山葵 (わさび)

「やっと着いた!ここが伊豆だぜ♪。」
「風光明媚でよいところだな。温泉もあれば海も山もある。首都圏にも近く、観光地として発展する条件を備えている。」
「おい、ここでソフトクリームを売ってるぜ!ちょっと食べようじゃないか♪」
「しかし………歩きながら食べるのは行儀が良くないが。」
「固いこと言うなよ。 旅先ではいいんだよ、旅情ってやつだ。 気になるなら立ったまま食べればいい♪」

「はて? 看板のソフトクリームの絵は薄緑色をしているが?」
「抹茶じゃないのか。京都には抹茶のソフトクリームが溢れてたし、俺の理解するところではここ静岡も茶の名産地のはずだ。」
「なるほど、それに違いない。」
「………すこし変わった味がしないか?」
「私もそう思う………抹茶ではないようだが…………店員に聞いてみよう!」
「英語、通じるかな?」
「What flavor is this?」
「えっ! あの………え〜と…… It is WASABI Soft cream .」
「ほぅ!」
「なんだって?」
「さすがは日本だ!ミロ、これは 『 侘び寂びソフトクリーム 』 だそうだ。」
「なにっ!これが!」
「日本文化といえば利休の茶の湯の心、侘び寂びが有名だ。 その精神をソフトクリームにまで取り入れているとはさすがだな。」
「う〜む、これが侘び寂びとは……!」 
「心して味わうのがよかろう♪」
「なるほど、なるほど♪」

宿へ戻って夕食前に湯に浸かろうと貸切の家族風呂に行くと、 青味がかった伊豆石を敷き詰めた浴室はしっとりとした灯りに照らされ湯の匂いに満ちている。 天井までのガラス窓からは夕景に大きな富士山が見えて、その予期せぬ絶景が二人をあっと驚かせた。
「ほぅ! この富士山は素晴らしい!」
「風呂に入りながら外の景色を眺めるっていう発想がそもそも珍しいのに、日本人は全員が富士山好きだからな♪ 絶対に富士山が見えないに決まってるような遠い地方の浴室にも富士山の絵が描いてあるっていうぜ。」
「え? 何のために?」
「う〜ん、 本物の富士山を見た気分になるためかな?」
「日本では風呂に入ったときに富士山を見るのが礼儀なのだろうか?」
「さぁ?? でも、こう考えれば理解できるぜ! お前と一緒に風呂に入る習慣があり、俺がそれを当然のことと思っている。 」
「えっ!」
「まあ、黙って聞けよ。 ところが、急にお前がシベリアに行って1年間戻ってこないことになった。 当然俺は面白くないし、入浴が実に寂しい。 そこで、お前の麗しい入浴姿を好みのイラストレーターに等身大のタイル画にしてもらって、飽かず眺めることにする。 うん、これなら少しは納得するな♪ どんなポーズがよかろう??」
「どんなって………」
「ふふふ、ちょっとためさせてくれる♪」
「ミロっ!」
「冗談だよ、赤くなるのも可愛いぜ♪」
夕焼け空を背景に富士山のシルエットが浮かび、まことにけっこうな伊豆の旅なのだ。

部屋に戻ると夕食が運ばれてきた。
八寸やら煮物やら焼物やら、いかにも日本的な意匠の皿が所狭しと並べられた中に長方形の角皿があり、刺身がきれいに盛り付けられている。
「最初は驚いたが、食べなれると美味しいものだ♪」
「うむ、このシマアジがなんとも♪」
「あれ………?これはなんだ?」
刺身の横に長めの台形に持ち手がついたような形の板があり、その上に黄緑色の5センチくらいのごつごつした根っこのようなものが載っている。
「What root is this?」
仲居に質問したカミュが、ふむふむと感心したように頷いた。
「なんだって?」
「これは、山葵の根だ。 我々が今まで刺身のときに食べていた山葵はこれをすりおろしたもので、伊豆は山葵の産地なので、新鮮な香りと味をそのまま供するために客に自分ですりおろしてもらうのだそうだ。」
「ほぅ〜、なるほどね!粒コショウを使うときに粉にするのと同じ理屈だな、確かにそのほうが美味いに違いない♪」
「ちなみに、この板に貼ってあるのは鮫の皮だ。」
「……え?……鮫?」
「このザラザラした表皮で小さい円を描くようにゆっくりとすりおろすと、適度な辛さが出て美味しいらしい。 産地ならではの贅沢だそうだ。」
異文化に接するのは面白い。
教わったとおりに慎重に山葵をすって刺身を食べると、なるほど爽やかな辛味が口中に広がってゆく。
「山葵がないと、さしもの美味い刺身も味が半減するからな、うん、自分で山葵をすりおろす。 愉快でいいじゃないか♪」
こうして二人の夕食は一段と盛り上がりをみせたのである。

「あ………ミロ…」
「ほんとに………お前ときたら………」
「ん………」
「どうしてこんなに………カミュ……」
いつもに増してなめらかな肌が上気してミロを迎え、どんなに抱いても抱きつくすということがない。
「伊豆の温泉でさらに磨きがかかったんじゃないのか? 摩擦係数ゼロで、山葵なんか絶対にすれないぜ♪」
あまりの心地よさにミロが満足そうに溜め息をつく。
「おかしなことを言う………どうして人の肌で山葵をすることがあろうか。」
「うん、俺もおかしいと思う♪」
くすくす笑ったミロがふたたびカミュを抱きこんで甘く喘がせてゆく。
「山葵は要らないけど………」
「……あ」
「薬味に声を聴かせてもらおうかな♪」
「あ………ミロ……………いや…」
「そう……… もっと………もっと聞かせて………ほら、こうやって……」
「……そんな………………ああ……ミロ……」
ミロのいつくしみに耐え切れぬカミュがひそやかに洩らしていた吐息もやがてせつない喘ぎにかわり、それがさらにやさしい手に熱を帯びさせる。
「もっと………もっと俺を歓ばせて…………カミュ………」
「ミ…ロ………」
熱い想いが重ねられていった。





                   
MCフェスティバル2006に書いたミニミニに大幅加筆です。
                   伊豆ではメジャーなわさびソフト、わたしはけっこう好きですね。
                   東北某所でいただいた味噌ソフトよりは、ずっと侘び寂びが効いていてナイスなお味♪
                   うちにも鮫皮の小さいおろしがね 有ります。
                   伊豆に親戚がいるので時々山葵をもらって、ちょっといいお刺身を買うのです、
                   ええ、山葵のおかげ♪


     ※ 伊豆石 ⇒ こちら
        この旅館の広告をする気はないのですが、ほかにいい写真が見つからなくて。
        青味がかった伊豆石は肌あたりがよく、すべりにくいので伊豆のお風呂にはよく使われています。