「どう? 満足してくれた?」
「満足だなんて………私はそんな……」
「ほら、またそういうことを言う……お前の言葉を聞きたいってあんなに言ったのに、なにも変わってないんだな。」
「でも……」

   そんなこと……とても私には言えぬ……
   ミロに抱かれて嬉しいけれど、それは口に出さねばならぬことだろうか?
   こんなに安心してお前の腕の中にいるのだから、
   それで十二分に分かってもらえるのではないのか?

「ねぇ、カミュ、こう考えてみて。……もし俺が何も言わずにお前を抱いてたらどう思う?」
「……何も言わずに?」
「ああ、そうだ。 俺はお前を抱くときには、いつも、『 きれいだ 』 とか 『 大事にするから 』 とかいろいろなことを言っているだろう? もし、俺がなにも言わなかったらどう思う?」

   ミロがなにも話しかけてくれない? 
   すべてが沈黙の中で推移するというのか??
   そんな……そんなことは私は嫌だ……それでは…まるで……

私は泣きそうになった。
ミロはいつもとてもやさしくて、私を安心させてくれる。 言葉も行為もすべてがやさしいのだ。
でも、そのミロの言葉がなかったら?

   私は懇願するだろう  頼むから声を聞かせてと
   沈黙の中では恐怖するばかりで  私は萎縮してしまうだろう
   目の前にいるのはミロなのに  知らない人間に見えるだろう

気がついたとき、ミロが涙をぬぐってくれていた。
「ごめん………泣かせた……もう、こんなことは言わないから…」

   違う、違うのだ!
   考え違いをしていたのは私で………
   黙って抱かれていればそれでいい、と思っていたのは間違いで………

   言葉で伝えなければいけないものもたくさんあるのだ
   わかっていても繰り返して聞きたいことも多いのだ

   ああ…ミロ……今までどれほど私の言葉を待ったことだろう
   なのに私は恥じらってばかりいて 自分のことしか考えていなくて
   私をこんなに大事にしてくれるミロの気持ちを一顧だにしていなかった……
   私がミロの言葉を聞きたいように、ミロは私の言葉を聞きたいのだ!

「ミロ……ミロ………私がいけなかった……これからはもっと話すようにするから……
 自分の言葉で想いを伝えるようにするから………だから、お前の言葉をもっと聞かせて……
 思ったことをなんでも言うから、私を一人にしないで……頼むから……ミロ……」
あとからあとから涙があふれてきて言葉が続かない。 涙が頬を伝いミロの胸を濡らしてゆく。
嗚咽に肩を震わせるそんな私を、ミロはまるで小さい子供をあやすように抱いてくれるのだ。
「カミュ……心配させてすまなかった、大丈夫だ、一人になんてしないから」
やさしい口付けが涙を吸い取り、長い指が私の髪を梳いてゆく。
「無理しなくていいんだよ、焦るのはよせ。 俺は俺、お前はお前だ。 ゆっくり時間をかけてやっていこう。 ほんの少しずつ、お前の思っていることを俺に教えてくれ。 そうすれば俺の心は天に舞い上がる。 一言だけでいいんだよ。」
そう話している間もミロの手は私の背を撫ぜ続けていて、安堵の想いが胸を満たしてゆく。

   そうだ……少しずつでいいから……
   ほんの一言でいいのだから ミロに私の想いを伝えよう

「ミロ………あの……」
「ん? なに?」
「あの…背中を撫ぜてくれて…ありがとう……とても気持ちがよくて……安心できて……私は背中を撫ぜられるのが…その………好きだと思う……」
やっとそれだけを言い、うつむいた。 我ながらなんとぎくしゃくした物言いだろうと呆れるのだけれど、洒落た言い方など、私には思いつけないのだ。
ミロの返事がないのに気付いてそっと目を上げてみた。 あんな言葉ではやっぱり伝わらないのだろうか?

ミロは泣いていた。 いや、涙を流しながら笑っていた。
「ミロ……?」
「カミュ……俺のカミュ……大好きだ! ずっと一緒にいよう! さあ、もっとこっちにきて!」
もうこれ以上近付きようがないのにミロはそう言って私を抱いてくれた。
暖かくやさしい腕が私を包んでいった。