パ ン ダ |
「パンダこそ東洋的だ。世界中探しても中国にしか生息していないんだからな。」 カミュは、 「Nipponia nippon 、すなわち朱鷺のことを忘れてくれるな。」 と言ったが、俺としては今回はパンダ見物を主張させてもらう。 「だって朱鷺は日本だけじゃなくて中国やロシアにもいたんだろ。日本の自然の朱鷺が2003年にいなくなってからは中国だけに生き残ってる。それを日本に連れてきて繁殖を試みてるんだからな。それに比べれば、パンダはほんとに中国だけだ。だから今日は上野に行こう。」 そんなわけで東洋の神秘パンダを、このごろ間があいている見聞録の題材にしようと考えた俺はカミュと一緒に上野動物園にやってきた。 日本に来て何年にもなるというのにパンダを見るのは今日が初めてという理由は明白だ。 何度上野にきてもカミュの足が科学博物館や国立博物館に向いてしまい、その学究の情熱に俺が対抗できないせいである。 しかし今日は最初から上野動物園を第一目標に定めているので見逃す心配はないだろう。子供ではあるまいし、パンダ以外のほかの動物を全て見る必要はないのだから、余った時間でカミュが気を惹かれている科学博物館のインカ帝国展を見るゆとりはあるはずだ。 それでもカミュがオオアリクイの口を見たいとか、キリンの首の関節可動域を見たいとか言い出す可能性もあるが そのときは閉園までゆっくりと見て歩けばいいさ 男二人で動物園散策と洒落てみるのもいいだろう。 平日なのでそれほど混んではいないが、園内に入ってすぐ右側にあるパンダ舎には次々と人が吸い込まれていく。 「ミロ、そちらは子供及び子供連れのための通路だ。大人は左側らしい。」 「え?あぁ、子供優先ってわけね。なるほど、大人が前に立っちゃ、子供には見えないからな。」 ゆるやかにカーブした通路を進むと全面ガラス窓になっている大きな部屋があるが、いまはからっぽだ。天気のいい日中はパンダは隣の運動場のほうにいるらしい。たくさんの人 が前方のパンダがいるとおぼしき場所の前に集まっている。 「あ〜!いたいた!」 二つあるうちの手前の運動場の木製の台の上にパンダがいる。しかし、向こうを向いて寝ていてまったく動かない。 「耳が見えるからあそこが頭だってわかるが、これじゃ、しょうがないな。それにあんまり白くない。」 写真でよく見るパンダははっきりとした白と黒だが、実際のパンダは白い部分がかなり汚れている。自然界では毛皮が汚れるのは当たり前といえば当たり前だが、ちょっと意外だ った。まあこんなことは気にしないに限る。 俺が動かないパンダにあきれていたとき、前方で歓声があがった。 「きゃあ!可愛い〜!」 「見て見て〜!」 その声の意味するところは明らかだ。 「おい、あっちに行ってみよう!」 人の隙間を縫っていくと、いたいた、パンダだ! 目の前のいちばん近いところの岩に上っているのを見たと思ったとたん、パンダがごろりと転がり落ちた。大丈夫かと思ったが、そんなことは日常茶飯事らしく、パンダはまっ たく意に介するふうがない。 こっちのパンダはさらに腰周りの白い部分が土の色に染まっており、ほとんど焦げ茶色といっていいだろう。ますます白と黒という既成概念がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。 これでは子供だって戸惑うんじゃないのか? 俺が煩悶している間に地面に転がっていたパンダは平気な顔で起き上がると今度はまっすぐに奥に向かい、二本の木の間を窮屈そうに通り抜けようとして、腰のあたりで狭すぎた らしく下半身が挟まった。 「あれ?どうするんだ?あれじゃ抜けられないぜ。」 「まさか、あのままということはあるまい。」 みんなが注視していると、パンダはむくむくした腰をひとひねりして木の向こうにするりと抜け出した。 「あ、なるほどね。」 「いくらなんでもはさまったままということはなかろう。それでは野生で生き抜けない。」 「そりゃそうだ。」 小さい子供達はパンダがなにかするたびに歓声を上げ、親たちも指差したりデジカメや携帯で写真を撮るのに忙しい。それに倣って俺も携帯を取り出した。 「撮るのか?」 