オ オ ミ ズ ア オ

日課の散歩から戻ってきたミロが、宿の門を入ったところで足を止めた。
「おい、カミュ!素晴らしいものを見つけたぜ!お前より先に見つけて嬉しいね!」
「なんだ?」
ミロが指差すほうを見たカミュが、ほう!と声を上げた。
「これはオオミズアオの終齢幼虫だ。実に美しい。実物を見たのは初めてだ。」
「だろ!幼虫としては完璧だな。大きさといい、色といい、これ以上のものはあるまい。」
顔を寄せたミロがしげしげと見ているのは体長10センチはあろうかという鮮やかな黄緑色の幼虫だ。大人の指の太さはあろうかという身体を伸縮させて紅葉の細枝を這い、そのたびに蛇腹状の体節がリズミカルな動きを見せている。
「ほんとに綺麗だな!幼虫もこのレベルまでくると、ちっとも気持ち悪くなんかない。自然界の驚異だよ。少し透明感があるような気もするな。どうしてここまで鮮やかな黄緑になるものだろう?ここまで大きいと、蝶じゃなくて蛾の幼虫か?」
ミロが感嘆するのも無理はない。それほどこの幼虫は美しいのだ。どんなにこの手の幼虫が苦手な人間でもこの美しさには脱帽するに違いない。いや、それは単なる思い込みかもしれないが。
「オオミズアオはチョウ目ヤママユガ科の蛾だ。大水青という意味で、成虫は薄い水色の大型の蛾で、その美しさから蛾の女王とも称される。学名は Actias artemis aliena 、アルテミスとは知っての通り、月の女神だ。北海道から九州まで広く分布し、食草はモミジ・ウメ・サクラなどだ。」
「ふうん、水色の蛾って、ちょっとお洒落だな。たしかに月の女神っていうイメージだ。 食草も有名どころでセンスがいい。それにしても見事だな!感嘆するね、見てよかった。」
「成虫を手に乗せるとずしりと重く感じるそうだ。これほど大きいと成虫の胴体もかなり太いからな。」
「そりゃそうだ。お前も手に乗せてみればいいじゃないか。やってみたいんだろう?」
「よいのか?」
以前庭で見つけたオオムラサキの幼虫をカミュが手に乗せたときは大変だった。一瞥したミロがやいのやいのと騒ぎ立て、閉口したカミュは幼虫を食草に戻して手を洗ってこなければならなかったのだ。
「俺も幼虫には免疫がついたからな。それにこいつは美しい。その一語に尽きる。乗せたければ乗せるといいさ。その”ずしり感”を味わうべきだろう。」
「では。」
頷いたカミュが次の枝に移っていたオオミズアオの幼虫の行く手に指を置いた。白い指先にぶつかった幼虫は動きを止めたがすぐに行進を再開し、カミュの指に乗り移った。
「どんな感じ?重いのか?」
「うむ、なかなかの重量感だ。歩かれると…くすぐったい。」
カミュが指を持ち上げると、驚いたのか身体を縮めて文字通り固まった幼虫は体節ごとに棘の束があり、ミロにはそれが気になる。
「この棘って毒はないのか?ちょっと気になるな。」
「弱い毒があるという説もあるが、掴むわけではないのだから心配はあるまい。それよりも動きが早くてそのほうが問題だ。」
新しい接地面に納得した幼虫が再び動き出したので、カミュは左右の手に幼虫を移し替えるのに忙しい。
「う〜ん、可愛いな。なんだかペットに見えてきた。はらぺこ青虫って絵本があったろう?あれみたいだ。いや、あれより可愛いし綺麗だぜ。」
オオムラサキ、アゲハ、ツマグロヒョウモンと、幼虫との邂逅に場数を踏んだミロは、オオミズアオの巨大な幼虫に拒否反応どころか多大なる興味と理解を抱くようになっている。まさに亭主の好きな赤烏帽子である。いや、この場合は女房の好きな赤烏帽子かもしれないが。
「俺もやってみたいが、いいか?」
「むろん、よいとも。かなりむずむずするが、それさえ我慢すればなんのことはない。お前が理解してくれて嬉しい。」
「幼虫が怖くて聖闘士がやってられるか。それにこいつは美丈夫だ。その形容がふさわしいだろう。アルデバランなんかは偉丈夫だが。」
笑いながら手を差し出したミロがカミュの腕から黄緑の幼虫を指に移らせた。
「うわ……なんとも言えないな。」
全体が乗り移るとさすがにボリュームがある。少し温かくて少し冷たい感触はなんとも言えず、ミロの背筋を快とも不快ともつかない感覚が這い上る。
ミロがびくっとした振動で幼虫が動くのをやめた。頭を下げてじっとして心なしか身体を縮めたようだ。
「あれ…動かなくなったぜ。居心地が悪いとか?」
「そんなことはあるまい。幼虫といえども始終動き続けているというわけではない。」
「それもそうだな。うわっ、動き出した!」
そうやって二人が黄緑色の幼虫をやり取りしていると後ろから声がかかった。美穂だ。
「ミロ様、カミュ様、昼食のご用意が出来ておりますのでご都合のよろしいときにおいでくださいませ。」
「ああ、ありがとう。」
うっかり振り返った二人の手元を見た美穂が一瞬黙ったあと絹を裂くような悲鳴を上げ、出勤していたスタッフが全員駆けつけてきた。

