「 指 環 鑑 賞 記 」 その1
                                               
 ※ 映画 「ロード・オブ・ザ・リング」 の話です。
                                                  わからない方には申し訳ありません。

「見たい映画がある。一緒に行かないか?」 
珍しいことにミロがそう言い出したのは、梅雨に入ってしばらくしたころである。 毎日降り込められるのに嫌気がさしたに違いない。 
「行ってもよいが、なんの映画だ?」 
「ロード・オブ・ザ・リングっていうやつだ、ちかごろ評判いいぜ!」 
「Road ではなく Lord か?指環の王?……アスガルド篇のリメイクではないのか?」 
「いや、そうじゃない。 昨今ゲーム市場で大はやりのRPGの元祖・草分けと言われている空想ファンタジー小説だな。 よく出来てるっていうんで、アカデミー賞、総なめだ♪」 
「意味が分からぬが。」 
「まあいい、百聞は一見にしかずだ、とにかく行こう! 長編だから覚悟しろよ♪」 
 
そこで二人は特別篇三部作一挙上映館へと出かけたのである。 


1年に一部ずつ公開されたこの映画はそもそも3時間あり、それに特別映像を加えた今回の上映は、あわせて10時間を軽く越えるという長丁場である。 
入り口でその終了予定時刻を見たカミュは 「一日に一部ずつ、三日間で鑑賞したほうがいいのではないか?」 と提案したのだが、「俺たち黄金聖闘士に無理とか不可能とかはないんだぜ! 面白い映画なんだから、続けてみるほうが集中できていいんじゃないのか?」 という意見に押し切られたのである。 
 
映画は朝の9時に始まり、延々夜の9時まで三度の休憩を挟んでの上映だったが、特筆すべきは二人の聖闘士が十二分に堪能し、満足したことであった。 
この 「ロード・オブ・ザ・リング」という映画は、なんとなく心に思い描いていた 「不思議な冒険物」 「正義が悪を打ち破る話」 というようなありきたりの言葉ではとても表現しきれるものではなかったのである。 
上映中は口をきくどころではなく一心に画面に見入り、後になってカミュに 「これほど長時間にわたって集中したことは、かつてなかったろう」 とまで言わしめたほどである。 
終わってエンディングを感動のうちに見終わり、人々のざわめきとともにロビーに出たところでミロが売店につかつかと近寄った。 
「どうするのだ?」 
「決まっている、DVDを買って帰る!」 
ミロは、一般人には躊躇する、三部作の特別版DVD 「スペシャル・エクステンデッド・エディション トリロジーBOXセット」 定価30870円也を迷いもせずに購入すると、カミュを振り返りにやっと笑う。 
「これから宿に帰ると十時だから、風呂に入って最高の気分でお前を抱く♪ そして一晩よく寝たら、明日は娯楽室の大画面DVD鑑賞ルームを借り切って、二人で鑑賞会だ。 さっきはお互い無言で見たが、今度は感想でも意見でもなんでも言えるぜ! お前も気付いたと思うが、俺は小宇宙が究極まで燃え上がりそうで、抑えるのに苦労した。 二人で、もう一度おおいに楽しもうじゃないか♪」 
もとよりカミュに異存のあろうはずもない。 
こうして、生まれてはじめての映画鑑賞を満喫した二人は家路についたのである。


デスマスクあたりだと、アテネの街に下りて時々映画を見ているようだが、ミロとカミュは今日のこの日が映画初体験である。 なにしろ、カミュにその気がまったくなかったので、ミロも二十歳のこの日まで映画にはとんと無縁ですごす日々だった。 ミロの知識では、「映画=デート」という図式が確立していたので、自分ひとりで見に行く気などなかったし、ましてやカミュ以外の者と行くなどとんでもないことだったのだ。 
 
それはミロとしても、今までに何度も誘ったことはある。
「タイタニック」 の評判を聞かせたときはこうだった。 
「タイタニックならよく知っている。 北大西洋上で氷山に衝突し沈没した客船のことは、私には周知の事実だ。 当時の気象条件・海流については既に解明し尽くされており、これ以上付け加えるものは何もない。 さらに氷河の件もありとうてい楽しむ気にはなれず、私にとって鑑賞する理由はなんら見出せない。それに時間を費やすよりは自己の鍛錬や読書にいそしむべきであろう。」 
「しかし、CG技術とかすごいんだぜ!」 
「見どころはそれだけなのか?」 
「それだけって……いや、あれは純愛物のはずだ! 世界中が涙したっていうし!」 
「すると、タイタニックという題材にも関わらずハッピーエンディングということか?」 
「……いや、たしか、男が死んで女が生き残るような気が……」 
「私の理解するところでは、映画を鑑賞する理由は二つある。 一つは知識・理解を増すため、もう一つは、私はさほど重点を置かぬが、楽しむためだ。 タイタニックについては地上の誰よりも詳細な事実を把握しており、映画でさらに知識が増えるとも思えぬし、ましてや悲恋に終わる設定のフィクションを見てなにが楽しいのだ?」 
「……そりゃそうだ、俺もちっとも楽しくない……」 
 
