ミ ロ

テレビを見ていたミロが振り向いた。
「強い子のミロっていうのは飲みものらしいが、どうして強い子なんだ? 美穂に聞いてみたが、やっぱりわからなかった。」
ミロが疑問を持つのももっともで、日本に来てテレビを見慣れてくるとこの広告にいやでも気付かないではいられない。
「今、調べる。」
ちょうどパソコン画面に向っていたカミュがキーボードを叩く。
「わかった。 ミロの発売元の会社のサイトにはこのように書いてある。
 
今から2600年位前に、ローマのクロトナという所にミロンという大変力持ちの運動選手がいました。彼は古代オリンピックのレスリ
 ング競技で、6回も優勝したといわれています。ネスレ ミロはそんなミロンにあやかり、強い子に育って欲しいという願いを込めて
 名付けられました。

「ふ〜ん、すごいじゃないか!」
ミロはご機嫌である。 カミュの名はフランスの生んだ偉大な文豪アルベール・カミュ、そして世界に冠たるコニャックの至宝カミュと等しく、スペインの画家ジョアン・ミロとしか関係がないミロはもう一つインパクトのあるものが欲しかったのだ。 強い子のミロというだけでは、コニャックと比べてあまりにも位負けしているというものではないか。
にんまりとしているとカミュがさらに他の画面を開き始めた。
「ミロンは子供の頃から牛の世話をして、生まれたばかりの子牛を肩に担いで牛小屋の周りを回るのを日課としていた。 成牛なってもそれを続けていたので人並みすぐれた体力が付いたのだろう。」
「うむ、毎日の鍛錬は必要なことだ。」
ミロがうんうんと頷く。
「ほぅ! ルーブルにミロンの彫刻があるそうだ。 クロトンのミロン Milon de Crotone 、ルイ14世の注文により彫刻家ピュジェが制作したという。」
「ルイ14世といえばあの太陽王だろう! フランスを全盛期に導き全ヨーロッパにその名を響かせた名君主だ。 さすがに見る目があるな!」
「ええと、写真は………ああ、あった…」
「どれどれ♪」
「いや、あの、私としては……」
「ふふふ、わかってるよ、この手の彫刻は人間の肉体美を表現するために裸体であることがお決まりだからな。 レスリングの有名なチャンピオンならなおさらだ。 照れる気持ちはわかるが俺本人ではないし、ルイ14世とルーブルが認めた芸術を鑑賞するのになんのはばかることがある?」
そしてミロはその写真を見た。 
「え………」
気まずい沈黙が下りる。
「おいっ、これはどういうことだっっ?!」
ミロが真っ赤になって叫んだ。 あまりにも期待と相反する彫刻ではなかったか!
「6回の優勝を誇ったミロンにもついに落日のときがやってきた。 同郷のティマシテオスに完敗し勝者の名を譲ったのだ。 この彫刻は老いたミロンが己の力を証明しようと森の中で切り株を素手で裂こうとした際、裂け目に手を挟まれて抜けなくなっているところに狼が来て噛み付かれ苦悶する有様を現したものだ。 臀部の裂傷の有様が極めて精緻だという。」
「そんなものを表現されても嬉しくないっ!」
「それゆえ見せたくなかったのに、お前が私の制止も聞かず……」
「で、ミロンはどうなったんだ?!」
「食い殺されたそうだ。」
「え………」
あまりにもクールな返事がミロに眩暈を起こさせる。
「 これは記録にも残っている史実で、それゆえにこのような彫刻が彫られたのだろう。 ちなみに、実際には狼に襲われたのだが美術的見地からライオンに変えてある。そのほうが観賞価値が高いということらしい。」
「そんなことで納得ができるかっ! フェンリルよりアイオリアの方がましとはとても言えん状況だ!!」
「…え?」
憤懣やるかたないミロはそのページを履歴から消し、その日は寝るまでムスッとしていた。

「ミロ……ミロ……まだ機嫌は直らぬか?」
「………」
「あの………あのような彫刻をお前に見せてすまなかった。 ほんとに私は……」
向こうを向いたままのミロの背にそっと頬を寄せる。 きれいな筋肉の盛り上がりが見事でカミュは内心溜め息をついた。
「……てくれたら許してもいい。」
「え?」
はっきり聞こえなくて問い返すと、くるっと向きを変えたミロと目が合った。
「だからさ、狼やライオンじゃ嫌だけど、お前ならいいってこと♪」
「え?」
「噛み付かれたところ……舐めて直してくれる?」
「えっ!」
真っ赤になったカミュにミロがやさしく口付けた。
あとは知らない。






                     
だれでも知ってる強い子のミロ。
                     今日はその秘密に迫ってみました。
                     やはり一度は行きたいルーブルです。

                                     クロトンのミロン ⇒ こちら