う な ぎ パ イ

「時々ご滞在になる馴染みのお客様がお住まいの浜松のお菓子をたくさん送ってくださいましたので、ミロ様カミュ様もお一つどうぞ。」
そう言って美穂が三時のお茶と一緒に持ってきたのがこれだ。
「……うなぎパイって?」
「静岡県浜松市の名産だそうだ。 浜名湖はうなぎの養殖で有名だから、それにちなんだ菓子だろう。」
「ふうん……うなぎとパイのジョイントねぇ………はたしてどんなものかな?」
「美穂が持って来てくれたのだ。 悪いものではあるまい。」
「それはそうだろうが、うなぎパイって………」
日本人の造語能力というか異種結合思想に感心しながら俺はうなぎパイのパッケージを手に取った。

   要するに、うなぎみたいに細長いパイってことだろう
   ふうん! うなぎのパウダーが入ってるんだ………特にどうってこともことないよな………あれ?

俺はパッケージのとある文字に目をとめた。

   これって………ふう〜ん、なるほどね♪

カミュと食べたうなぎパイは、なるほどたしかに美味しかった。 カミュもまんざらでもない顔をしている。 俺は美穂の判断に密かに感謝した。


「カミュ………」
「あっ…」
夜は眠るためだけのものじゃない。 楽しむためにあるのだ。 今夜のカミュはそれを身をもって実感したと思う。 むろん、それは俺も同じだが。
「ねぇ………いつもと違うと思わないか?」
「いつもと違うって………あ………ミロ…」
こうしてカミュは口もきけなくなってしまうのだ。
「こんなに、こんなに愛してる………」
返事の代わりにカミュから甘い口付けをもらったのが嬉しかった。

カミュを抱いたまま眠りに落ちて、目覚めたときはもう明け方だ。腕の中のカミュが身じろいで一つついた溜め息が俺の胸をくすぐるのがなんとも言えず心地よい。
「ねぇ………どうだった?」
「………え?」
「昨夜はちょっと違ったと思わない?」
「え?………あの…」
「効果、あったと思わないか? ほら、例のうなぎパイ♪」
「うなぎパイ? ………お前、もしかして……」
「その、もしか、だよ♪ パッケージに書いてあっただろう、
夜のお菓子♪ お前も気付いてた?」
「それは違う!」
「………え?」
「あの言葉の意味は、忙しい現代人の家庭では家族揃って寛ぐ暇がなかなか見つけられないが、せめてみんなの揃う夜にはこのお菓子を食べて一家団欒を楽しもう、ということだそうだ。」
「え? そうなの?」
「だが、どこかの誰かと同じように、夜の生活をよりエネルギッシュにするための菓子だと勘違いした客が競って買い求め、爆発的に売れ出したのだという。 人の考えることは、洋の東西を問わず、同じだと見える。」
「ええと…」
「冷静に考えてみれば、うなぎの粉末を加えただけの菓子でそのような効果があるはずがないのはすぐにわかるはずだ。 それならうなぎの蒲焼はたいへんな効果を持つことになり世界中の注目を集めていることだろう。 考えが甘い!」
「お前さ………」
「え?」
「やけに詳しいな。」
「……え」
「もしかしてお前も夜のお菓子っていうフレーズが気になって、まさかと思いながら調べてみたんじゃないのか?」
「いや、あの、私は、べつに、そんな、けっして……」
「でもって、沢山の日本人がつい勘違いしてそういう効果を期待して買っていることを知りながら、それを俺には黙ったまま抱かれていたってわけかな?」
「………」
「そして、俺が特に嬉しそうにしてるのをこっそり観察して楽しんでたってわけだ………ふうん………」
「あの………ミロ……私は…」
うつむいたカミュが真っ赤になった。 艶やかな髪の間からのぞく耳朶までが朱に染まって美しい。
「で、どうだったの♪」
「……え?」
「妙に自信たっぷりな俺に抱かれていて、いつもとは違う気分を味わえたんだろ♪ それなりによかったってことかな?」
「あの………
…」
「それならいいんだよ、楽しそうなお前と秘密の共有ができて俺も面白かったから。」
もう一度抱きしめた身体が熱かった。

朝食の席で熱々の鯛粥をふうふういって食べていると美穂が茶のおかわりを持ってきた。
「どうもありがとう。」
「昨日のうなぎパイですが、10箱もありますので、お気に召したようでしたら1箱お届けしましょうか? 」
「え…」
「いいじゃないか、もらおうぜ! とても美味しかったからな。」
「ではのちほど離れにお持ちいたします。」
ふと見るとカミュが真っ赤になっている。

   お前ね………考えすぎなんだよ、うなぎパイで赤くなるのはお前くらいのものだろう
   まあ、そこが可愛いんだが♪
   これでしばらくはからかうタネができたってわけだ!

「そういえば、今年の土用丑の日はいつかな?」
「7月30日です。 その日のご夕食には国産天然物のうなぎをご用意させていただきます。」
「そいつは楽しみだね♪」
美穂ににっこり笑ってから今度はカミュにギリシャ語で言う。
「だそうだ。 7月30日の夜を楽しみにしててくれ♪」
ばかもの………
恥じらうカミュがやたら可愛かった。





            
今日この御菓子をいただいたので書いてみました。
            ミロ様もさっそく気になったこのキャッチフレーズ、たしかに妙に目立ちます。
            夜の佃煮とか、夜のサンドイッチとか、夜のおにぎり、だったらなんとも思わないのに。
            不思議なものです。

            うなぎパイ ⇒ こちら