「あ〜〜…耐性があるわけないよな…」
「やはり美穂には無理だろう。」
ことの次第を説明して幼虫を出来るだけ遠くの食草まで放しに行ってからとりわけ丁寧に手を洗い、やっと二人は昼食の席についている。
宿の主人や何人かの男性スタッフは見事な幼虫に関心を示して喜んでくれたのだが、女性陣はだめだった。とがめるような目つきと数歩離れている態度が、 (お二人って、そういうのが好きなのね…) という気分を如実にあらわしていたような気もする。
「あれが蝶なら、大きくなったらこんな綺麗な蝶になる、といえば、少しは見方が変わるんだろうに。」
「蝶と蛾に対する好悪の感情は理屈ではないからな。」
「オオミズアオの成虫も見てみたい。」
「この周辺に生息しているのは確かだから、夜な夜な出歩いて探すのがよかろう。」
「う〜ん、それもたいへんだな。そうだ!お前、誘蛾灯になれ!」
「は?」
「お前なら、立っているだけで向こうから寄ってくる。探しに行く手間が省けていい。」
「そんな馬鹿な。」
「余計な虫は俺が追い払うから大丈夫だ。お前なら夜の女王が懸想するかも知れんぞ。」
「笑止!」
ミロの発想がおかしくてカミュが笑い、我慢できずにミロも笑い出す。
遠くで見ていた美穂がため息をついた。





         はい、男と女はちがう生き物なのです。

         先日オオミズアオの大きい幼虫がいるのを見つけて驚愕と歓喜が訪れました。
         今まで生きてきて初めての経験。
         これはどう考えても昆虫 (幼虫) シリーズ第4弾にふさわしい偉大さです。
         成虫なら何度も見ましたが、ああほんとに幼虫も素晴らしい!
         え?そうは思わない?
         う〜ん、見解の相違です、それは。
         理系のカミュ様はお喜びであられるし、ミロ様も同じお気持ちで。
         ほら、亭主の好きな赤烏帽子。


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CAUTION! 幼虫、成虫、さなぎに卵、オオミズアオの写真がいっぱい!

        オオミズアオ  ⇒ こちら     成虫の写真が大量に。色彩がわかります。
                             一番下に幼虫の写真が5枚ほどあります。

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                        思いっきり驚きました、たしかにこのイメージです。
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                        イラストだから昆虫が苦手な方でも大丈夫です。
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