「熱 帯 夜 2」


「ミロ………暑くてだめだから………」
俺が引き寄せると、眉を寄せたカミュがけだるそうに言った。
それはそうだろう、なにしろ室温34度、湿度85%は愛を交わすのには苛酷な環境だ。 いつもカミュを抱くときは空調の効いた快適な部屋と決まってるし、湯上りの肌はお互いにサラサラとしてしかも吸い付くようで相手の心を絡めとるのだから。
「よさないか………ミロ………いや……」
聞こえない振りをして胸を合わせると、じっとりと汗ばんだ肌に長い髪がまとわりついていて、たしかにいい感触とは御世辞にも言いがたい。
「だめだよ、カミュ………熱帯夜を経験するからには、こっちのほうも試さないと完璧とは言えないぜ。」
それは俺だって爽やかな部屋で気持ちよくカミュを抱くのが好みだが、無理な希望を容れてこんな苛酷な条件の部屋に泊まってやるのだから、その見返りくらいはもらわないと割が合わないというものだ。
水分補給を兼ねた口付けを何回も済ませてから胸に唇を寄せた。 いつもと違って汗の味がする。 舌先でくすぐるように汗を舐め取っていくとカミュはすぐに息をきらして弱々しくあえぐことしかできないのだ。
汗ばんだ身体を押さえ込み、ゆっくりと腰を押し付けた。 互いに相手を感じてため息が漏れる。
「いやぁ………ミロ……いや………そんなこと……」
この暑さの中でも最初から感じていたカミュが背をそらし、それがますます俺に身体を密着させる結果になるということをわかっているのだろうか。 濃い汗の匂いが甘さを増してきた。
「いいね………とてもいい……カミュ、もっと………もっとだ…………もっと俺に感じさせてくれ……」
粘つくような暑さに追い立てられるように悶えるカミュを責め苛んだ。 開け放した窓から聞こえる虫の音も もはやカミュには聞こえていないに違いない。 俺の汗がカミュの肌に滴り落ちる。
「ミロ………もう耐えられぬ………許して……………ああ……いやぁぁ……」
うわ言のように繰り返される訴えがますます俺を駆り立てる。

   許すなんてとんでもない  
   これからがお楽しみなんだよ………もっとその声を聞かせてもらおうじゃないか

暑さと情け容赦のない仕打ちにぐったりとした身体を引き起こして姿勢を変えさせた。 荒い息遣いのカミュがともすれば伏せてしまいそうになるところをなんとか姿勢を保たせる。
「寝ているよりもこのほうが身体が触れてないから少しでもしのぎやすいと思うぜ、 それに……」
「あっ……」
暑さにしおれた花のようにうなだれていたカミュが悲鳴を上げた。 身体には触れずに手だけで触れてやったのだ。
「い……いやぁぁぁ………ミロ……や……め…て……」
喉の奥から悲痛な声をしぼり出したカミュがつらそうに身悶える。突然の 鮮烈な刺激に耐えかねたのか激しく首が振られたが、どうしてこれがやめられようか。

   いいね………俺を誘っているとしか思えない
   もっと俺を楽しませてくれ

「だめだよ、カミュ………こんなに暑いんだから、お互いに身体を合わせるのはつらいだろう? だからこうして………ずっとこうして可愛がってやるから安心して…」
………安心?
むろん、されるカミュはつらいに決まってる。 最高に感じるところをこんなふうにされて、それだけでもつらいのに、いつもなら俺にしがみつくところを、それもできずに手足を突っ張って一人で耐えているしかないのだから。
「ほら………これはどうかな? 少しは感じてくれた? 遠慮しないでもっと感じてくれていいんだぜ。」
「ミ………ロ………………わたし……は………あの……暑くて…」
「それなら暑さを忘れるようにすればいい。ほかのことに夢中になれば暑さなんか気にならなくなる。どうすればいいか、わかるだろ?」
「あぁ……ミロ…」
荒い息をついたカミュがほんの少し腰を揺らした。
「んっ…」
「そうだ、その調子だ。」
「あぁ……あぁぁ…」
ここまでくればカミュにもどうにもとめられないのだ。 ぎこちない動きはやがて規則正しくなってゆきついにカミュ自身が快楽を求め始めた。
「あ……あぁ……いやぁ………もっと……もっとして…ミロ、ミロ………いやぁぁぁぁ………」
あまりの暑さと官能にカミュの理性が融けかけている。 腰の動きが目に見えて早くなって、抑えきれない濃密な喘ぎが暑い夜を揺さぶった。

