国立科学博物館 ミュージアムショップ |
科学博物館の出口のそばに、なんだかにぎやかそうな店らしいものがあるので、寄ってみることにした。 「ふうん、こいつは驚いた! ここならではの品揃えだな、化石だの実験道具だの売ってるぜ!」 感心して振り向いたときには、すでにカミュは入り口近くのショーケースに張り付いて真剣に中身を吟味しているではないか! さすがだな! 理系のカミュにとっては、ここが娯楽の殿堂に見えるのかもしれん! 半分はわけがわからんが、面白いものも山ほどあるじゃないか♪ ともかく、店の中は科学的なグッズや書籍・標本であふれ返っており、特に科学的知識のない俺にも愉快なものがたくさんあるのだ。 万華鏡やコマなど、実際に手にとって試してみられるものも数多い。 知的好奇心の虜になっているらしいカミュには存分に楽しんでもらうことにした俺は、ゆっくりと展示品を見始めた。 いや、ここの場合は商品っていうんだろうな、やっぱり。 店の中は子供はもちろんのこと、大人も多くいて、みな熱心に品物をのぞき込んでいる。 きれいな可愛いものもあれば、数あるなかには思わずギョッとするような品もある。 おい、これはいったいなんだ………??!!って、頭蓋骨に決まってるが…… こんなものを買う奴がこの世にいるのか??? デスマスクでも買わんのじゃないか? 黒褐色や茶褐色のそれは、たぶん現代人よりも小ぶりなようで、おそらく何十万年も前の古代人類の頭骨の標本の複製品なのだろうか、棚の上の方に10種類くらいも並べられている。 この 「 何十万年 」 、というのも俺がなんとなく推測しただけで、何百万年前とか何万年とかが正しいのかもしれんが、そんなことをカミュに聞こうものなら説明が長くなる可能性もある。 ほんの興味本位で聞いたことにも、きっちりと論理を尽くして教えてくれようとするカミュには、うかつにものは聞けないのだ。 とくに、こういう科学的物件にあふれている場所では、カミュの心理状態は究極の生物・物理学者バージョンになっているとしか思えない。 君子 危うきに近寄らずだ。 ところで、この頭骨も売り物だろうが、いったい幾らするんだ? ………なにっ! 72450エンだとっっっ??? そいつは、高すぎるんじゃないのか?! それだけあれば、カミュにちょっとしたネックレスとか腕輪とかを買ってやれるじゃないか! 俺は、先日、デパートであれこれと宝飾品を品定めしていたときのことを思い出した。 鮮やかな緑の翡翠のネックレスとなるともっと値が張るが、この金額なら、鼈甲でも珊瑚でもなかなかいい品が買えるのだ。 思わず唸った俺が隣のコーナーを見ると、なんと、楕円のプラスチックだかアクリル樹脂だかの中に封入されているのは蠍ではないか! う〜ん、喜んでいいんだか、悲しんでいいんだかわからんな? しかし、こうしてみると、尾を持ち上げて臨戦態勢をとっているところなど、なかなかいいではないか♪ なんともさまになってるぜ! まてよ? これって、カミュのフリージングコフィンに似てないか?? う〜ん………やっぱり、喜んでいいんだか、悲しんでいいんだかわからんな……… あちこち見て歩いていると、カミュがガラスケースの中身を眺めているところにやってきた。 「今度はなにを見てるんだ?」 「ああ、ミロ、よいところへ来たな。 これを見てくれ!」 「ん? なんだ? ……俺には普通の石か何かに見えるが……え? 15000エンって、これはいったいなんだ?」 カミュが指差しているのは、長さ15cmくらいのくすんだオフホワイトの平べったいもので、何かの切片のように見える。 ビニールの袋に簡単に入れられているが、値段からしてきっと価値の高いものに違いない。 「これはマンモスの牙だ。」 「……え? これが? あんなものが、どうしてこんなに高いんだ?? 15000エンといえば、かなりの額じゃないのか?」 俺は心底あきれてしまった。 マンモスの牙なんて、シベリアのカミュの修行地あたりで何度も見かけているのだ。 