「 目隠しさせて 」


「お前の好きなようにしてやるぜ、なんでも言ってみて………」
「え………そんなことを言われても……」
目をきらきらさせたミロは私の返事を待っている。
困ってしまった私がいつもの通りなんの返事もできないでいると、わずかにミロの眉が曇り落胆の色が目に浮かぶのだ。
「あの………」
「まあいいさ、なにも言えないのもお前の個性だから。」
そう言いながら口付けをくれるミロが内心ではがっかりしているのが私にはよくわかる。

   言ってみよう、今日こそ言ってみなくては!
   でも、いったいなにを言えば………

そのときふと心に浮かんだのは目隠しのことだった。
私が目隠しをされたとき、ミロはとても満足したようだったし、私もそんなに嫌というわけではなかったのだ。 あのときのドキドキした気分は今も忘れない。 もう一度あれを頼んでみようと私は考えた。 きっとミロも喜んでくれるに違いない。
「あの……ミロ………頼んでみてもよいか?」
「えっ、なにを? もちろんいいぜ、なんでも言ってみて。」
ミロが満面に笑みを浮かべた。 
そうだ、ちょっとした勇気を出せば私だってこんなにミロを歓ばせられる!
「あの………目隠しを……させてくれるか?」
あのときのことを思い出してしまい、どきどきして口がもつれるようだった。 自分からこんなことを言うなんてとても恥ずかしい!
「ふうん……まさかお前がそんなことを言うとはね。 いい考えじゃないか、面白い! 了解だ。」
にこにこしたミロは私の額に口付けてから、サイドテーブルの引き出しをあけて瑠璃色のバンダナを取り出した。
「いい提案をしてくれて嬉しいよ、愉しみは二人で作るものだからな。」
そう言いながらバンダナをちょうどいい幅にたたんだミロが自分に目隠しをしたので私は唖然とした。

   えっ? なぜミロが目隠しを……?!
   私が目隠しをしてもらう筈なのに!

自分がミロになんと言ったか、よく覚えていなくてなんともいえないのだが、ともかくミロの勘違いなのだ。 訂正しようと思ったとたん、ミロが手を伸ばしてきて私をつかまえた。
目測は狂ってはいない。 お互いの位置は目隠しをする前となにも変わっていないのだからそれは当たり前なのだ。
「あ、あの、ミロ………」
「う〜ん、なにも見えないっていうのもなかなかいいな! いろいろと想像力を刺激される。」
「あっ……」
ミロが私の弱いところに触れてきた。 それはとても的確で逃げようもなくて。
部屋の灯りが柔らかく私たちを照らしている。 いつものように恥ずかしさに顔をそむけたとき、やっと私は気付いたのだ。 ミロからは見られていない。 どんな表情でも知られることはないからなにも気にしなくても良いのだ。

   あ……!

今までは歓びに染まる自分を見られまいと必死に耐えていた。 ミロの与えてくれる甘い仕打ちにのめりこむことができなくて、ともかく自分を抑えていたのだ。 嬉しくて嬉しくて泣きそうになるほど気持ちの良いことをされているときも快楽に溺れ込む顔を見られまいと我慢を重ねていた。
ああ、でも………!

   ミロが目隠しをしてくれている!
   ミロに見られていない! 好きなように振る舞える………

「ミロ………ミロ、もっと…!」
嬉しさに笑みが浮かぶ。 予想もしなかった自由が私を大胆にした。 どんなにとろけそうな表情をしていてもいいのだ。 ミロになにをされても、恥ずかしくなく受け止めて思う存分乱れてもかまわないのだ。 どんなに慎みのない恥ずかしい姿勢をしても、ミロにははっきりとはわからないに違いない!
そして声も出せる! 声を出すときの顔を見られるのが恥ずかしくていやで今までずっと我慢していたけれど、きっと思ったことを言えるだろう。
ミロに私の想いが伝わったのかどうか、笑みを浮かべたミロはすぐに私の望みをかなえてくれた。
「それなら、こんなのはどう?」
伸ばされた手は私の気持ちにぴったりと添い、そのあまりの心地よさに私は溜め息をつきながら思わず笑ってしまうのだ。
「ああ、ミロ………なんて素敵な……! 嬉しい! 嬉しくて嬉しくて死んでしまいそうだ!」
自分で言って驚いた。 嬉しくて死ぬなんて、おかしな物言いなのにとてもいい気分なのはなぜだろう? こんなことを言ってしまってミロはきっと嫌な気がするだろうに。
でもミロは、目隠しされたミロはますます嬉しそうに笑った。
「ああ、カミュ………一回そう言わせてみたかった! 嬉しいぜ、最高だ! 死ぬほどいい目に遭わせてやるよ。」
それからミロはほんとうに私を死ぬほどいい目に遭わせてくれたのだ。
私は何度も 「 死んでしまう!」 とか 「 もう死にそうだから…… 」 と本気で口走り、ミロはそのたびにとても嬉しそうに笑ってもっと私を追い詰めてきた。  私は嬉しくてならず、数え切れないほどミロにせがみ、ミロが惜しみなく与えてくれる甘い仕打ちを存分に楽しんだのだ。
「もっと……もっと!」
なにも見えないミロの手を取って欲するままに導くと、何もかも心得たミロはすぐに私の想いを満たしてくれる。 嬉しいことをされながらミロをずっと見ていられるなんて初めてのことで、ますます心臓が高鳴り微笑んでしまう。 ミロが私を抱いているときにこんなに幸せそうにしているとは今の今まで知らなかったのだ。
「ああ、ミロ………幸せで幸せでほんとに死んでしまいそうだ………もっと、もっと抱いて! もっといい気持ちにさせて!」
私にも好きな姿勢はある。 今は遠慮することなくそんなふうにしてミロの手をせがんだ。 恥ずかしいはずの姿勢が、今はこころよくて震えてしまう。
「素敵だ、カミュ! なんでも望みのようにしてやろう!」
ミロは全てをわかってくれて、私を思い通りによくしてくれて。

それにしてもおかしなことだ。
死ぬなんて忌避すべき不吉な言葉を、ミロとの幸せな時間に口にのぼせるなどとんでもないことだ。 死にそうなほどいい気持ち、なんて論理的とは思えない。
でも、なぜか私はそう言いたかったし、ミロも心から喜んだのだ。
このあたりの心理はまだまだ私にはわからないことが多いけれど、だんだんとミロと一緒に解き明かしていこう。
そして………、ミロの目隠しにはもう一つ、思わぬ余禄があった。
私は初めてミロの身体をまじまじと見たのだ、隅から隅まで余すところなく!
愛されるときはいつも目をそらしてばかりで見ることもできなかったミロのやさしい指先や笑みを浮かべた唇、たくましい胸や引き締まった腰を好きなだけ眺め、満足いくまで見つめることができるとは!

   ああ………私はこんなふうに愛されていたのだ………
   今はっきりとこの目で見てる!
   ミロが………ミロが私にあんなことをしてる!

頬を染め高鳴る胸をおさえつつ、でも目をそらさずにまっすぐに私はミロに見とれてしまう。 それがどんなに幸せなことか、今までの私は知らなかったのだ。
嬉しくて恥ずかしくて自然と笑いがこみ上げてくる。 ミロがこんなに私を愛してくれている。 きっといつか、目隠しがなくてもミロをまっすぐに見られる日が来る。
「ミロ、ミロ、大好きだ!」
思い切り抱きしめて口付けた。 そしてミロから力いっぱいの抱擁をもらって死にそうになる。
いとおしくて懐かしくて嬉しくて幸せで、いつしか涙があふれていた。