展 望 レ ス ト ラ ン

「どこがよかろう?」
「一番上に展望レストランっていうのがあるぜ。15階なら眺めもいいだろう。中華料理は二人とも好きだし。」
「ではそこに。」

初めて訪れた街で勝手がわからないままに選んだレストランは、駅にほど近いデパートの最上階にあった。夕暮れ時で帰宅を急ぐ人や、これから食事という人もいてあたりはなかなか賑やかだ。
「こういうエレベーターが好きなんだよ。眺めがいい。」
ミロの言うのは外に面した側が素通しのガラス張りになっているエレベーターのことだ。この方式を取り入れているビルは数多く、そんなエレベーターに乗るのは初めてだったミロをいたく驚かせた。
「だって、面白過ぎるだろ。上昇感がなんともいえん。新宿の高層ビル群なんてこんなのが数え切れないほどあるんだぜ。途中階に停まらないで50階までノンストップで行く快感といったらないね。」
喜んだミロは、カミュが画廊を覗いているあいだにエレベーターに乗り続けて上昇と下降を繰り返し、まるで子供のようだとカミュにあきれられた。
「だって聖域に帰ったら十二宮を貫く石段だけしかないんだぜ。当然といえば当然だが、移動手段としてはアナログだな。こんな気の利いたエレベーターに乗れるのも日本にいるうちだ。お前だって気に入ってるんじゃないのか?」
そう言われてカミュは苦笑する。たしかにこのエレベーターに乗るのは楽しみなのだから。

「あれ?」
15階で降りて先を歩いていたミロが立ち止まった。そこはレストランの入口で、傍らの小テーブルにはメニューが広げてあり、蝶ネクタイを結んだウェイターが姿勢を正して立っている。なんの不思議もない光景だ。
「どうした?」
そう言ったとたんにカミュも気がついた。すぐ目の前の床が動いている。
「……なぜ? 向こうの床が動いているように見えるが、俺の気のせいか?」
「いや、そうではないだろう。外の景色は変わらないが確かにこの先の床は……ゆっくりと回転している!」
「いらっしゃいませ。」
ウェイターが頭を下げた。

「しかし、驚いたな。ほんとに床が回ってるとは!よくこんなことを考えついたものだ。有り得ないだろう。」
案内された席から見る眺めはなかなかのもので、遠くには沈む夕陽を従えた富士山が小さく見える。
ゆっくりと時計回りに動いているので、中華のコースを食べ終わるころには360度の景観を楽しめそうだ。幹線道路を走る車のヘッドライトが目立ちはじめ、ビルの明かりもついてきた。
「観覧車は垂直方向に回転するがこれは水平方向に回る。実に面白い。」
「お前の“面白い“っていうのは、興味深いって意味だろ、Interesting ってやつだ。俺の面白いはfanだな。」
ミロも英語がわかってきたようだ。
「実に独創的だと思うが、日本にはこのタイプのレストランが多いのかな?展望っていうから、単に最上階にあって眺めがいいって意味だと思ってた。」
前菜をつつきながらミロが言う。口に入れたクラゲとピータンはいかにも中華料理的でミロをいつでも特別な気分にさせる。
「私も眺望がよいという意味だと考えていた。帰ったら調べてみよう。」
フロアは四分の一ほど回転したようで、すでに富士山は視界からはずれており遠くまで広がる住宅街とその間に点在する森や農地が見えてきた。
夕闇が深くなるにつれて街のネオンサインが輝きを増す。
「ネオンサインって、なぜネオン?サインは合図とか印って意味だろうがネオンってなんだ?」
「ネオンは原子番号10の元素で元素記号Ne、単元素分子として存在し単体は常温常圧で無色無臭の気体だ。融点−248.7度、沸点−246.度、密度は、」
「いや、そこまででいいからさ。」
ミロは苦笑する。気楽に聞いたがどうやら地雷を踏んだようだ。
「で、そのネオンをどうするんだ?」
「ネオンサインに用いられるガラス管は直径8mm〜15ミリ、長さは1.5メートルまでが限度で、中にガスを封入し両端の電極に6000〜15000ボルトの高電圧をかけて発光させる。細いほどより明るく輝く性質がある。1912年のパリ万博で公開されたのが最初で、その後世界に広まった。中に封入するガスはネオンだけではなく、アルゴンに水銀の蒸気を加えたものやその他のガスも使われる。」
「ふ〜ん、ネオンだけじゃないんだ。」
「ネオンガスの透明管は赤く発光し、蛍光管ではピンク、オレンジを出すことが可能だ。アルゴンガスに水銀の蒸気を加えたものは透明管では青、蛍光管では青、緑、紫、白などを出すことができる。」
「すると俺としてはアルゴンのほうが好みだな。お前にふさわしい色ばかりだ。」
「ではお前は真紅の衝撃ゆえネオンか?」
「う〜ん、それとは別に寒色系が好きだな。」
そんなことを言っていると先ほどまでは暮色に包まれていた街もいつの間にか夜の帳が降りていてネオンの色が鮮やかだ。皿数も進んでフカヒレの姿煮が運ばれてきた。
「ほら、コラーゲンだ。肌にいいぜ。今夜が楽しみだ。」
「またそんなことを…」
「あっ、お前ってばネオン。」
カミュの頬が赤く染まった。

