三 内 丸 山 遺 跡

三内丸山 ( さんないまるやま ) 遺跡は青森県にある。
正直なところ、俺はそのことを認識していなかった。 むろん、この遺跡の名前は知っている。 テレビにもよく出てくるし、カミュの口からも何度も聞いているから縄文時代の重要な遺跡であることは熟知しているつもりだった。 しかし、カミュが話すときに 「 青森県の 」 という枕詞をつけるはずもなく、俺のほうも 「 それは何県にあるんだ?」 と聞くことを思い付きもしなかったのだからしかたがない。
ともかくこのバス旅行を計画したときにカミュが、
「青森に行くなら三内丸山遺跡ははずせない。 青森駅からもさして遠くないはずだ。」
と言い、
「ああ、そうだな。 俺もぜひ見たい。」
と答えながら、

   えっ! あれって青森県にあるのか!
   考えたこともなかったぜ!

と認識を新たにしたのだった。 むろん、こんなことはカミュには言わない。

その三内丸山遺跡は青森駅からバスで15分ほどだという。 駅前のバス停にはやはり遺跡見物に行くらしい観光客の姿が多い。 一つ手前の県立美術館に行く客もいるのだろうと思う。
駅前の長い商店街を抜けるとバスは郊外へと向かった。 天気がよくて実に気持ちがいい。 やがて左手に白くて大きい建物が見えてきた。
「あれが県立美術館だろう。 明日からはエジプト展が開かれるので、このバスももっと混むと思われる。」
「それって 『 吉村作治の 』 って枕詞がついてるやつだろう? 駅でポスターを見た。 面白そうだな。」
もしも 『 アクエリアスのカミュのシベリア展 』 なんていう企画があったら、やや客層は限定されるが評判を呼ぶことは間違いなしだろう。
え? たくさんの客が詰めかけるのに嫉妬しないのか、って?
するはずがない。 カミュ展はカミュの企画立案による展覧会ということであって、カミュ本人がそこにいるわけではないからな。
ここだけの話だが、俺は毎晩 『 カミュ展 』 をパーソナルに企画立案し、心ゆくまで鑑賞しているので満足してる。 堪能という文字も付け加えておいたほうがいいかな、やっぱり。
「ミロ、降りるぞ。」
「ああ。」
いきなり遺跡が見えるのかと思ったが、そうではなかった。 それはそうだ、ご本尊を見せるのはあとにとっておくものだ。 阿修羅展のときもそうだった。
バス停のすぐそばの真新しい建物に入ると地元の物産が並び、そこを右手奥に抜けてゆくと広々とした外に出た。
「こんなに広いとは!」
カミュの言う通り、なだらかな高低のある緑の野が広がっていてかなり向こうのほうに復元されたとおぼしい建物群が見えている。 幅の広い道路がゆるやかにうねりながら続く両側には早くもススキが穂を出し、秋草が風に揺れていた。 ところどころに白百合まで咲いていて、おそらく手は加えているのだろうが、いかにも自然な野の風景が目の前に広がっている。 素晴らしい晴天で青空と野の緑のコントラストが目に鮮やかだ。
「う〜ん、広々として実に気持ちがいいな! 縄文時代も案外悪くないかもって気になってくる。」
「今日は最高の気象条件だが、冬には雪が深く積もる。 その厳しさは現代の我々の想像のはるかに上をゆくものだったろう。 設備の整ったシベリアの冬とは根本から違う。」
「わかってるけど、つい言ってみたくなった。 こんなに気持ちのいい日って、めったにないぜ。」
東京にはここまでの抜けるような青空はないだろう。 沖縄だといってもいいくらいの晴天で、そんな環境で巡る遺跡の印象がいいのは当然だ。

