大 相 撲

「なぜ、急に大相撲の話なんだ?」

七夕は牽牛と織女、平たく言えば織姫と彦星の年に一度の逢瀬の夜だ。 鱧寿司、アワビ葛打ち、若鮎塩焼き、その他けっこうな献立に舌鼓を打った後の夜を満喫したミロは翌朝の朝食後のコーヒーを口に運びながら首を傾げる。
「今は年に六場所の大相撲だが、その歴史は古い。 日本書紀や古事記にもその原型を見ることができ、本来はスポーツなどではなく神に奉納されたものだ。 平安時代になると天皇が諸国から力自慢の男達を集めて宮中で天覧相撲を行なうようになり、それが七月七日の七夕の夜だったそうだ。」
「え? 七夕っていえば乞巧奠 ( きこうでん ) じゃなかったのか? ほら、織物の上達を織女に願うっていう主旨の行事の。 どうしてそんな優雅なときに相撲をしなきゃならんのだ?」
ミロの頭の中に、優雅な女房装束の女人達が短冊を飾る様子と全国から集められた力自慢の荒々しい男達が相撲を取る様子が並べられ、その違和感ははなはだしいのだ。
「日本書紀によると、垂仁天皇の命により七月七日に野見宿禰 ( のみのすくね ) と当麻蹴速 ( たいまのけはや ) とが互いに蹴り合って、野見宿禰が相手の腰を踏み折って勝ち、その褒美に当麻蹴速が持っていた大和当麻の領地を賜わって宮廷に仕えたということだ。 その七月七日の故事に基づいて日にちを決めたのではないだろうか。」
「ちょっと待て! 俺は日にちの特定の理由よりも、腰を踏み折るっていうところが気になるんだが! 相撲に踏んだり蹴ったりはないだろう?!」

   ………相手の腰を踏み折る???
   それって、物凄くないか?
   そういうのが得意技の奴とは、あまり闘いたくないな………まあ、俺たちは接近戦とは無縁だが

「相撲の原型とされるが、むろん今の相撲とは大きく異なっている。 武術と考えるのが妥当だろう。 柔道の方でも、この闘いを起源としている。 なお、野見宿禰は相撲の神とされる。」
「ふうん、荒ぶる神ってわけね………」
「しかし宮中の相撲節会はさすがに優雅だ。 紫宸殿南庭で行われ、相撲を取る力士の出入り口には青竹で垣根を作り、左から現れる力士の髪には葵の造化を飾り、右から現れる力士の髪には夕顔の造花をさしていたという。」
「ほぅ! さすがだな、気に入ったよ! 紫宸殿南庭といえば、あの白馬の節会もそこで行われるという宮中でももっともメインの場所だろう?」
「うむ、そこで現在でも力士が土俵にやってくるときの道を花道と呼んでいる。」
「あ〜、なるほどね!」
「お前もなかなか関心があるようだ。 そういうことなら、宿の主人が昨日から始まった七月場所のチケットを取れるので一緒に見に行こう!」
「………え? 俺が?」
「なにを驚いている? 相撲といえば日本の国技だ。 これだけ長く住んでいて、見たことがないでは済まされないだろう。」
「でも、あの………俺はそこまでしなくても…」
「煮えきらぬな。 興味はないのか?」
「だって、あの………正直に言おう! 俺はあのまわしってやつがどうにも好きになれないんだよ。 あえて男の裸を見ようとは思わん!」
「裸? そんなことを言ったら、競泳もかなりのものだと思うが。」
「水泳は………あれはスポーツで、水着だから当たり前だろう。」
「ならば、相撲もまわしが当たり前だ。 気にするほうがおかしい。」
「だって………見てて恥ずかしくないか?」
「べつに。 お前は恥ずかしいのか? 相撲ではあれが当然だ。 江戸時代の錦絵にもあるとおり、数百年の歴史を有している。 」
「俺は四時からの水戸黄門の再放送を見たあとはお前にテレビを譲って娯楽室に行って本を読んでるから、お前みたいに大相撲を見慣れてないんだよ。 シラク前フランス大統領は大の日本びいきで相撲にも造詣が深いのは知っている。 お前もその流れで相撲好きなのかもしれんが、 無理を言ってくれるな。」
「では、七月場所は私一人で見に行くということになる。 ………少し寂しい……」
「え? あのぅ………」
「さ・び・し・い ……」
「ええと、カミュ……」
「日本に来てミロと別行動をとるのは初めてで………とても寂し…」
「わかった、わかったから! 一緒に行くよ、行けばいいんだろう?」
「では千秋楽の東側最前列溜席 ( たまりせき ) 、通称砂かぶりと云われる最上席をキープしてある。 楽しみにしているからな♪」
「えっ?!」
「いいから、いいから♪」





          東側最前列って、土俵入りの力士の後ろ姿がしっかり見えます。
          結びの一番の頃にはミロ様もすっかり慣れることでしょう。

          砂かぶりとは、激しい取り組みで土俵の砂が飛んできてかぶることもあるということからきた名前です。

          砂かぶり ⇒ こちら