奥の十畳間にはいつも通りにフトンが敷かれ、行灯の仄かな灯りが暖かそうなふくらみを照らしているのも変わらない。
しかし、畳の匂いは濃くたちこめて、なんというか、そう、ジャパネスクな感じなのだった。
「ふうん………ちょっといいじゃないか! 今夜は特別な夜になりそうだな。」
「ん…」
先の予感に頬を染めたカミュがうつむいた。 俺の方が先にフトンに入り、端をすっと持上げてやるとそこは心得たカミュが馴れた裾さばきですべり込んでくる。 こんなときのカミュは俺に背を向けた姿勢になるのが常で、最初のころは他人行儀だなと思ったものだが、考えてみると後ろから抱きこんでゆくというのはいろいろと、その………都合がいいというものだ。
俺が右でカミュが左というのは以前からの習慣だが、いざ日本に来てみると浴衣の打ち合わせがおあつらえ向きで、おやおや♪、と感心してしまう。
今日もそうやってひとしきり愛してから、ふと枕元に乱れ広がる艶やかな髪をすくい取ってみた。

   ………やっぱり!

「……なに?」
「畳の匂いが髪に移ってる。 ほら♪」
「あ………ほんとに…」
部屋は十分に暖かく、俺はちょっとした悪戯心を起こした。
「カミュ……こっちへきて♪」
「…え?」
とろりとした目をしているカミュを抱き寄せると畳の上にじかに横たえる。
「ミロ!………何を?」
「俺が包んでやるから寒くはないよ。 今夜はジャパネスクな香りの中のお前を抱きたい♪」
「でも……あの…」
それ以上言わせることをせずに俺は唇を重ねていった。
しのびやかにうねりを見せる髪が畳をすべり さらさらと不思議な音を立てる。 甘い吐息が緑の香りと混ざり合い身体まで染まっていくようだ。
「カミュ………カミュ…………愛してる…」
歓びを得ながらそれでもなお逃れようとする白い指が畳に爪を立て、しかし、傷つけるのを恐れたのだろう、すぐにその手は俺の背に回されて軽い爪痕を残す。
「ミロ………」
さらっとした感触を肌に感じながら俺は濃密な愛を注いでいった。



朝の光に目覚めたカミュが先に起き上がり身仕舞いを整える気配がした。

   あ………あのまま畳の上で寝ていたんだっけ………
   
ちょっとあきれながら掛けフトンを引き寄せるだけの才覚があったことを感謝していると、カミュが急ぎ足で洗面室から戻って来た。
「ミロ! これでは朝食に行けぬっ!」
「え?」
鋭い声で叱咤されて慌てて見上げると、カミュの右の頬にくっきりと畳の痕が付いている。
「あ………! お前…」
「私だけではない、お前もだ!」
慌てて起きて鏡を見に行った。
なるほど、左の頬に面白いほどに畳の痕がついている。
「ええと………マッサージかな? いや、ともかく朝風呂に入ろう! そうすればきっと取れる。」
この宿の湯はかけ流しでいつでも入浴できるようになっている。カミュを先に入れることにして俺がフトンをざっと直していると浴室の方からカミュの声がした。
「どうした? ………あ…!」
ひょいっと覗いたカミュの後ろ姿の丸いふくらみにもくっきりとした畳の痕が………。
「見るなっ!私は知らぬっっ!」
鋭い声とともに手桶の湯が飛んできて、俺は急いで戸を閉めた。 かげろうお銀のようで、ちょっと可笑しい。
「朝食の時間を一番遅い時間にしてもらうように電話しておくよ。」
中からは湯音がするばかりで、カミュの返事は聞こえない。

   それまでにほんとに消えてくれるだろうな……あとが恐い
   それにしてもほんとにふっくらとしてきれいで………♪

緑の匂いの中で俺はくすくすと笑っていた。





                 
畳の上でじかに寝ると、風邪を引いたり身体が痛くなったりするので
                 皆さんは真似をしないでください。
                 新しい畳に汗が付いてもいけませんしね。