「うん、美穂に送ってみようと思って。」 ほかに誰に送るというあてはない。 そもそも携帯のアドレスを知っているのは数人で、その中でもパンダの写真を送って喜んでくれそうなのはおそらく美穂だけだろう。 デスマスクに送ってあいつが喜ぶか? 鼻先で笑われるのがオチだな シャッターチャンスを狙っていると、活発に動き回っていたパンダが急に木に登りはじめた。やけに細い木で心配になるが、いつものことなのだろう、慣れた動きでするすると2 メートルほど登って静止した。 「お誂えむきだな、ちょうど真横から撮れる。」 何十人もが盛んにシャッターを押す。ずいぶんサービス精神旺盛なパンダで、客はみんな大喜びだ。 「動いていてよかった〜!」 「ついてる〜、前に来たときは二匹とも向こう向いて寝てたのよ〜、今日はラッキー!」 そんな声が聞こえるところを見ると、美穂に送った写真もけっこう貴重なのか? 「もう堪能した?」 「うむ、十分だ。」 「動いていてよかったな。はるばる来て、二頭ともずっと背中を向けて寝たきりということも有り得るからな。」 「それは悲しすぎる。」 パンダ舎の近くの動物を見て回ってから出口のほうに行くと、たくさんの土産品を売っている店舗があった。 「ふうん、動物のぬいぐるみがずいぶんうまくできてるな。」 「妙な誇張をせずに実物の特徴をよくとらえている。」 皇帝ペンギンやチーターがなかなか可愛い。 「そうだ!星の子学園に買っていってやろうぜ!」 「え?」 俺の提案がカミュには意外だったようだが、すぐに頷いてくれた。 「うむ、それもよかろう。どれがいいかな?」 「一つじゃ、つまらん。二つずつ選ぼうぜ。」 あれこれと見比べた挙句、カミュは大きいパンダと皇帝ペンギン、俺はアフリカゾウとガラパゴスゾウガメにした。 「どれも可愛いが、ちょっと珍し系にしてみた。」 「珍しいのがよければ、パペットにシュモクザメもあるが。」 灰色のサメの人形を手にはめてみたカミュが口をパクパク動かして話しかける。 「それも面白いんだが、ちょっと個性的過ぎると思ってさ。」 「では可愛い系でコアラとキツネはどうだ?」 両手にコアラとキツネをはめたカミュのほうがもっと可愛い気もするが、これは言わぬが花だろう。 「じゃあ、それも。子供たちが喜びそうだ。」 数が多いので配送を依頼して動物園を出たところで携帯にメールが来た。 「美穂からだ。 きゃあ、パンダ可愛い!写真ありがとうございます!って書いてあるぜ。ふうん、ピンクのハートマークが3つもついてる。」 「ほう!」 覗き込んだカミュが収縮を繰り返しているハートマークに目をとめた。 「こんな機能があるのか。」 「俺も実際に見たのは初めてだな。もしかして、お前、妬く?」 「まさか。」 「少しは妬いてくれていいんだぜ。」 「相手が美穂なのに?」 「そりゃそうだ。じゃあ、美穂でなかったら妬いてくれる?」 「そんな可能性があるのか?」 「いや、ない。」 「だろうな。」 「お前もハートマークが欲しければ美穂にぬいぐるみの写真を送ればよかったな。」 「もう動物園を出たゆえ間に合わぬ。科学博物館の外観なら送れるが。」 「う〜ん、それだとハートマークは返ってこないと思うぜ。」 広い上野公園の中には美術館や博物館がたくさんあって、その中でも科学博物館は貴重な理系の展示施設だ。俺とカミュも何度来たか知れはしない。ここのショップの面白さも格別だが、始まったばかりのマチュピチュ発見100年を謳ったインカ帝国展にはたくさんの人が詰めかけている。 「では今度はここに。」 「うむ。」 ほんとに上野は楽しい場所だ。快い期待に高揚するカミュと一緒に俺は科学博物館に入っていった。 上野動物園・ショップ ⇒ こちら 数えてみたら上野公園には国公立・民間合わせて6つの博物館美術館がありました。 そのほかにも見どころがいっぱいです。 いままでにお二人が行ったところは、 国立博物館、表慶館、科学博物館、上野動物園……あれ?まだ少ない。 何度も書いたサントリー美術館は六本木だし、江戸東京博物館は書いてないし。 もう少しがんばります。 |
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