「 手を貸す 」


   あれ………もしかして眠ってた……?

目覚めきらないまぶたを閉じてもう一度快い眠りに身をゆだねようとしたときだ、俺は不思議なことに気がついた。

   手が動いている………?
   でも………俺は動かしてなんかいないのに………

そのとき俺は悟ったのだ、自分の手が何をしているかを。
手の中にカミュを感じているのは確かだ。 それも明らかに緊張して高揚しているではないか。
手首から手の甲にかけてカミュに柔らかくつかまれていて、ゆっくりと動かされているのは間違いがない。

   ………え?
   え?! カミュ………お前、なにを!

こんなに驚いたことはない。 あのカミュが俺の手で自分にそんなことをしているとはどういうことだ?
そっとカミュの顔を盗み見た。
眼を半ば閉じて潤んだ瞳で宙を見つめているカミュは荒い息をつき、しなやかな身体は小刻みに震えて俺の愛撫に耐えているときとおんなじだ。
しかし、それを他人事のように横から見たことなどあるはずもない。 いつも俺は愛を施す当事者で、正面から官能に打ち震えるカミュを見つめ、俺の下で羞恥の海に溺れるカミュは顔をそむけているのが常なのだ。
この状況を把握しきれずに唖然としていると、カミュの手の動きが早まってきた。 それにつれて、当然のことだがカミュの身体の緊張も増してくる。
「ミロ………みんなミロがいけないのだ………私に火をつけておきながら自分だけ寝てしまうのだから……」

   ………え?

「これは私がしているのではない………ミロが……ミロの手がしているのだ………私は………されているだけなのだ………………いけないことではない………ミロ………」
呟くようにやっと聞き取れるような声が聞こえ、俺に事態を知らしめた。
今さら起きて声を掛けたら、どんなにカミュは恥じ入るだろう。 きっとしばらくは再起不能で俺の顔も見られないに違いない。 自らを慰めていたことを俺に見られたと知ったら、その傷は永久に癒せない。
いくら俺が気にするなと言っても、カミュの性格ではずっと気に病んでしまうに違いない。
ここは起きないに限る。 知らない振りをして、カミュの好きなようにさせるのが最善の策だ。
それにである。 見られているとも知らずに官能に身を任せているカミュの顔をこっそり見ていられるなんて僥倖は、この先あるかどうかはわからない。俺は願ってもない幸運を目の前にしているのだった。
カミュの手の動きが切羽詰ったものになってきた。 じっと手をうごかさずにいたが、このままでは与える快感が淡いような気がしてほんの少しだけ指先を寄せてみる。
「あっ…」
小さい声があがり、効果があったことが文字通り手に取るようにわかった。 それに力を得て、手のひら全体もほんの僅かずつすぼめてやると甘い吐息が耐えかねたように洩らされた。
カミュの息が荒くなる。 身体が熱くほてり、つらそうにゆるゆると首を振り、腰にほんの僅かだが力が加わってきた。
もうすぐだ、カミュの絶頂は近い。
今なら気付かれないに違いないと、指先を軽く曲げて理想の形を作ってやった。 こんな微妙なことはカミュにはわからないのだ。 手の中に新しい緊張が走る。
「あっ…」
ひそやかな喘ぎとともにカミュの身体から力が抜けた。 俺の手の中で至高の愉悦が開花していった。


得難い経験だったと思う。頼んでもけっして見られるものではないのだから。
しかし、問題はそのあとだった。
当然のことながら、高揚してゆくカミュを見ていた俺の方も同様の緊張に見舞われたのだ。
といって今さら起き出すわけにもいかず、カミュが寝入ったあとで何とかしようと思っていると、なんと驚いたことにカミュが俺の腕を抱きしめて眠る体勢に入ったではないか。
「ミロ………ミロ……愛している………こんなに、こんなにお前を………」
甘いつぶやきはたとえようもなく嬉しい。 それは間違いがない。
しかし、俺はどうなる?
もう一方の腕は角度が悪くて、とてもではないがカミュに知られずに動かせる筈もない。

   おいっ、俺はこのままか?
   どうやって自分をおさめろというんだ?!

こんなところは、まだまだなのだ。
俺なら、もしこうした行為に及んだら、念のためにカミュの様子を探ってそれなりにしてやるのだが、カミュにはそんな芸当はとうてい望むべくもない。 熟睡するのを待って、それからそっと腕を抜き出そう。
俺の腕をひしと抱きかかえて幸せそうに眠るカミュを見ながら、俺は煩悶するしかないのだった。