「私もこれには驚いた。こんな小さなかけらをこの価格で購入する人間がいるのだろうか?」 カミュは首をかしげているが、俺の思考は違う方向に働いた。 カミュがシベリアで自分と弟子の修行に身を入れてたころには、付近の永久氷壁を小宇宙で破砕することも多く、そのあおりで何億年も前のマンモスが氷漬けになったまま発見されたこともあるのだ。 さすがにマンモスに眺められながらの修行は嬉しくなかったので、すぐさまクレバスを作り、その中に再び封じ込めたりもしたらしいが、牙や骨格なら、今でもカミュが見つけたままにそのあたりに何体分もあるのだった。 この小ささでこの値段だとすると………牙一本で1千万くらいするということも考えられる 俺の覚えているだけでも、あのあたりに三体分はあるんだぜ! すると、あれだけで6千万かっ???!!! 俺は気が遠くなりそうだった。 それだけあればカミュにどれほど素晴らしい宝飾品が贈れるだろう? 鮮やかな緑の翡翠に身を飾るカミュが脳裏に浮かび上がり、俺を陶然とさせた。 透き通るような白い肌に翡翠がどれほど似つかわしいことか! 恥じらいを含んでうつむくお前の首には、翡翠と銀の素晴らしい首飾りをつけてやろう♪ 両の手首には、目も覚めるような鮮やかな緑の腕輪をこの俺の手で嵌めてやるのだ! 誓いの指輪を互いに交わしてから、俺はカミュにやさしく口付けてゆく 大粒の翡翠のイヤリングをそっとはずして、雪のような白い身体を横たえれば その胸を飾る翡翠の緑がいっそう耀くことだろう やがて俺に抱かれたお前の肌がばら色に染まり、たおやかな手がいとおしげに俺の背に回される カミュ…カミュ……俺の宝…俺の命……… そんな装身具をつけることをおよそ納得しそうにないカミュであることもことも忘れて、俺がしばしの夢の世界に魂を飛ばせていると、カミュの冷静な言葉が俺の耳に飛び込んできた。 「………どんなに喜ぶことかしれぬな。」 「……え? 喜ぶって、俺のことか?」 「誰がそんなことを言ったのだ? 私の言っているのは、氷河の修行地、コホーテク村の人々のことだ。」 「え……」 「ここ数年の厳しい寒波で、村の財政は底を尽きかけていると聞く。 私が所在を確認できるマンモスの骨格の場所を教えてやれば、みな、どれほど喜ぶことか!」 「あ………ああ……そうだな…うん、そうだろう、俺もそう思うぜ!」 よく考えてみれば叶わぬ夢なのだ。 牙を装飾品に変えるなど、そんな現代の錬金術がカミュの前でまかり通るはずもない。 「日本に来てよかった! これであの村も一息つけるだろう♪」 明るい表情のカミュを見ていたら、俺もなんだか嬉しくなってきた。 まあいいさ! 大事なのは翡翠じゃなくてカミュだからな♪ 装飾品なんかなくても、世界の至宝、アクエリアスのカミュは俺一人のものだ♪ 「よかったじゃないか、いいプレゼントが見つかって!」 黄昏時の風は冷たいが、博物館をあとにして二人で歩く上野の森は早咲きの桜があちこちに見られ、木々の芽も十二分にふくらんでいる。 満足げなカミュが噴水脇の寒緋桜の下で立ち止まり、下向きに咲いている花にそっと手を伸ばした。 「もう春なのだな、風は冷たくとも花は咲く時期を忘れぬものだ。」 「カミュ……」 俺はこころもち身体を寄せて、そっと耳元でささやいてやる。 「俺たちもプレゼントを交わそうじゃないか。」 「……え?」 「お前へのプレゼントは俺♪ そして、俺へのプレゼントは………」 「……私……でよいか?」 寒風に頬を染めたカミュが、目を伏せてささやき返す。 「最高のプレゼントだ、カミュ……今夜、俺のために咲いてくれる?」 しのびやかな溜め息が返事となり、頬が緋桜の色に染まった。 これで上野公園三部作は一応終りです。 東方見聞録ならではの、お二人が書けました。 もしかしたら、もう1編書くかもしれませんが、 今のところは、これで満足♪ 翡翠に身を飾ったカミュ様? さて、どうでしょう、実現するのでしょうか? ミロ様の御心しだいですね(笑)。 |
、