そこでミロは路線変更をすることにした。 
「こいつはどうだ?『 ハリー・ポッター 』 ! これは悲恋じゃないし、イギリスの魔法使いの話だから俺たちにはなんのトラウマもないぜ! きっと楽しめる♪」 
カミュの返事はこうだった。 
「魔法は論理的ではない。」 
 
このような経緯があり、ミロの 「カミュとのデートで映画を見る 」 作戦はいったんは沈静化していたのだが、1年も日本にいて感覚がやや一般人的になり、ましてや連日の雨ともなるとさすがのカミュも外界からの刺激が欲しくなったものとみえる。 おそらく、 「ロード・オブ・ザ・リング」 という未知のストーリーに知識欲を刺激されたことと、魔法が出てくるにも関わらず、ミロがそのことには言及しなかったことが好結果を招いたのだと思われた。 
 
   それにしてもほんとに見がいのある映画だったな! 
   カミュも最高峰だが、あれも映画の最高峰だ♪ 
   ただ一つ違うのは、カミュを賞玩することを許されるのは俺だけってこと♪♪ 
 
いい映画を見終ったあとのこころよい満足感にひたりながらカミュを抱いていると、いつの間にか笑みが浮かんでくるのを抑えきれないミロである。 
「なにを笑っている?」 
カミュの咎めるような視線に合い、くすっと笑って口付ける。 
「誤解するなよ、不埒なことなど思っちゃいない。 ちょっと今日の映画のことを考えてた。」 
「ミロ……今はほかの事を考えて欲しくはない………」 
「わかってるよ……それじゃあ、もう少し溺れさせてもらおうか♪」 
「……ん…」 
しなやかな腕が首にからみつき、ミロに映画のことを忘れさせていった。 


宿のDVD鑑賞ルームには世界最大という108型大画面の液晶テレビが備え付けられている。縦134センチ、横238センチの大きさに、ミロはワクワクせずにはいられない。 
部屋のテレビは29型でかなり大きいとは思っていたのだが、108型というのはさすがに迫力が違うのだ。音響にも配慮して設計されているこの部屋は、まさに 「ロード・オブ・ザ・リング」を見るために作られたのに違いないと確信するではないか。 
 
「なあ、おい、素晴らしいと思わないか!!最高の映画に最高の部屋に最高のパートナーだ♪ 今日も一日、楽しませてもらおうじゃないか♪」 
美穂に頼んだソフトドリンクを受け取って扉を閉めたミロは、まことに上機嫌である。 
昨夜も映画の興奮冷めやらぬままにカミュを抱いて、なんともいえずいい感触だったのだ。 
 
   どこがどうって………そんなことはここでは描写を控えるが、 さすがのカミュもテンションが高かったとしか思えんな♪ 
   なにしろ、この俺にあんなことを………ふふふ……まったくこたえられん♪♪ 
 
「昨日の鑑賞で登場人物の位置付け及び性格が把握できたので、今日はより楽しめると思われる。」 
「ああ、俺も最初は映像に圧倒されて茫然としていたが、二回目はもっと落ち着いて見せてもらうつもりだ。」 
 
