ヤマタノオロチ


「ヤマタノオロチって?」
新聞をめくっていたミロが首をかしげた。滞日7年になんなんとするミロでもわからないことはあるらしい。
「ヤマタノオロチとは日本の神話に出てくる想像上の生き物で、頭が八つあるという大蛇だ。」
「えっ!そいつはまた凄いな!頭が八つっていうと、仏像にもそんなのがあるじゃないか。日本ってそういうのが好きだな。」
ヤマタノオロチと仏像を比べないでほしい。せんだって拝観した奈良・興福寺の阿修羅像は三面、薬師寺には十一面観音像、法隆寺には九面観音菩薩像がある。仏教の仏に頭や手や足の数が多いものがあるのは、衆生の悩みをすくいとりすべてを癒すという慈悲の心と仏の全能性の現われだ。それをヤマタノオロチと比べるのはいかがなものか?それに仏像は経典を基にした大陸由来のものが多いので、一概に日本人の好みとも言えないだろう。
「で、なんで頭が八つもあるんだ?」
「自然界には稀に頭部が複数ある生き物が生まれてくることもある。今でこそ論理的に説明できる生物学的現象だが、古代の人はそこに神秘的なものを感じ取り、神の存在を思ったのではないだろうか。ゆえにヤマタノオロチも超常性を備えており、たいそう強い。古事記、日本書紀に描かれているその姿は、八つの頭、八本の尾、ほおずきのように真っ赤な目、木や苔が背に生えており腹は血でただれていて、八つの峰と谷にまたがるほど巨大とされている。」
「すごいな、そいつは。古代人の想像力は同人並みだな。」
「え?」
「いや、なんでもないが。で、そのヤマタノオロチは無敵ってわけか?」
「いや、スサノオノミコトに退治されている。」
「ああ、それっていろいろな逸話のある有名人だろ。天照大神を怒らせて天岩戸に閉じこもらせたとか。思うんだが、あのエピソードって、まるでサガを怒らせたカノンみたいな気がするんだが。不肖の弟ってやつだ。」

   え? しかし、カノンをスニオンの岩牢に閉じ込めたのはサガのほうだから、それは話が逆だろう?
   いや、そんなことを考えること自体、論理的ではないな

「スサノオノミコトは一計を案じ、八つの大きな桶に酒を満たし、それをヤマタノオロチに飲ませて酔わせ、寝込んだ隙を見計らって八つの首を切り落とした。そのとき尾の中から出てきたのが天叢雲剣 ( あまのむらくものつるぎ )、のちの草薙の剣だ。これは三種の神器の一つに数えられている。」
「そいつはまずいな。」
「え?なにが?古代の武器が三種の神器になっているからといって、我々が口をはさむ性質のものではあるまい。」
「いや、そうじゃなくてさ。俺だって古代史の1ページに文句を言う気はさらさらない。問題はヤマタノオロチと酒の関係だ。」
「え?」
あいかわらずミロはわからないことを言う。神話の中の大蛇が酒を飲んで酔っ払い、その結果寝首を掻かれたからといってなんだというのだ?戦闘時の態度としてはけっして褒められたものではないが、なにしろ大蛇だ。その手の生物に知的な闘い方を求めるのが無理というものだろう。
「考えても見ろよ。酒に弱いとすぐに酔っ払って倒れる。すると様子を見ていた敵にあっけなくやられる。まさに酒は身を滅ぼすってやつだな。」
「それはそうだが相手は蛇で。」
「いや、俺の言うのは蛇じゃなくてお前のこと。」
「…は?」
「お前が酒に弱いのはヤマタノオロチの比ではない。こんなことが敵に知られてみろ。奸計を企む不埒な輩が実力ではお前に勝てないからと、酒の入った容器を用意してお前の頭から浴びせかけたら、あっという間にアルコールの香りにやられたお前はぶっ倒れる!それで一巻の終わりだ。汚いやり方だが勝負に勝つことを優先されたらこれも有りだろう。実に危ない!」
「しかし、頭から浴びる前に一気に蒸発させるとか、容器を構えた時点で中身を凍らせるとか、でなければ不審な液体を身に浴びる前にテレポートするだろう。やられっぱなしのはずがない。黄金を見くびってもらっては心外だ。」
「まあ、あの下賎低劣極悪非道かつ邪悪で無教養のゼーロスみたいな蛙並みの頭脳のやつならそのくらいのことしかできんだろうが、もっと頭のいいやつだったら、あらかじめアルコールの蒸気の充満した室内にお前を誘い込むとか、瞬間的に大量のテキーラやウォッカをお前の周囲にテレキネシスで送り込むとかできるんだぜ。そうしたらアウトだろうが。」
「ええと……それはそうかも。」
「だから危ないんだよ!ああ、スサノオノミコトも余計なことをしてくれたもんだ!おかげで俺のカミュに危機が迫ったらどうしてくれる?!といって今から文句を言いに行ける相手じゃないからな。こっちが用心するしかないってわけだ。だいいち、相手がお前を倒すってだけでも許せんのに、もしかして倒れているお前の色香に迷ってよからぬことを仕掛けてくることも有り得るからな!まったくとんでもない!ああっ、俺の大事なカミュがどこの誰とも知れぬ相手に自由にされたらと思うと気が狂いそうだ!そんなところを危機を感じて駆けつけてきたほかの黄金に見られても一大事だ!ここはぜひとも俺がいの一番に駆けつけて、お前に不埒なことを仕掛けている超銀河的犯罪者を一瞬で葬り去り、哀れにも打ち倒れているお前をひしと抱きかかえてすぐさま天蠍宮に馳せ戻り、ゆっくりと時間をかけてお前の心身の傷を癒してやるよ。戦局はほかのみんなに任せておけばいい。黄金は一騎当千、俺とお前が抜けたってなんの問題もない。シャカなんか、かえって働き甲斐があると喜ぶんじゃないのか?目覚めたお前が酔いと羞恥に頬を染め、『 ミロ……私は… 』 『 なにも心配しなくていい。俺がいつもお前のそばにいるから大丈夫だ 』 『 ミロ…… 』 ………ああっ、なんていい話なんだ!さぞかしお前も…あれっ? カミュっ、カミュ〜〜〜!」

ミロの話を聞いているほど私は暇ではない。
デジェルに学術書を貸す約束をしているのだ。ミロはカルディアと世間話でもしているがよかろうと思う。





          その世間話が危ないんですよ………

             何年も前から考えていた話です。
             この方法でかなり確実にアクエリアスを倒せると思うんですけど、
             これをやったらアニメ界ではまったく評価されないことも確実です。
             むしろ、針の筵。

                           法隆寺 九面観音菩薩像 ⇒ 
ちら