今日は俺の誕生日だ。
毎年のように 「なにが欲しい?」 と訊いてくるカミュに 「お前がいてくれれば何もいらないよ。」 と答える俺がいる。
今年も同じことが繰り返されて、とうとう誕生日の夜になった。
「カミュ、これを…」
シャンパンを一口含んで口付けた。 こうして口移しで飲まされることにもカミュは慣れたようで、少し眉をひそめながらも上手に飲み込んでくれる。 しかし、今日のはシャンパンだけじゃない。 カミュが、おや?、という顔をした。
「いいから飲み込んで。俺からの贈り物だから。」
「ん…」
いくぶん大き目のそれは、ゆっくりと喉の奥に消えてゆく。
「ミロ………今のは?」
「ふふふ、ペパーミントキャンディー。」
「……え?」
以前話題にしたあのキャンディーのことをカミュは覚えているのだろうか? 早くも耳が赤くなっているのはシャンパンのせいなのか、それともキャンディーのせいなのか?
「シャンパンとの相乗効果でよく効くぜ。そろそろどうかな?」
「まさかそんなことは………あっ…」
くすくす笑って手を伸ばす。 カミュが身をすくめた。

「あ………いや……」
色艶を帯びた震えるような声がたまらない。 それこそカミュの身体は楽器のようで、俺がここと思うところに触れてゆくと、たちまち敏感に反応して妙なる音色が流れ出す。 今夜もそうだ。
「ミロ………頼むから……これではつらくて…」
ベッドの横に立たせたままで後ろから軽く抱きかかえるようにして弱い処をそっと探ってゆくと、恥じらいながらの身悶えが始まり、すぐに自分だけでは立っていられなくなってしまうのだ。
バイオリンやビオラなんかの弦楽器が女体のフォルムをあらわしているとはよく言ったもので、後ろから名器を優しく抱えて演奏しているような気になってくる。
左手で伸ばされた首筋の弦をやさしく押さえ、伸ばした右手は張りつめた弦をそっと弾いてゆく。
「あ………あぁ………い…いやぁ……」
たちまち上がるのは震えを帯びた官能の調べだ。 高く低くに尾を引いて 色濃く甘い闇に散る。
「もっと………もっといい声を聞かせて……俺のカミュ…」
耳元に息を吹きかけながらカミュの羞恥心を刺激する。 カミュを抱くときには、行為もむろん大事だが、こういった言葉による愛撫も欠かせない。 「愛してる」  「大好きだ」 だけでは、まだ足りない。
「俺にこんないいことをされたいんだろう? みんなわかっているよ……もっと、って言ってみて…」
慎重に言葉を選んでいるのでカミュは気付いていないだろうが、理性や論理を最善のものと考えているカミュにこんなことを言うのはほとんど辱しめにも等しいものだと俺は考えている。
カミュが耳を塞ぎたくなるような、しかし本心では聞きたくてたまらない甘く恥ずかしい言葉を耳に注ぎ込んでやると、理性の鎧はやがてもろくもはずれてしまう。 快楽の支配する愛のしとねに理性は不要のものなのだ。
アクエリアスのカミュから羞恥心を引き出して、その中から 「 されたい 」 という心の奥底にしまい込んである本心を表に出して自由に振る舞わせてやろう。

やがて心も身体もしっとりと濡れ始めたカミュが俺の手に身体を押し付けてきた。
まだいくぶん理性が働いているらしくそれはかなり控え目なものなのだが、言葉にこそ出さないものの、もっと刺激してくれ、と言っているようなものでかなり恥ずかしい仕草といえるだろう。 しかし、もうカミュには走りだす自分を止められない。
「どうした?もっとして欲しいの?」
「あ…」
そんなことを訊かれたくないだろうが、わざわざ口に出すことでもっとカミュの羞恥は増してゆく。 恥ずかしくて身の置き所がないだろうが、それこそがこちらの狙いなのだ。
「そんなことされちゃったら、俺も感じちゃうんだけどな。」
まるでカミュのせいだと言わんばかりに耳元で溜め息混じりにささやきながら身体をぐっと押し付けた。 カミュに感じられないはずはない。
「あ……そんな………」
「俺をこんなにしたのは自分だってわかってる? お前だって………ほら。」
「ああっ! ぃ………いやっ………いやぁぁ…」
服の上からほんとに軽く触れただけなのに、よっぽど刺激が強かったのか、艶やかな髪を乱して床に崩れそうになるところを慌てて抱きとめた。
でもまだだ。 今日は誕生日なんだから、こんな程度ではまだ足りない。 もっともっとカミュから羞恥心を引き出して 「される」 歓びにのめりこませてみたいのだ。

「そろそろベッドで可愛がってやりたいんだけど、それには邪魔なものがある。」

可愛がる、この言葉にカミュは弱い。
最初のころは俺だってそんなことは思いもしなかった。 どこの誰が聖域に冠たる黄金聖闘士を可愛がろうとするだろう?
子どものころならいざ知らず、今は背丈も俺と変わらないアクエリアスのカミュを可愛がる?

