親知らず 2 |
「うっ…」 呻いたのはカミュだ。 「………え?」 それはしんしんと雪の降り積もる夜のことで、いままさにミロが佳境に入ろうとしていたときだった。 「どうした?」 「ひどく……痛い…」 「なぜっ? 俺は自慢ではないが、いまだかつてお前に痛い思いをさせたことはないぜ。 できるものならとっくにやっている。」 「そうではない。 そうではなくて………」 思わぬことを言われてカミュは赤くなる。 「じゃぁ、なに?」 ミロの腕の中で眉を寄せたカミュがゆるゆると首を振った。 「歯が痛い。 どうやら親知らずのようだ。」 「えっ……」 美穂に予約を取ってもらい登別市内の歯科に出かけたカミュが戻ってきたのは早かった。 「えらく早かったな。」 「うむ、あの歯科では抜けないので、大学病院の口腔外科を紹介された。 明後日入院して抜歯してもらう。」 「えっ! 俺のときはすぐに抜いてもらったのにどうして?」 「左の上下の親知らずに痛みがあり、神経と血管に極めて近いため慎重を期して全身麻酔でのオペとなるそうだ。」 「全身麻酔っっ?!」 ミロは唖然とした。 全身麻酔といえばどう考えてもおおごとだ。 そんなものは心臓の手術とか臓器移植とかの極めて限られた重い状態のときにするのだと思っていたのだから当然である。 「だって、歯を二本抜くだけだぜ! いくら親知らずといっても大袈裟じゃないのか? 麻酔なんかして大丈夫なのか?」 ミロの脳裏に治療台の上で全身麻酔され意識をなくしたカミュの姿が浮んだ。 そ、そんなぁ〜〜〜っ! 俺のカミュがそんな無防備な姿で横たわっているのに俺はどうすることもできないのか? だいたい麻酔なんて危険なことはないのか? カミュの玉のような身体に余計な薬剤なんか入れたくないっ! 俺のリストリクションじゃ、だめなのか? 「専門家が必要と認めるのだから素人の我々がとやかく言うのは論理的でない。 心電図をつけて全身状態を観察しながら行うのでなんら案ずることはない。」 「でもなぁ………」 「入院は二泊三日になるので美穂に連絡してその間の食事を止めてもらわねばならぬ。」 「なにぃ〜〜っ! ど、どうしてっっ!!」 「まれに容態が悪くなるケースがあるらしく、万全を期してそのコースを選択した。 4本全部を抜いて二週間の入院中流動食だったということもあるそうだから、二泊三日なら軽いほうだろう。」 「う、う〜〜む……」 カミュの親知らず抜歯計画は宿にセンセーションを巻き起こし、主人も美穂もいたく同情してくれた。 入院前日は夜9時以降は絶食となるので、それまでの食事は歯の痛みにさわらぬようにと柔らかめの熱すぎない料理が出され、どうやら帰ってきてからの食べやすい献立もさっそく検討されているらしかった。 「今も痛む?」 「いや、痛み止めが効いているのでそれほどでもない。 時折り鈍い痛みを感じるだけだ。」 「それならよかった。 で、今夜は………いい?」 「ん………」 抜歯の後は飲酒・入浴・運動などは慎んだほうがいいし、そもそも痛みのためになにも出来はしないというのはミロも経験していることだ。 とすると一週間はなにも望めない可能性がある。 「長くはしないから………」 数日降り続いていた雪は夕方にはやんでいる。 離れに静かな夜が訪れた。 当日はミロも同行した。 歯の手術なのに術衣とやらに着替えたカミュが長い髪をまとめて簡便な帽子をかぶっているのも珍しい。 「ふ〜ん………」 「なんだ?」 「やっぱり聖衣のヘッドパーツのほうが似合ってる。」 「比較するのが間違いだ。」 「わかってるよ、じゃあな。」 「うむ、行ってくる。」 こうしてカミュは手術室に消えた。 内心の不安を抑えておとなしく椅子に座っていたミロの前で扉が開かれたのは二時間後だ。 ほっとしたミロが急ぎ近寄るとまだ麻酔がきいているらしく、車椅子のカミュはじっと目を閉じたままだ。 「片方の歯は半分ほど骨に埋まりこんでいたので時間がかかりました。 すこし骨も削りましたので痛むと思いますが痛み止めを出しますので。 」 医師の言葉はミロが親知らずを抜いたときと変わらない。 頷いたミロが付き添って着いた部屋は東に向いた個室である。 「もう起きられる?」 「ん………なんとか……」 だるそうに目を開けたカミュはまだ朦朧としているようで反応が鈍い。 それでもミロが手を貸すとやっとベッドに横になった。 「気分はどう?」 「頭がぼうっとする……」 「このまま少し休んでから一人で電車に乗って帰るってこともあるらしいぜ。」 「とてもそんな気にはなれぬ………変な気分だ………それに血の味がして………あ…」 目を閉じていたカミュに唇が重ねられた。 ミロ………そんなことを………ミ…ロ……… やがて丹念に唇をさぐっていたミロが離れた。 「血の味も悪くないな、俺って吸血鬼の素質あるかも♪ ねぇ………俺に襲われたくない?」 「ばかなことを……」 真っ赤になったカミュが顔をそむけた。 流動食から始まった病院の食事はさすがに味気なく、脇で見ているだけのミロには物足りなくて仕方がない。 「う〜ん、どうせろくなものは食べられないとはいえ、あまりにもつまらんな。」 「仕方あるまい。 そもそも口が開かないのだから、期待のしようもない。」 「すっかりよくなったら美穂に頼んで特上のステーキを用意してもらおう。 そう決めた!」 「私はレアは遠慮する。」 「わかってるよ。 でもレアなキスもなかなかよかったぜ♪」 「え……」 赤面させておいてミロが立ち上がった。 「さて、もう7時だ。 明日は10時に迎えに来るからな。 今夜も俺のこと考えてくれる? あんなことやこんなことを考えてくれていいんだぜ♪」 「ええと…あの………」 ほんとにミロはカミュを絶句させるのが上手いのだ。 こうしてその晩のカミュはついいろいろなことを考える破目になった。 親知らずは手がかかる。 というわけでカミュ様も親知らずを抜きました。 職場の同僚が全身麻酔で親知らずを抜いた話を披露したのでそれに便乗です。 それにしても、全身麻酔をされて横たわるカミュ様にドキッ♪ |
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