スズメバチ


白樺の黄葉が見事だというので、宿の車に送られた二人がやってきたのは登別郊外の広い公園である。
「なるほど、これはきれいだ!」
「紅葉もいいが黄葉もよいものだな!白樺の白い木肌が黄葉をいっそう引き立てている。」
「ということは、俺の金髪とお前の肌との組み合わせで、いっそうきれいに見えると解釈していいな♪」
「ミロ!」
頬を染めたカミュの咎めるようなまなざしにも、ミロは一向にたじろがぬ。
「 俺は単に、二人で並んで歩いていると、景色に溶け込んできれいに見えるんじゃないかと思ったまでだぜ。 お前、いったいなにを考えたのかな? ん?」
「そ、それは………おや?あれは美穂ではないのか?」
うろたえたカミュをもう少しからかうつもりだったミロだが、その声につられてカミュの視線の先を辿ると、たくさんの小さい子供達に取り囲まれてこちらのほうにやってくるのは確かに美穂である。

「朝から見かけなかったから、今日は休みなんだろうとは思っていたが、どうしてあんなにたくさんの子供といるんだ?」
不思議に思っていると、美穂も二人に気付いたようだ。
「まあ、ミロ様、カミュ様! 今日はこちらにおいでになったのですか。」
「白樺が見頃だと聞いたので。 」
カミュと美穂が話し始めたときには、幼稚園に行っていそうな年頃の子供達が周りを取り囲み、背の高い二人を見上げてきゃっきゃっと喜んでいる。 子供の興味はカミュよりもミロに集中し、それはどうやら輝くような金髪のせいらしかった。
カミュの横にいるミロのもの問いたげな視線に気づいた美穂が顔を赤らめた。
「この子たちは、私が育った星の子学園の子供たちなんです。みんな親がいないもので、私、休みの日には時々行って、お世話の手伝いをしてますの。 外国の方が珍しいので、こんなにお騒がせして申し訳ありません。」
「いや、そんなことは一向にかまわぬ。 」
美穂の話をミロに話して聞かせながら一緒に歩いてゆくと、道は少し上り坂になり潅木の間を縫うように進んでゆくことになった。
「ふうん、美穂に親がいなかったとは知らなかったぜ。」
「聞かなければわからぬものだな。」
もとより自分たちにも親はいないのだが、聖闘士の出自などはみな似たようなもので、それを当然のように思っていた二人には、ごく普通の家庭に育ったようにみえる美穂が孤児だったことが少々驚きなのだ。
「そうすると、この子供たちも親なしか………ふうん……」
前になり後になりする20〜30人の小さい子供達に囲まれたミロが考え深い表情を浮かべたときだ。
「きゃぁ〜〜っ!」
列の先頭で悲鳴があがった。
「スズメバチよっ!みんな、逃げてっ!!」
恐怖に目を見開いた美穂が叫び、子供達が蜘蛛の子を散らすように列を乱して逃げようとしたが、狭い道で思うようには走れない。 数十匹の巨大な蜂が逃げ惑う子供達に襲い掛かったそのとき、ミロの姿がふっと消えた。
いや、消えたと思ったのは美穂の錯覚に過ぎず、その瞬間、光速で移動したミロは子供に被害を与えぬよう位置を変えながらスズメバチの一匹一匹にピンポイントで正確極まりない真紅の衝撃を与えていた。 その手練の技はまさに瞬殺というにふさわしく、立ちすくんだ美穂が見たのは、うずくまる子供達の間を影のようなものが動き、一呼吸する間にスズメバチの大群がことごとく地面に落ちて死んでいた、このことだけなのである。
なにが起こったのかわからずに唖然としていると、かたわらの斜面から、いつの間にか姿を消していたカミュが戻って来た。
「巣は片付けた。 こちらは大事ないか?」
「ああ、完璧だ。一匹も残っていない。」
その頃には子供達が泣き出して美穂にすがるものもあり、大変な騒ぎになっている。道の下の方からは公園の係員が駆けつけてくるようだ。
「これはオオスズメバチだ。体長は4.5センチほどにもなり、日本に生息するスズメバチの最大種だ。主に地中に巣を作るので、人が近くを通るとその振動で攻撃されたと考えて襲ってくることがある。とくに繁殖期である今ごろは気が立っていて被害に逢うことが多い。 日本にいるもっとも危険な野生動物とさえいわれている。」
地面には頭を吹き飛ばされたスズメバチが数え切れぬほど転がり、そのうちの幾つかは半分だけの体でまだもがいているものもある。
「大変な生命力だな、こいつに刺されたらたまったものではない。」
眉をひそめたミロが吐き捨てるように言ったとき、
「あ…あの………これはいったい…!」
二人の様子からさすがに事態をおぼろげに察した美穂が、おずおずと質問しようとするのは当然だった。
「…しっ!」
ミロが人差し指を唇に当て、黙っているようにと合図した。 さすがに万国共通のサインらしく、その意図が十分に伝わったようで、泣きじゃくる何人もの子供をかかえたままの美穂がこくこくと頷いた。
ちょうどそのとき公園の警備員や係員がわらわらとやってきて、この惨状 ( といっても、スズメバチにとっての惨状なのだが ) に驚愕の表情を浮かべる。
美穂と幾つかのやり取りがあったあと、子供達に怪我がないのを確認し、彼らもほっとしたようだ。
むろん、その場にいた二人にも念のため事情を聞こうとしたのだが、およそ英語とはかけ離れた発音の返事と、肩をすくめた、これも万国共通の身振りが返ってきて、聞いても無駄だと思ったらしい。
「子供達が怖がっているので、もう帰らせていただきます。」
美穂がお辞儀をして、子供達をうながした。