初めて抱いたころにはひたすら大事にして包むようにしていたものだが、そのうちに俺の積極性がまさってきて仕掛ける側と仕掛けられる側の立場が鮮明になってきた。 いきおいカミュの消極性と依存性が浮かび上がってきた結果、俺はカミュを 「 可愛がる 」 ことになったのだ。
「可愛がってやるから……」
初めてこの言葉を使ったときカミュは相当驚いたらしい。
可愛い、というのは単なる褒め言葉、つまり形容詞にしか過ぎないが、可愛がる、となると愛玩するという具体的行為を伴う動詞なのだから、それが自分に対して使われるという違和感に納得ができなかったのだろう。
しかし、そのときに俺がしていた行為がまさにカミュを 「 可愛がって 」 いたことだったため、その意味するところは飲み込めたらしかった。
可愛がられている自分におそらく屈辱を覚えながら、しかしその甘美な感覚はカミュを捉えて放さなくなったのだ。 可愛がられることは自分が下位に立つことを認めることで、誇りも自負心も、いや、それどころか男としての存在を否定することにも繋がりかねないのに、今のカミュは可愛がられることに歓びを覚えるようになっている。 いつくしんで大事にしているようでいて、案外これは嗜虐的な言葉なのかもしれず、俺がカミュにオブラートに包んだ屈辱を与えている可能性すらあるのだ。 このことにカミュが気付いているかどうかは疑問だが。

「………邪魔…って?」
浅くあえぐカミュは一刻も早く可愛がってほしいのだろう、俺が言った 「 邪魔なもの」 を気にしているようだ。
「お前、、まだ服を着てるだろ? ………脱いでくれる?」
「え……!」
俺に抱かれるときのカミュは自分で服を脱いだことがない。
いつも恥じらっていてばかりでとてもそんなことはできそうにないので、ボタンをはずすことやそのほかのこと一切を俺がするようになっている。 むろんこちらは嬉しいし、カミュがそのことに軽い屈辱感と歓びを覚えているらしいことも実に都合がよいのだから。
しかし誕生日の今日はいつもとは違ったことをしてみたい、カミュをもっと困らせる特別なことを。
そして、俺が思いついた 「カミュ自身が服を脱ぐ」 という能動的な行為は、カミュを困惑させ羞恥の只中に追い込むのに違いなかった。
できないというのはわかってる。 そうしたら、もっとカミュを困らせることを言いかけながら一つ一つ丁寧にじらしながら脱がせていけばいいだけの話なのだ。 それもまた楽しくて俺はワクワクしてしまう。
「脱いでくれなきゃ愛せない。 俺に可愛がられなくてもいいの?」
後ろから抱えるようにしてすいっと触れる。 たったのひと撫でなのに、びくりと震える身体がいとおしい。 こうやって恥じらわせて逃げ場のないところまで追い込んでゆくと、やがてカミュは耐え切れなくなって 「脱がせて…」 と哀願してくるだろう。 
「ミロ………もっと……」
カミュが息も絶え絶えに口走る。 可愛がってもらうことを自らせがむというのはどんなにつらく恥ずかしいことだろう。 でも俺にはそれが快い。
「もっと俺にして欲しかったら、脱・い・で・♪」
カミュが全身を震わせる。 もはやアクエリアスのカミュを形作っていた理性は影も形もなくなって、愛されたい、可愛がられたいと願っている一人の人間でしかなくなっている。
カミュが黙り込んだ。 きっと 「脱がせて…」 という勇気をかき集めているのに違いなく、俺は耳を澄ませて待つことにした。 互いの動悸で部屋の空気は今にも張り裂けそうだ。

「脱いだら………ほんとに可愛がってくれる?」
俺は耳を疑った。
あのカミュが、どうしてこんなことを?
「………え?……もちろんだ、お前の好きなようにしてやるよ。」
戸惑いながらも甘くささやいてやると、たえかねたように小さい溜め息が洩らされる。 カミュの手が喉もとに伸ばされるのを感じて、俺は抱いていた手を離した。
背を向けてシャツのボタンに手をかけたらしいカミュが真剣に一つ一つはずしていくらしい気配がよくわかる。 予想外のことにこちらの頬が紅潮し、やがて脱ぎ落とそうとしたカミュの白い両肩が見えたときには心臓がドキドキとしてきた。 ちょうどそのときにカミュが肩越しにちらとこっちを見たものだからさらに心臓が跳ね上がる。 まさか誘っている筈はないからほんの偶然なのだろうが、この視線の使い方はあまりに扇情的で官能的過ぎると俺は思う。
シャツを床に脱ぎ落としたカミュがこちらに向いた。 おずおずと俺の手を取り自分の胸に触れさせる。

   え?………え?!

「ここも………可愛がってくれるか?」
信じられない。 甘えるような言葉に頭がクラクラとなる。 俺は黙って唇を寄せ、やわらかく含みながらこの驚くべき事態を受け入れることにした。 むろん、もう片方の蕾にもやわらかくふれてやるのは忘れない。 しなやかな身体に震えが走る。
「もちろんだ。」
俺の言葉に力を得たらしいカミュが、俺の視線に恥じらいながら残りの服も脱ぎ捨てた。
「………ここも………ここも可愛がってくれるか?」
うわずるようなかすれた声が降ってきて俺の手はふたたび引き寄せられる。 カミュの意思に従い、そっと手をあてがうとしなやかな身体が大きく震え、甘い吐息が洩らされた。 ほんとに今日のカミュは、いったいどうしたというのだろう?
「ああ、ここも可愛がってやるさ………お前が、 もうやめてくれ、って泣いてすがってくるまで思う存分愉しませてやるよ。」
俺の手に身体をすり寄せたカミュが身悶える。
「ミロも………私みたいに早く脱いで…」
白い指が俺のボタンに触れる。

   お前みたいに扇情的に脱ぐことなんてとてもできやしないけど………

求めに応じた俺が素肌を合わせ唇を重ねると、微かにペパーミントの味がしたように思った。




           
ミロ様、結局、ちょっぴりは翻弄されましたね、たまにはリードされるってどんな気分?
           かくてペパーミントキャンディーの媚薬効果は学会に証明されようとしています  ← 欺瞞