京 都 五 山 送 り 火

八月十六日の夜の京都の耳目は東山から洛北の山々に燃え上がる紅の炎に注がれる。
盆の間にこの世に戻って来た精霊を再び浄土へと導く送り火だ。

「たいへんな人出だな。」
「本来は亡くなった人を供養する宗教行事だが観光化してきたことを憂うる声も多い。」
「俺たちは仏教徒ではないが、死者を弔う気持ちになんら変わりはない。 それに………」
混雑する鴨川べりを歩きながらまだ暗い山々を見遣ったミロが言葉を濁す。

かつての闘いの記憶は胸の奥に沈んでいるだけでけっして消えることはない。
自らの死に関しては、闘い抜いて嘆きの壁で満足のいく死を迎えたミロとは違い、あとに遺す者に万感の想いをいだいたままに生を終えたカミュの想いがいかに深いことか。
宝瓶宮での死はまだしも、心ならずも闇の冥衣をまといかりそめの命を朝の光の中で終えねばならなかった苦痛はいかにも深い。 はかりしれない愛惜と悲嘆と畏怖の残滓が今もなおカミュの中に消えないままに残っていることをミロは知っている。
「私は二度も死んで、いまなお生きて………」
「カミュ………」
「そしてまた死んで…」
「よせよ! お前は、今のお前はこんなに生きている! それはたしかに人は死ぬ、未来永劫生きるものは誰一人いない。 俺だっていつかはあの火に送られる。 でも………」
ミロがカミュの手を取った。 人目を気にしたらしいカミュが一瞬手を引きかけたが、午後八時の送り火の点火に備えて灯りを落とし始めた京の街は仄暗く、人々の目も周りの山々に注がれていて二人のことに気づく筈もないのだ。
「俺もお前もこんなに立派に生きているじゃないか。 互いの中に熱い血が流れていることはわかっているだろう? もう悲しむな! 二度も死んだ記憶は今日の送り火に乗せて送り返してやればいいんだよ。 そして生きてる俺を見て欲しい。」
「ミロ………ミロ……………すまない………要らぬ心配をかける……」
「いいんだよ………聖闘士だからって常に強くはいられない。 ほら、『 人 』 っていう字は二人が支えあっている様子を表しているっていうじゃないか。 俺たちもそうなんだよ、支えあわなきゃ生きていけない。 弱音を吐いて、それからまた立ち上がればいいのさ。」
「ん………そうだな…」
そんなことを話しているうちに東山如意ケ嶽 ( にょいがたけ ) に炎が上がり巨大な大の字が現われた。 周り中から歓声と溜め息が洩らされる。 ここからでは炎の色と盛んに上がる煙しか見えないが、あの回りでは火の世話をする沢山の人々が忙しく立ち働いているのだろう。
やがて大文字、妙法、船形、左大文字、鳥居形、の五つの巨大な送り火が徐々に京都の山に浮かび上がり、その荘厳さは筆舌に尽くしがたいのだ。 古くからの家では経を読みながら闇に浮ぶ送り火に乗せて故人を偲ぶ。
「ミロ………」
立ち尽くし、声もなく見守っていたカミュが声を抑えて言った。
「お前は聞きたくもなかろうが、言ってもよいか?」
「……え?」
「もし……私が先に逝ったら、この火に乗せて送ってほしい。」
ひたと炎の色を見るカミュの目にはなにが映っているのだろう。
切なさがこみ上げてきてなにも言えなくなったミロが人目も構わずカミュを抱いた。 きっと誰も気づかないに違いない。

   きっと………きっとそうするから………そして……俺のときにもそうしてほしい………

燃え続ける炎が闇の中で滲んでいった。





              
京の夏を彩る五山の送り火は長い歴史のある宗教行事です。
              テレビで見ていても十二分に心に沁みるのでした。