オオムラサキ

「カミュ、見てみろよ、こんなサイトを見つけたぜ.。」

パソコン画面の写真に魅入っていたミロが、庭先に出ていたカミュに声を掛けた。
「ほぅ、蝶の幼虫の図鑑ではないか! 437種掲載とはたいしたものだ!」
「トップの写真が、これまたすごいインパクトじゃないか!」 
「女子供は怖いのかもしれぬ。 先日、美穂が小さい緑の幼虫を見つけたらしく悲鳴を上げていた。」
「ふうん、俺は別に怖くはないぜ、男だからな。 こんなものが怖くて聖闘士がやってられるか。」
「私もだ。 聖域が乾燥しすぎていて、この種の生物が少ないのが残念でならぬ。」
そのときだ、ミロがカミュの手に目をやったのは。
「あれっ、お、お前、なにを持っているっ!」
「これはついさっき、離れの庭先のエノキで見つけた日本の国蝶、オオムラサキの幼虫だ。」
「国蝶っ? だが色が違うっ! そ、そっちの黒っぽくてちっちゃいのはっ?!」
「体色の地味なほうは若齢幼虫で、それが脱皮を繰り返してゆくと、こちらの緑の大きな幼虫になる。 これは六齢幼虫で、もうじき蛹になると思われる。 幼虫⇒蛹⇒成虫という変態は、実に見事な自然の………ミロ、どうしたのだ?」
「俺は……俺は………確かに怖くはない! 怖くはないが、お前が……お前の白い指が………そ、そんなものを持って………! あああああああああ〜〜〜っ!」
「……いけなかったか?」
「カミュ……俺は…俺は………」
絶句したミロは涙をにじませた。 あのカジカガエルのときは全身の血が逆流したが、今度のはそれとは違うものの、やはり納得は出来ないのだ。

   羽化したオオムラサキが指先に止まったら、ミロも可愛いと言ってくれるのだろうに……

「蝶ならよくて、幼虫は嫌だ、というのは偏見と無理解に過ぎない。」
と言おうかとも思ったカミュだが、やめたところをみるとかなり思考が柔軟になってきているようだ。
「すまぬ、お前がそれほど困るとは思ってもみなかった。 手を洗ってきたほうがよいか? うむ、洗ってこよう。」
やさしく言われてミロが恥ずかしくなったのは事実だが、手を洗って欲しいのは間違いないのだ。
カミュが戻って来た時には、すでにパソコンは消されていた。


「すまん、さっきは取り乱した……」
「かまわぬ、誰にも苦手はあるものだ。」
「俺の場合はさ……幼虫が苦手というよりも、お前の白魚のような美しい指先にあれがいるのが正視できん。」
「幼虫も造形的に美しいものが多いと思うが。」
「そうかもしれないが、お前の指には、蛍とか、朝露とか、桜の花びらとか、そういうのが似合うんだよ。」
「幼虫ではだめか?」
「う〜ん、艶っぽくはないからな。 俺はお前と環境学のフィールドワークをしてるわけじゃないから、できることなら避けたいね。」
「では………私とは…なにを……している…?」
ミロの返事はわかっている。 わかっているにもかかわらず、今日のカミュは訊いてみたのだ。

   たまには、こちらから水を向けてやろう
   さっきは驚かせて、悪いことをしたし………

「ん? いいことを訊いてくれるじゃないか。」
なるほど、満面に笑みを浮かべたミロが、カミュをすいっと抱き寄せた。
「むろん愛のフィールドワークだ。 それには地道な調査と研究が欠かせない。 日々の積み重ねがいい結果を生むんだよ。 俺の腕の中で、固いお前から柔らかいお前へ見事に変身させてやるぜ。」
こうなると、ミロの手に翻弄されてゆくカミュは、自ら呼び込んだ結果に流されるのみである。
「ふふふ……脱皮していくお前を見せてもらおうじゃないか。」
早くも恥じらいを含んで朱に染まった肌がミロを出迎えていった。






                      もともとは日記のために書き始めたミニミニだったのですが、本編に昇格。
                           設定も、最初はキアゲハでしたが、
                           「東方見聞録」 にするために日本の国蝶・オオムラサキに変えました。

                           兄が蝶好きで、子どものころは虫捕りにくっついて歩いてたので、
                           昆虫にはかなり理解があるほうです。
                           昆虫図鑑をめくっていろいろ覚えましたから、部分的には詳しいです。
                           アゲハの幼虫なら今でも持てます、さらっとした冷たげな感触は独特ですね。
                           キアゲハの幼虫もOK!緑と黒の縞々が目立ちます。

                           オオムラサキの成虫 ( 蝶 ) ⇒ こちら と こちら
                           幼虫 ( とても可愛い顔してると思います ) ⇒ こちら
                                    ↑
                            ほんとに、蝶の幼虫の中では飛びぬけて可愛いです。
                            ( 特に可愛い写真を探しました、説明文に愛情があふれてます、秀逸です。)
                            さすがは国蝶、幼い頃からいいルックス。
                            ミロ様の幼少時もそりゃ可愛かったんだろうなぁ、とちょっと夢想……。


            
 「ん? 俺の子供の頃とオオムラサキの幼虫と似てるのか?」
             「いや、そういう意味ではあるまい。 どちらも、その世界では飛びぬけて可愛い、ということだろう。」
             「ふうん……で、今は?」
             「…え?…今は、って……」
             「今の俺はどう? 可愛いってことはあるまいから、そうすると今の俺の評価はなに?」
             「なにって………あのぅ……」
             「教えてくれなきゃ、今夜は可愛がってやらないぜ。」
             「……お、お前はまた、すぐそういうことを言って………」
             「困る? 困るんだろ? そうか、やっぱり、俺に可愛がってもらわないと困るんだ、ふふふ、やっぱりね。」
             「な、なにを……一人で勝手に……あ………」
             「カミュ………大好きだ………心の底から愛してる……ほら、こんなに。」
             「………」