「………お前、ちょっと自慢してない?」
「え……」
「それにしても日本の露店は面白い。  ところで、そんなにたくさんの金魚をどうする?」
「あ…」
「一匹や二匹なら離れで飼わせてもらってもいいだろうが、あまりに多すぎやしないか?」
「う〜む………」

結局、持ち帰った金魚を見た美穂が 「 あらまあ!」 とほめたたえたあと、星の子学園にもって行くことで話がついた。 形は大きいのに、中には二匹しか金魚がいなくて寂しい水槽があるのだという。
「よかったな、金魚の嫁入り先が決まって。」
「うむ、私もほっとした。 しかし、あの金魚がすべて雌とは思えないが?」
「え? いいんだよ、そんなことは。 言葉のあやだ。」
ミロがカミュを抱き寄せた。
「そんなことより、今から俺のところに嫁に来てくれる?」
「えっ、私は女ではないから…!」
「ふふふ、これも言葉のあや。 金魚みたいに赤く染めてやるよ……もうどこにも逃がさない………」
「ん………」
こうしてミロは、飛び切り貴重な金魚をつかまえたのである。






               
お祭りの縁日に金魚すくいはつきものです。
               ミロ様の腕の中でゆらゆらと泳ぐカミュ金魚もきれいでしょうね。

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