ゆず湯 |
「あれ? この黄色いのは?」 少し遅れたミロが家族風呂に入っていくと、湯船にたくさんの黄色い果物が浮かんでいるではないか。 テニスボールより幾分小さめなそれはあざやかな黄色で、浴室全体に爽やかな香りが漂っていた。 「これは柚子だ。柑橘系の中でもっとも耐寒性がある植物で、日本料理では多用されている。 冬至の日にゆず湯に入ると風邪を引きにくくなり皮膚も強くなるといわれているそうだ。」 「ふうん、ゆず湯ね……なかなかいい香りじゃないか♪ それにしても日本人は菖蒲湯だのゆず湯だの、それから薔薇を浮かべるのもあったな、さすが風呂好きだけあってそういうののバリエーションが豊富だな、感心するぜ!」 「冬場には北国ではりんご湯というのもあるそうだ。」 「りんご湯か、そいつはまるで俺の湯のようだな♪」 くすくす笑いながらゆず湯を楽しんでいると、突然電気が消えて、あたりが真っ暗になった。 「あれっ? どうしたんだ、これは?」 「停電らしい。 換気扇も止まっている。 心配せずとも、そのうちに誰か来てくれるはずだ。 私たちがこの時間帯を借りていることはフロントで把握しているからな。」 カミュが落ち着いているのでそれに倣ってじっと湯船に浸かっていると、なるほど誰かがやってきた。 「ミロ様、カミュ様、申し訳ございません! 大雪のために送電線が切れたらしくて、停電になってしまいまして。 ご不自由をおかけいたしますが、ここに蝋燭を置いておきますので、この灯りでお願いいたします。」 脱衣場から美穂の声が聞こえ、カミュが承諾の返事をした。 「大雪で送電線が切れたそうだ。 復旧は早くても明日の朝だろう、それまではとりあえず蝋燭の世話になるということらしい。」 「ふうん……蝋燭ね…」 足元に注意しながら湯船を出たミロが脱衣場から蝋燭を持ってくる。 洒落た鉄色のクラシカルな燭台に白い蝋燭が暖かい色の炎を揺らめかせているが、広い浴室に一つきりではぼんやりとあたりが見えるだけなのだ。 出入り口の近くの床に慎重に燭台を置いたミロが湯船に戻って来た。 「なかなかいいじゃないか、蝋燭の明かりも。」 「ああ、そうだな。」 それきり沈黙が下りたが、ほのかな橙色の灯りのせいか、なんとはなしにしっとりとした空気が満ちている。 「カミュ……」 「なんだ?」 ミロの低い声が天井に響く。 「前から思ってたんだけど……」 「だから、なんだ?」 「すこし、抱かせてくれる?」 「……えっ」 薄明かりの中でカミュが少し身を引いた。 静かな湯面に湯気が立ち昇り、柚子の香りが急に強くなったようだ。 「こんなに暗い。 お前が恥ずかしがるのは明るいからだったはずだ、これならいいんじゃないのか?」 「え……でも…」 湯の中で身体をずらせていったカミュだが、すぐにその背は浴槽の角にぶつかった。 「なにもしないから……抱くだけだから……」 柚子の香りの中でミロの手が伸び、白い肩をつかまえた。 「あ……」 「来て……カミュ…」 やさしく引き寄せられたカミュが瞬時ためらい、それから静かに身を任せる。 「暖かいな……」 「ん…」 「いい香りだ……柚子もお前の髪も……」 「ん……」 「雪……ひどく積もるかな…?」 抱かれているカミュがちらと窓に目をやった。 「はっきりとはわからぬが……おそらく明日は一日中降り続く…」 「停電………早く直るといいな」 「ん……でも…」 「…でも、なに?」 「まだ…直らなくても良い………」 蝋燭の明かりが一つ揺らめいた。 柚子の香りが静かに流れていった。 冬至の日にはかぼちゃを食べて、ゆず湯に入る。 これが由緒正しい日本人の冬至の過ごし方。 久しぶりの東方見聞録は、さらに久しぶりのお風呂編。 お二人とも風邪引かなければいいんですけどね、 時間いっぱい、家族風呂に滞在しそうです。 |
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