狛犬 (こまいぬ)

「あちこちで見かけるが、これも狛犬ってわけか?」
「うむ、古式にのっとり、向かって右の獅子は口を開け、左の獅子は口を閉じている。 狛犬の獅子タイプに相違ない。」

上野の表慶館の前で話し合っているミロとカミュの前には、台座に載った二頭の青銅の獅子がいる。
「だが、狛犬っていうのは神社にあるのが普通だろ? 美術館として建てられたここに、なんで置いたんだ?」
「狛犬は空想上の守護獣ゆえ、西洋に倣った建築物には獅子、すなわちライオンを置いて装飾も兼ねさせたのではないだろうか。」
「ふうん、俺はこんなものに頼らなくても、ちゃんとお前を守れるがな。」
「え? なんのことだ?」
「いや、なんでもない。」
つい口を滑らせたミロは、あわてて手を振った。 この建物にカミュと住めたら、などと夢想していることを悟らせようとは思わない。 ましてや、何かのときにはカミュを守ってやろう、などという考えは隠し通すにこしたことはないのである。

「ところで、どうして、口を開けたのと、開けてないのとがいるんだろう?」
都合の悪いときに話を変えるのは、ミロの得意技である。
「口をあけているのを 『 唖 (あ ) 像 』 、閉じているのを 『 吽 ( うん ) 像 』 といい、両者は一対で奉納される。 古代インド語のサンスクリットの十二母音の中で、 『 唖 』 は最初の音、『 吽 』 は最後の音のことであり、それによって万物の初めと終わりを表すということなのだそうだ。 ほかに、寺院の門の左右の仁王像も、向かって右が唖像、左が吽像となっている。」
「単なる飾りだと思っていたが、えらく、奥が深いじゃないか!」
「また、『 阿吽の呼吸 』 という言葉があり、『 二人以上で一つのことをするときに、気持ちの一致する微妙なタイミング 』 という意味を表している。」
「ふうん! まるで、俺たちのことみたいじゃないか♪」
「なにがだ?」
例の如くのことが咄嗟に心に浮かび、激しく後悔したミロだが、覆水盆にかえらずである。 じっと見ているカミュに、今度はごまかしは通用しそうにない。妙に赤面しているのを、疑わしげに見つめられているのだ。
「つまりさ……いいか、怒るなよ、思ったものはしかたないんだから。」
「まだなにも聞いていないが?」
「……ああ、そうだよな……ほんとに怒るなよ。」
ミロは覚悟を決めた。 言葉がわかるわけではないのだが、一応辺りを見回して、人のいないのを確かめる。
「阿吽の呼吸っていうのは、俺たちのことだとは思わんか? 黄金聖闘士としても、私人としてもいいコンビだと思うぜ。」
「それで、どうして私が怒らなければならんのだ?」
見とれている場合ではないのだが、眉を上げたカミュのきれいさにちょっと笑みがこぼれそうになるミロである。
「ええっと、つまりだな、 『 あ…… 』 っていうのは、お前が恥じらうときの台詞で、 『 うん♪ 』 っていうのは、それを見た俺が嬉しくて心の中で言う台詞♪ で、結局、俺たちの夜はいつも阿吽の呼吸だなってこと♪」
「ばかものっっ!!!!」
ミロは首をすくめた。
少しだけ身を引きながら、からかうように言ってみる。
「納得がいかないなら、今夜ゆっくり実践してやるよ♪」
「ば、ばかもの……」
小さく口の中で呟いて横を向いたカミュがみるみるうちに頬を染め、ミロをおおいに満足させたのだった。



                                  


                     ミロ様、貴方はやっぱりミロ様です!
                     これからは狛犬を見るたびに、いろいろ思いをめぐらせてしまうのでしょうか?
                     
                     それにしても、上野の表慶館、十二宮にあってもよさそうな風格ある建築物です♪
                     正面扉が現代住宅では考えられぬほど大きくて立派!
                     「ふうん、ミロ様はこんな扉を押し開けてカミュ様のもとを訪れるのか!」
                     「あそこのテラスの手すりに寄りかかって、グラスを揺らすのね♪」
                     真剣に見惚れたのは私です。