き り た ん ぽ 2 |
今日の昼食は俺が注文したきりたんぽ鍋が出ることになっている。 「普通だったら北海道の宿ではきりたんぽは出してくれないぜ。ほんとにここはありがたい。」 「まったくだ。いながらにして日本全国のものが食べられる。」 注文してすぐというわけにはいかないが、板前もプロとして新たな料理に挑戦するのを楽しんでいるらしいと美穂に聞いたことがある。 鍋物には酒がつきもので、運ばれてきた鍋を見た俺はいつもの大吟醸を飲むことにした。 「お前も飲めればいいんだが。」 「私もそうは思うが、こればかりはどうしようもない。」 カミュはほんとに酒に弱くてほんの少しですぐに赤くなり、ちょっとでも量を過ごせば倒れてしまう。俺としては酒豪のカミュよりは可愛くていいが、こんなことは本人には言わないほうがいい。 たまに飲んでふらつくくらいに酔ったところを介抱するのがいいんだよ ぐったりともたれかかってきて首筋に熱い吐息をかけられると、またなんともいえないからな カミュが酒豪で、俺のほうが先につぶれて介抱されるようではさまにならん そんなことを考えながらカミュとしゃべっていると美穂が鍋の用意を始めた。比内地鶏のだしが煮立ったところに野菜やきのこを入れていく。 「鍋物って、油も砂糖も使わないからヘルシーだな。それでいて美味しいし。」 「秋冬には身体も心も温まってよいものだ。」 お前を抱くと春夏秋冬あったまる、と言いたいのを我慢する。ギリシャ語で言ってもカミュに睨まれるのはわかってる。 美穂が比内地鶏を入れたあたりで続きは俺が引き受けることにした。日本には鍋奉行という言葉があって、材料を入れるタイミングや火加減を采配する達人のことを意味するというのは常識だ。常にカミュをリードしている俺が鍋奉行に就任するのは当然だろう。 「それではミロ様にお任せいたします。きりたんぽは温めすぎるととろけてしまいますのでお気をつけください。」 「ふ〜ん、そうなんだ。」 きりたんぽは飯を固めたようなものだから長く煮てると溶けるんだろうな、と思って頷いた。こんなことは言われなくてもカミュにはわかっているんだろうとひょいっと見ると、そのカミュが真っ赤になってうつむいている。 え?どうしたんだ? なにか赤くなるようなことがあっただろうかと思い、「どうした?」となにげなく聞いてみた。ますます赤くなったカミュは頑なに顔をあげようとしない。 はて?この感じはまるであのときみたいだか、なぜ今?………あ! もしかして、温めすぎるととろけるっていうのに反応したんじゃないのか? たしかに昨夜もそんなようなことを言った気はする。でもまさか、きりたんぽであのカミュが夜のことを想像すると誰が思うだろう。 それはともかく、気の毒になった俺はすぐにカミュの分の盃を頼むことにした。飲める飲めないの問題ではない。なんとかして顔の赤さの理由付けをしてやらないと、カミュは味もわからないだろう。 「ほら、飲んで。飲めば落ち着く。」 「ん…」 震える手で盃を差し出したカミュに半分ほど注いでやる。けっして俺の顔を見ようとしないカミュはいったいなにを考えているのだろう。 一息に飲み干したカミュがそっと溜め息をついた。見る間に耳まで赤くなり、まだ盃をもっているその指先までもがほんのりと朱を帯びる。 う〜ん!抱きたいっ! ここが離れだったら、いますぐ押し倒してる! 酒を飲んでいるというだけでも色っぽいのに、心の中であらぬことを考えて赤くなってるカミュなんて滅多にお目にかかれない! 鍋を食べ終わるころにはカミュもさすがに復調しているだろうと思うと口惜しいが、あまり飲ませると立てなくなって離れに戻れなくなるのも心配だ。 それから当たり障りのない話をしながらなんとかカミュも落ち着いたらしい。なにを考えて赤くなったのか今夜ゆっくりと聞かせてもらおうと考えながらきりたんぽ鍋を食べ終えたところで美穂が茶とフルーツを持ってきた。 「きりたんぽはいかがでしたか?」 「うん、おいしかった。俺って鍋奉行になれるかな?」 「ええ、ミロ様ならきっと。」 すると、やっと平常に戻ったらしいカミュが、 「では私も修業に励ませてもらうことにしよう。」 と言った。そう言われても、常にリードをとっている俺が鍋奉行の地位を譲るわけにはいかないと言おうと思ってひょいっとカミュを見ると、 …え?どうしたんだ? なぜか真っ赤になっている。 え?今度はいったいなんだ? なにか赤くなるようなことがあったか? 頭の中でいま交わされたばかりの会話を反芻する。きりたんぽ、鍋奉行、これは問題ないだろう。美穂と俺の台詞にはそんな要素はなにもない。ではカミュが自分で言った台詞が? カミュはなんて言った?たしか…… 「では私も修業に励ませてもらおうか。」 だったよな これのどこがおかしいだろう?いかにもカミュが言いそうな台詞で、色めいたところなどどこにもない。 修業に励む。それのどこが… あ……もしかして! それらしいことに思い当たった俺はカミュの想像力に舌を巻く。いや、想像力というよりは牽強付会というべきだろう。 励むって……それって考えすぎだろうに たとえ同じことを考えたとしても俺なら心の中でくすっと笑うくらいだろうが、カミュはそうではない。 自らの経験に赤面し、さらにそんなことを連想してしまった自分を恥じてますますうつむいていまうのだ。 「さあ、行こうか。」 デザートも終わったのでカミュを誘う。相変わらず頬を染めたままのカミュは俺を見ないまま頷いてついてきた。ほんとのデザートはこれからだ。甘い期待に胸ふくらませながら俺は離れに向かって行った。 |
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