この遺跡の重要性が認識されたのは平成4年から始まった野球場の建設だった。 この土地に遺跡らしいものがあることはすでに江戸時代からわかっていたそうで、市が野球場を作る工事を始めたところ案の定 遺跡が出てきたのだという。 それが思いのほか大規模な集落の跡地で、発掘された土器や土偶も貴重なものが多かったため、ついに野球場の計画は白紙に戻り、遺跡発掘が始まった。 なにしろ広範囲にわたるので発掘は今現在も続いている。平成12年には国の特別史跡に指定され、これは美術品で言えば国宝に匹敵するというのだからたいしたものだ。
「それにしても広い!」
「今から5500年前から4000年前にかけて約5500人ほどが暮らしていたらしい。 我々が歩いているこの道も発掘された道の跡をそのまま再現したものだ。そしてこの舗装材に混ぜ混んである木材チップは発掘された古代の木材を砕いたものらしい。」
「えっ、そうなのか!」
パンフレットをめくっていたカミュの言葉に驚いて足元を見た。 赤褐色のきめの荒い舗装材にばらばらと混ざっている木片がそんなに古いものとは思わなかった。
「エコなんだろう、くらいにしか思わなかったぜ。 貴重品だな。」
現代では考えられないほどゆったりとした幅を持つ道路に感心しながら目を前方に転じると、復元された住居のあたりに小学生の団体がグループに分かれて見学しているのが見える。 社会見学や修学旅行の訪問地としては最適だろう。
むろん当時の建物がそのままで残っていたはずもなく、見つかったのは柱が立っていた穴の跡だ。 当時の木材の残滓が発見されて、用材として使われていたのが栗の木だったこともわかっているそうだ。
「なぜ栗なんだ?」
「固くて腐りにくかったかららしい。 その表面を火で焼いて、さらに丈夫にしてあるそうだ。」
「生活の知恵だな。」
家族単位で暮らしていた竪穴式住居を復元したもののなかには実際に入れるものもある。
「かなり低いぜ、頭をぶつけるなよ。」
「うむ。」
むろんこの住居は想像で、残っていた柱の跡から考えうるもっともありそうな形ということだ。
「明かりは入り口から差し込むだけだからかなり暗いな。」
「陽気のいいときは屋外で過ごしただろうが、暗くなったら中に入るし、雨の日は一日中、冬もほとんど室内だったろう。 なにしろ雪が積もっている。」
「う〜ん、いったいなにをして過ごしていたものだろう? まさか、毎日縄文土器を焼いていたわけじゃあるまい。」
外に出ると陽がまぶしい。 村の、といっていいのだと思うが、村の入り口付近では大人の墓が発掘されていて、これは外敵から村を守るための呪術的な目的があったらしい。 子供の墓が住居近くから見つかっているのはすぐそばにいたかったからではないかということだ。 聖域の墓地は……いや、そんなことを考えるのはよそう。

復元されている住居のなかにはとても大きいものもある。 発掘された柱の跡の直径や間隔から割り出すとこうなるそうで、村の住人すべてが入れそうだ。
「ここは集会所や共同の作業所として使われたのではないかと言われているが、厳しい冬の間は全員がここで過ごしたという説もある。」
「えっ、そうなのか?」

   とすると、俺とカミュがここにいたら……
   冗談ではないっ、全員がこんな大きな一部屋にいたらなんにもできんだろうが!
   夜だってすぐ隣に人が寝ているだろう
   現代とはモラルが違うだろうが、いくらなんでも………無理だろう

「さっき見てきたあの小さな住居で家族単位で冬を過ごすのはたしかに困難に違いない。」

   そういえば、家族単位で構成されている集落で、俺とカミュの二人切りで住むなんてことが有り得るのか?
   ………有り得ないよな、やっぱり!

