七草粥


「こちらは七草粥でございます。」
朝食を運んできた美穂が最後に丹塗りの半月盆に置いたものは湯気のたった椀である。
「あれ? 今朝は粥なのか?」
「今日、一月七日は七草粥を食べる日と定められている。 青野菜が不足しがちな冬に芽を出した若菜を摘んで新春を喜ぶ意味があるという。 おそらく雪の間から顔を出した若芽からエネルギーをもらう意味合いもあるのだろう。 これはまた、正月の馳走に疲れた胃を癒すためという側面もあり、日本人には欠かせぬ正月の一連の行事の一つだ。」
「ふうん、若菜からエネルギーをもらわなくても、俺は有り余ってるけどな♪」
くすくす笑ってカミュを赤面させておいてミロはさっそく粥を一すくい口に入れた。
「あちっ!」
口をすぼめてふうふういっているミロをおかしそうに見ながら優雅に粥をすくったカミュが少し冷ましてから一口食べた。
「七草とは、セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロの七種だ。 西洋で言えばハーブのようなもので、健康によさそうだ。」
「お前、よくそんな植物の名前を覚えられるな! セリだけは俺も覚えたが、他の野菜は聞いたことがない。」
「難しいことではない。 セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ春の七草、という短歌になっており、語呂がいいので日本人なら誰でも口ずさめる。 それに、スズナはカブ、スズシロは大根の別名だ。」
「ふうん……お前もすでに日本人の資格十分だと思うぜ。」
感心しながら七草粥を平らげたミロが美穂におかわりの合図をした。

新年を迎えたこの宿はあちらこちらに正月らしい飾り付けが施され、いずれも華やかに美しい。 ホールに飾ってある大きい鏡餅がだんだんひび割れてゆくのもミロには面白いのだ。
「この餅で、ええっと、11日には鏡開きをするんだったな。お汁粉っていうのもなかなかいいと思うぜ、たまには甘いのも悪くない。お前はどう?」
「私にはいささか甘すぎる。」
「でも……甘いのも好きなんだろう♪」
離れに入ったところで玄関に鍵をかけたミロが、先にあがっていたカミュを後ろから抱きとめた。
「あ……ミロ! なにを…」
「ふふふ……昨夜のお前を食べ過ぎてちょっと疲れたから、軽い口直し♪」
「疲れたなら………眠るほうが効果的で……ああ……いや…そんなこと…」
まさかと気を許していて、つい後ろをとられたカミュには抵抗するすべなどありはしないのだ。ミロの的確な仕草に翻弄されてのけぞらせた白い喉が早くも淡く染まってゆき、見る者を楽しませる。
「熱すぎるとやけどをするからな……少し冷ましてから食べさせてもらうぜ♪」

   …冷ます…とは……?

言われた意味がわからずあらがうことを忘れたとたん、耳に息を吹き込まれて声にならない悲鳴を上げた。 そのまま耳朶からうなじへと弱いところを攻められて立っていることもできずにたちまち崩れそうになる身体をミロが巧みに支えるのも計算されているのに違いない。
「口直しだから軽く済ませてやるよ……横にはしない………このままで楽しませてくれ♪」

   そんな……そんなこと…!
   ミロ……私は…もう…

緩められた襟元から差し入れられた手がさらに進められ、いつのまにか二の腕まで露わにされたその白い肩に熱い唇が押し当てられた。
「白くて熱くて……ほんとにやけどしそうだぜ♪」
「ミ…ロ………私は…」
「ん? なに? お前の好きなようにしてやるから、なんでも言ってみて♪ お年玉がわりになんでも望みを叶えてやるよ。」

   そんな……そんなことを言って………好きなようにしているのはお前の方で…
   ああ……そんな…そんなことをされては…もう私は…

胸に渦巻く想いを言葉には出せぬうちにミロの思いのままに扱われたカミュの全身を火のような奔流が駆け巡り、ついにその意識は失われた。
「おやおや……軽く済ませる筈が、これは想定外だな♪ そういうことなら、おかわりもいただこうか♪」
とても予想していなかったとは思えぬ余裕の笑みを見せたミロが、カミュを抱き上げ奥の間へ運ぶ。

   やっぱり横にしなくちゃ無理だったかな?
   この調子では、明日の朝も七草粥を頼んだほうがいいかもしれん

敷きなおしたフトンにしどけなく横たえられたカミュの魅力に抗しきれずにそっと抱きしめてゆけば、半ばひらいた紅い唇から無意識のうちにも甘い吐息が洩れる。 誘われる想いがしてふたたびいつくしみ始めたミロがカミュを目覚めさせるのも間もないに違いない。

   目が覚めたらもういちど、どうされたいか聞いてやろう……
   頬を染めたところを口付けて、抱きしめて、もっともっと可愛がってやろう……

含み笑いをしたミロにどこをどうされたものか、カミュが小さくあえいだようだ。 ひそやかな気配が部屋に満たされていった。