たくさんの死骸を踏まぬように気をつけながら、そろそろと道を下り、広々とした場所に出たときになってやっと美穂も落ち着きを取り戻し、それとともにさっきの出来事を振り返ってみる余裕が出てきたようだ。
「あの……ミロ様、カミュ様、さっきのことはいったい…? なにをなさったのでしょう?」
恐る恐る、といった様子の美穂に、ミロは苦笑する。
「しかたないな、話してやれよ。」

ようやく元気を取り戻した子供達を芝生広場で遊ばせながら、ベンチに腰を下ろした三人がしゃべっているところは、はた目にはのどかな午後の風景と見えたろうが、美穂には驚きの連続だった。
「えっ! ミロ様もカミュ様も…! なんてことでしょう、私ったら、ちっとも存じ上げませんでした!」
「知らぬのは当たり前で、私たち聖闘士の存在は公にはなっていない。」
「いえ、聖闘士なら、私、知っています!」
「……え?」
表情を変えたカミュに気づき、ミロも美穂を見つめる。
二人の青年にまじまじと見られた美穂が真っ赤になった。
「だって……あの………星矢ちゃんも聖闘士だから……」
「えっ?!」
「おいっ、いま美穂は 『 セイヤチャン 』 とか言わなかったか? それとも俺の気のせいか?!」
茫然とする二人に、美穂は、星矢が同じ星の子学園の出身者であることを明かし、聖闘士と聖域への深い理解を示したのである。
「そうすると、ミロ様もカミュ様も星矢ちゃんのお友達でいらっしゃるのですね。」

   え? 私たちが星矢の友達…?
   その表現は正しいだろうか?

「ミロ、私たちは星矢の友達か?」
首をかしげたカミュが振り向いてミロにささやいた。
「え? 俺たちが? う〜〜ん、そいつはどうかな? 氷河さえ、お前の弟子というだけで、友達というのとはちょっと違うと思うがな。
 第一、俺と星矢は話したことさえないぜ。 そういうのは友達とはいわないんじゃないのか?それに立場が違いすぎる。」
「うむ、私もそう思う。 しかし、ここで黄金と青銅の差異を延べてもしかたあるまい。 後輩とか知り合いというのも面倒ゆえ、ここはひとまず友達ということでよいか?」
「ああ、俺はかまわないぜ、好きにしてくれ。 もともと氷河の友達なんだから、俺たちにも縁が深い。」
そこで、にっこり笑ったカミュが、星矢は私たちの友達だ、とてもよく知っている、と答えたので美穂はたいへんに満足したのである。

   星矢ちゃんのお友達にこんな素晴らしい方々がいるなんて、なんて素敵なのかしら♪
   今度、星矢ちゃんが来たら教えてあげたいけど、宿のお客様のことだから言うわけにはいかないのが残念だわ!

その後、久しぶりに美穂を訪ねてきた星矢が、部屋に飾ってあった着物姿の三人の記念写真を見て仰天するのは、まだまだ先のことになる。



              去年から書きたかったんですよ、この話。
                 念願かなって嬉しいです♪

                 スズメバチでは毎年20〜30人の犠牲者が出ているので、冗談ごとではありません。
                 カミュ様の技は、ピンポイント攻撃には向きませんから、ここはやはりミロ様の出番!
                 腕の冴えは相変わらずで、その隙にカミュ様は巣を発見し凍結させて一件落着。

                 この作品で、ついに星矢の名前が出ました、これはたいそう画期的!
                 星矢サイトなのに名前すら出てきませんでしたからね(苦笑)。
                 だいたい氷河の出番もほとんどありません、直弟子なのに………。
                 「聖女たちのララバイ」 で、かろうじて描写されましたが、
                 台詞なんてなくて、カミュ様に礼をするだけです。
                 うちって徹底した黄金サイトみたい。

                 オオスズメバチ ⇒ こちら