しかし、いざ上映を始めてみると落ち着くどころの話ではない。 
「これだよ、こういう戦闘シーンが俺の望みなんだ! 男とはかくあるべし! ああ、こんな重厚な緊張感みなぎった戦場でお前と肩を並べて、力の限り闘うのが俺の夢なんだよ! お前もそうは思わんか?」 
「もちろんだ! だいたい十二宮戦はあまりにも力を出し切れぬままに終わってしまい、あれでは前哨戦にもならぬ!とても納得できるものではない!」 
画面では冥王サウロンと人間&エルフの連合軍との戦いが実に壮大なスケールで展開しており、二人が思い出すのは、当然の如く、冥王ハーデスとの闘いに他ならぬ。 
「だいたいハーデスの奴が気にくわんっっ!!!! 自分も出てこないが、直属の手下さえ使わずにお前達を生き返らせて聖域によこすなんていうのは、どういう了見だ?? この映画を見てみろよ! サウロンの奴はちゃんと自軍を動員して人間側と大規模な戦闘をやってのけてるぜ! それも自分自身が鎧を着て人間とエルフの連合軍の中で正々堂々と闘ってるじゃないか! これがまっとうな闘いってやつじゃないのか? 俺はちょっとはサウロンを評価するぜ、少なくとも卑怯ではないからな!! 冥王も時代が下がると、やたらスケールが小さくなったとしか思えんな!!! ハーデスなぞ男の風上にも置けんやつだっっ!!!!」 
もっと派手に罵倒したいところなのだが、カミュの前なのでこれでも抑えているミロである。 
「私も同感だ! 今から思い返しても不愉快極まりない!!」 
罵倒こそせぬが、眉を寄せたカミュの口調も苦々しいのだ。 
ついサウロンに肩入れしそうになる気持ちをぐっと抑えて手に汗握って見ていると、画面は平和なホビット村に移ってきた。 
「いいね、こういうのは♪ 緑豊かで自給自足の満ち足りた暮らし! ああ、こういうところでお前と暮したいぜ!」 
「うむ、音楽も実によい! 心が解放される。 気に入った♪」 
「ここって、俺の故郷のトラキアの村と似ているとは思わないか?魔法使いのガンダルフに似てる年よりもいるぜ。」 
「円を基調とした家屋のデザインも面白い。 それに、このパーティーの楽しそうなことはどうだろう!」 
「花火! こいつはいい、十二宮でも花火くらいは出来るんじゃないのか♪ デスが乗り気になるに違いない!」 
冒頭のサウロンとの壮絶な戦いはどこへやら、二人の心は弾むのだ。 

「おい、エルフだが、いいとは思わんか?」 
「いい、とはどういう意味だ?」 
「だからさ、揃いも揃って背が高くて美しい種族なんだろう?おまけに不死だっていうじゃないか!人類の理想の具現化だよ♪」 
「しかし、それは空想上の…」 
「いいんだよ、空想上でも。俺とお前があの映画に出たら、エルフの役が向いてるとは思わないか? 最高だぜ♪」 
「映画に? 私達がか?」 
画面では、エルフの住まう 『 裂け谷 』 で、人間やドワーフ、そしてエルフとの会議が行なわれているところである。 
その中でミロの目を惹いたのはなんといてもエルフであった。 
「俺が185cmで、お前が184cmだろう。 容姿に問題はないし、あの場にいてもなんら違和感がない。」 
「そういうものだろうか?」 
「絶対にいいぜ! 見てみろよ、エルフはみんな髪が長いが、俺たちもそうだろう。それに、全員勇敢で運動能力も高い。」 
「それに血の気も多そうだ。たしかにお前に向いているかもしれぬな。」 
画面では 問題の指環をどうするかについて言い争いが始まっていて、エルフも他の種族に混じり、一歩も引けを取らぬ構えである。 
「あれっ! 俺って血の気が多いの? そうかな? そうとは思わんが。」 
そこでミロは考えてみた。 
果たして自分は血の気が多いだろうか??? 
 
   氷河との闘いでは、血の気が多いというよりも、 
   スカーレットニードルを十五発まで撃ったせいで相当に血が流れはしたが、 
   あれは自分の血の気が多かったのとは違う。 
   否、むしろ極めて冷静だったといえよう。 
   ポセイドン篇での雨の十二宮での話し合いでも冷静だった、それは間違いない。 
   では、ハーデス篇では?? 
 
ここでミロは思い当たることがあった。 
 
   アテナの前で、俺はカノンになにをした……? 
   最後こそ、余裕を持って格調高く決めはしたが、 
   今思い返してみても、それまでは血の気一直線ではなかったか? 
   さらに、シャカの死を知って、あとから処女宮に駆けつけたときは、どうだった? 
   ………血の気200%だろう、あれは! 
   なにしろ最愛のカミュに俺は………ああああああああ〜……… 
 
「……わかった、確かに俺は血の気が多いと思う。」 
素直に言ったミロの思考の軌跡を知っているのかどうか、カミュは軽く頷いたのみである。 
「それにエルフのレゴラスは弓の達人だ。 昭王も弓は得手のようだから、お前はエルフに向いている。」 
ここでミロはいつもの自分を取り戻すことにした。 
「お前はさ……」 
「あ……」 
ソファの隣に座っているカミュをぐいっと抱き寄せる。 
「血の気も多くないし弓も射ないが、その比類なき美しさがエルフの中でも光り輝くだろうよ♪」 
九人の旅の仲間が揃った画面を横目で見ながら、いとしい者に口付けが与えられる。 
「今夜は……血の気のある俺でも…いいかな?」 
耳元でささやくと、白い頬に血の色が刷かれたのだった。 