いい天気につられて上機嫌だったのに、なんだか雲行きが怪しくなってきた。 縄文時代には俺達の恋は成立しないのか?
危惧しながらその建物を出て、さっきから気になっていた巨大な木材で組まれた建築物に近づいた。 屋根も床もなくまるでジャングルジムのような形態だ。
「どうして骨組みだけなんだ?」
この建築物の写真はよく見かける。 テレビや出版物でもお馴染みのきわめて背の高いやつだ。
「発掘されたクリの巨木の柱の直径は1メートルほどあった。 それから考えると柱の高さはこのくらいあったのではないかということだ。 寄せ木や継ぎ木の技術はまだないので、巨大なクリの木がそのまま使われている。」
「よくもまあ、こんなに太い栗の木があったものだな!しかもほとんどまっすぐだぜ!」
見上げるような高さのこんな柱をいったいどうやって古代人が立てたものだろう? 現代はクレーン車があるが、縄文時代は人力だ。
「ムウの先祖がいたのかもしれぬ。」
「うん、それならわかるな。」
カミュにしては柔軟な発想だ。 ムウならたしかにテレキネシスであっさりとやってのけるだろう。
遺跡の何箇所かは建物で覆ってあって、発掘されたままの姿がわかるようになっている。 子供の遺体を納めてあったという土器もあって、子を亡くした親の悲しみがしのばれた。
「平均寿命は30歳くらいだったらしい。 医療もないに等しく、幼児の死亡率も高かったろう。」
「やっぱりたいへんな時代だな。」
そのあと発掘をしている現場を見に行った。 ゆるやかな斜面に長い溝が掘ってあって、その壁面に土器や甕などが埋まっているのが見える。 三人の女性が専門家の監督のもとで丹念に土を削っていた。
「う〜ん、俺には向いていそうにないな。」
「私には向いている。 ぜひやってみたい。」
「そう言うだろうと思ったよ。」
それから考えた。 もしも縄文時代に生まれていたら何をしていただろう?
「俺は狩りに行って獲物を捕まえてくるから、」
「え?」
「お前は村で土器を作ってればいいよ。」
「私が土器を?」
「ああ、そうだ。 きっと誰にも真似のできない精巧な細工を施して村で一番の腕前という評判をとり、うまく完全な形で発掘されれば国宝と認められて博物館に展示されること間違いなしだ。」
「買いかぶりだな。」
しかし、そう言いながらカミュの目が笑ってる。 満更でもないのだ。
「むろん俺も狙った獲物は逃がさない。 なにしろスコーピオンだからな。」
「そうだろうな。」
「で、お前のハートもゲットする。 どんな時代にあっても不文律なんだよ、これは。」
「ん…」
カミュが赤くなって横を向いた。 その視線の先を赤とんぼが飛んで行く。
「もう秋だな。」
「うむ。」
縄文時代にカミュと恋をするときの服装については考えないことにした。 こういうときには絵より文章のほうが都合がいい。

   「カミュ!鹿を捕ったぞ!」
   「この土器を見てくれ! 素晴らしい焼き上がりだろう!」

晴れた秋空の下で互いの成果を見せ合うというのも悪くない。うん、
縄文時代に生まれていれば、シャンプーがないだの、電気がつかないだの、布団がないだの、そんなことを思うはずもない。その環境に暮らして満足していたはずなのだ。 カミュとの逢瀬が室内で無理なら、広い野原があるじゃないか。
「縄文時代もいいかもな。」
「そうか?」
「俺がいるから大丈夫だよ。 サーベルタイガーが来てもマンモスが来ても俺に任せてくれ。」
「どちらも時代・生息地ともにこことは無縁なのだが。」
「気分だよ、気分。 細かいことは言わずに縄文を楽しもうじゃないか。」
俺は大きく息を吸った。 身体まで染まりそうな青空がこころよかった。





        あまりのいいお天気にうきうきしながら遺跡を回りましたが、
         これが氷雨混じりの寒風でも吹いていようものなら気分は違っていたでしょう。
         順応性の高いミロ様のことですから、縄文でも立派に生き抜いていけるはず。
         狩猟隊長ミロ、統治者カミュの組み合わせで村に繁栄をもたらしてください。

         三内丸山遺跡公式サイト ⇒ こちら