「ほう!面白いことがわかった。」
「なんだ?」
離れに戻ってからさっそくパソコンを開いたカミュがミロを呼ぶ。
「なんと、展望レストランには戦艦大和の技術が使われているのだそうだ。」
「え?大和って、第二次世界大戦のときに造られた巨大戦艦で、海に沈んだやつだろ。どうして?」
ミロの疑問はもっともだ。子供も喜ぶ展望レストランと戦艦の間にどんな関係があるというのか。
「日本で最初の展望レストランは1964年9月に出来た東京のホテルニューオータニのものだが、当時のオーナーは間近に迫った東京オリンピックに間に合うように建設するホテルに日本一の富士山が客からよく見えるレストランを作ろうとしたらしい。」
「日本人は富士山が好きだからな。絶対に富士山が見えないはずの土地の銭湯にも富士山の絵が描いてあるくらいだ。」
「レストランが回転すれば全ての客に富士山が見えると考え、それを可能にする回転機構システムを捜し歩いたところ、当時広島県呉市にあった造船所で作られていた特殊な車輪に出会った。それは戦艦大和の重量3000トンもの主砲の照準台をスムーズに回転させる優れた技術を応用したもので、終戦後に戦艦の設計技術者たちが全国の民間企業に散って作り上げたものだった。それが回転レストランにはぴったりだったということだ。」
「ふ〜ん!戦争に使われた技術が回転レストランを生み出したのか!想像もしなかった!」
「回転レストランの多くは60年代から70年代にかけて作られたもので、老朽化などで取り壊されているものも多いが、最近になって作られたものもあるという。ホテルニューオータニでは2007年に改修し、エアコン3台分のエネルギーで稼動するそうだ。」
「えっ、たったそれだけでか!信じられないな!」
たいへんなエコである。

回転レストランがおおいに気に入ったミロは、ホテルニューオータニの回転レストランでランチバイキングがあるのを知るとデスマスクに声をかけ、黄金の希望者を募って食事会を計画し始めた。
「だって面白いだろ。みんな喜ぶと思わないか?」
「それはそうかも知れぬが、なにもわざわざ日本まで呼ばなくても。」
「じゃあ、あれがギリシャにあると思うか?」
「いや、思わない。」
カミュ、即答である。
「俺の調べたところじゃ、シアトル、マレーシアあたりのが有名だな。すごいのはスイスの標高2970メートルにある世界初のやつだ。さすがに絶景だろう。でも日本のがいちばんサービスと料理がよさそうなんだよ。バイキングだから和食も洋食も中華もあるし。ひとつここは日本文化を学んでもらおうじゃないか。寿司も天麩羅も注文に応じて目の前で作ってくれるんだぜ。」
さぞかしにぎやかな集まりになるだろうと夢を描いたミロがふと思ったことがある。
「まさか食べ尽くしたりしないよな?」
「まさか!」
ミロの胸を掠めた一抹の不安はやがて的中することになるが、それはまた別の話。






         皆様のお近くにもあるかもしれません。
         最近のものならいざ知らず、古い建物はいつ取り壊されるかわかりませんからお早めに。
         ほかでは味わえない感覚です。

         スイス・シルトホルン展望台 ⇒ こちら
         ネオンの店 ⇒ こちら
         銭湯のペンキ絵 ⇒ こちら