   もうすぐだ………もうすぐカミュは落ちる
   この俺の手で最高の愉悦を与えてやろう

「あっ…」
小さい声を上げてカミュがくず折れた。 俺の愛撫に身を任せ、ついに倒れて荒い息をつくばかりのカミュがいとしくていとしくてたまらない。 でもまだ許さない。力を失った身体を今度はそっと仰向けにして、やさしく愛を与えてやった。
「あ………いやぁ………ミ……ロ…」
けれども俺の頭を押しのけようとする手にはほとんど力が入らなくて、わずかに俺の髪をつかむばかりなのだ。
「やめて………ミロ………頼むから………もう無理だから………ミ……ロ………」
しかしカミュの願いを聞いてやる者はだれもいはしない。

   こんな暑さに俺を引きずり込んだ礼は たっぷりとさせてもらうぜ

丹念に可愛がっているとやはり何とかなるものだ。
「ほら………まだまだ愛されたいっていってるじゃないか。」
からかうように上目遣いで見てやると、頬を真っ赤に染めたカミュが固く目を閉じた。 それまでは両手で俺の濡れた髪を手綱みたいに握りしめ、俺の動きに目をやりながら必死に耐えていたに違いない。
「見てくれていいんだぜ、そのほうが俺も楽しめるから。」
もちろん返事はなくて、くやしまぎれなのか髪が引っ張られてやけに痛い。 
それならとばかりに、より愛撫に手をかけた。 カミュが望んでいるに違いないやさしい扱いと俺の好みの思い切った刺激を織り交ぜる。
「ぁっ…」
汗にまみれた身体にはもう耐えるすべがなかったようで、カミュはすぐに力を失った。
「もう一度………いい?」
耳元でささやいた。 びくっとしたカミュがやっと首を振って拒否の態度を示したが、俺はまだ物足りない。
もう二度と熱帯夜を経験したいなんて言わないように、つらさを身体の芯まで味わってもらわないととても納得できるものではないのだ。

俺も若いがカミュも若い。
そのあとカミュを二回 高みに導いてから、もはや何の反応もできないほてった身体を抱き上げた俺は浴室に向かうと頭からシャワーを浴びた。
熱い湯がカミュの汗と俺の思いを押し流し、みるみるうちに爽快になる。 といってもそれは俺だけのことらしい。 抱えていたカミュを立たせようとするとそのまま床にくず折れてしまった。
「…だめ? 立てないか?」
「無理だ………あんなことをされて………」
ここでカミュが口ごもった。 それはそうだろう、熱帯夜の逢瀬は強烈すぎた。
「あの……動ける筈がない…」
頭の上からシャワーが降り注ぎ、身体を丸めて横たわるカミュの長い髪が床に艶めかしく広がっている。
「しかたないな、じゃぁ、ここで。」
「え………」
動けないカミュに付き合って俺も床に寝てやった。 ちょっと狭いがなんとかなった。
「雨の日の逢瀬と思えばいいだろう? 南国のスコールって奴だ。」
「ミロ………私はもう……ほんとに…」
のがれようと弱々しくもがくカミュをやさしく抱いた。
「わかってる………もうしないから。 やさしくするから………」
その言葉にこもった真実がやがてカミュを落ちつかせ、シャワーの下で溜め息をつかせた。
「俺の腕を枕に。」
「ん………」
「つらかった?」
「当たり前だ……もう動けない…」
恥じらうカミュは俺と目を合わせようとしない。
「忘れられない熱帯夜だな。」
「ん……」
降り注ぐスコールが心地よかった。