「モリアって、地底の国と考えていいんだろう?」 
「ドワーフとは身長4〜5フィート、地中を掘ることと工芸に優れた才能を持つ種族だ。それゆえ彼らの国は地中を掘りぬいて宮殿を造るという形をとっていると思われる。」 
「しかしすごい規模だな、とても地下とは思えん! あの天井の高さを見てみろよ!」 
CGとはわかっていても、ミロは感嘆の声を上げないわけにはいかぬ。 
「俺たちの十二宮も天井が高いとは思っていたが、これほどじゃないからな!」 
「まったく見事だ、現実にあるものならば、ぜひ一度行ってみたいものだ。」 
「あ、俺、それには反対だな!」 
「え?どうして?」 
画面では、オークとトロルが攻め寄せてきて、凄絶な闘いとなっている。 
「見ただろう? モリアってところは既に滅びていて、通路には風化した遺骸が散乱し、塵や埃があんなに積み重なってるんだぜ?! そんなところにお前をやるわけにはいかんっっ!!!」 
「え? それはちょっと短絡的ではないか?」 
「いや、だめだ! 大事なお前に埃がつくなど許せるものではないからな!!」 
「しかし、そんなことを言っていては闘えぬ! いつも塵一つない大理石の床の上で闘えるわけではないのだぞ?」 
「それはそうだが、お前にはあんなところは似合わないんだよ。 だいたい、あんな汚らしいオークとお前を闘わせるなんて、もってのほかだ!!!!!あそこでは俺が闘うから、お前は黙って見てろ。」 
「横で見ているのなら、私もそこにいるということではないか。」 
「あ………え〜っと、それはつまりだな……やっぱりお前と一緒にいたい♪」 
「……ばかもの…」 


「オークとかウルク=ハイってやつらは、実に気分が悪いな! 気にいらんっっ!!!」 
「好ましくないのは確かだ。」 
「いいか、お前はあいつらに触るなよ、つまり、闘うな! 大事なお前がけがれるっっ!!!」 
「何度も言うが、いざ目の前に敵が現れたらそうもいかぬだろう。」 
「だから、お前が手を下さなくても、俺が即座に全部片付けるっ!やつらの血は黒いっていうぜ、そんな物がはね返ったら大変だからな!」 
「私の技は凍結系ゆえ、血は見ないのだが。」 
「え………ともかく、ダメだっっ!!!」 
画面にオークやウルク=ハイが出てくると、ミロは嫌悪感を露わにする。それは確かに好感は持てないが、いちいち「触るなよ!」と念押しされるのもどうかと思うカミュなのだ。 
「それではナズグルならどうだ? 馬に乗っている相手ゆえ、接触しなくても闘える。」 
「ナズグルか………う〜む、どうしたもんかな?」 
「オークなどとは比べ物にならぬほど手強そうだ。私もお前と肩を並べて闘いたい。」 
「その気持ちは嬉しいね♪ でも、どうせ並べるなら俺は枕を並べるほうが好みだな♪♪」 
「ミロっっ!!! 少しは映画に集中したらどうだ??」 
「あ………すまん。」 
 
そうしている間に、画面ではゴンドールの跡継ぎのボロミアが矢を胸に受けて息絶えようとしており、抱きかかえたアラゴルンが、苦しい息の下から語られる言葉を聞いてやっているところである。 
「ああ……道半ばで倒れるのはさぞかし悔しかろう……!」 
「まったくだ! もし、倒れているのがお前で、抱き抱えているのが俺だったら、と思うと胸が痛くなるっ! 俺もその場で死んでしまうに違いない、いや、絶対にそうするっっ!!! けっしてお前一人を逝かせはしないからなッ、カミュ!!!!」 
「それでは、このあとの冒険が成功せず、指環を滅びの山に捨てるという当初の目的が達せられぬのではないのか?」 
「あ………」 
ミロの空想が突飛なほうに行くのをカミュがなんとか手綱を引き締めるという状況で、なんとか第一部 「旅の仲間」の鑑賞は終わったのだった。 





                                                                   続く



                      
日記に現れた指環鑑賞記をひとまとめにしてみました。
                      続きはそのうちに。