ちょっと聞いて 2002年

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市労組の女性組合員で作る婦人部ニュース(月刊)には、毎回女性組合員の随筆「ちょっと聞いて」がシリーズとして掲載されています。

一回ごとに、新しい組合員が登場。身の回りのこと、悩み、思いを語ってくれています.。



☆ 2002年11月26日 NO.109

 早いもので私も今年勤続20周年を迎え、この秋リフレュシュ休暇をいただいて主人と北海道旅行をさせてもらいました。(秋色の景色は最高でした!)

 子どもたちは中学生になりましたが、進路のことや友だち関係など、心配しだしたらキリがない程…自分が変わってやる訳もゆかず、落ち込んでしまうこともしばしば…。

 だけどなんと言っても、仕事に来てクラス(0歳児)のかわいい子どもたちに接していると、初めはカラ元気、作り笑顔でもすぐにホントの笑顔に変えられて、子どもたちの方からいっぱい元気をもらっている事に気づき、今更ながらにこの仕事が与えられている事に感謝!

 好きな仕事が出来る事、毎日仕事に通える事がとても幸せに思えて、悩んでいた事も小さな事に思われ…家に帰っても明るい顔で家族に接する事ができます。

 最近、「パッチ・アダムスはいま、みんなに伝えたいこと」(主婦の友社)という本を読み感動しました。

 誰かの支えになることが生きる喜びだと言ったパッチ。

以下抜粋です。

 「愛することを選んだ者は決して悲観主義者にはならない。…仕事を愛する、家族を愛する、人生を愛する。これに情熱を傾ける限り夢に向かって進むことができるだろう…」等いろいろ教えられました。

・・・ パッチ・アダムス ・・・
本名ハンター・アダムス。医学博士。愛とユーモアを治療の根底におき、無料で診察する共同体形式の病院施設ゲズンハイト・インスチューアートを設立、自らクラウン(道化)となって患者に接することを始めた。


☆ 2002年10月22日 NO.108

 「アルジヤーノンに花束を」というドラマがいま語題になっている。

 知的障害を持つ青年ハルと彼を取り巻く人々との心温まる物語だ。

 息子はこの春から養護学校に通うことになった。

 といっても、生徒としてでなく、一応職員として通学バスで通う子どもたちを介助する仕事に就けたのだ。

 でも、あくまで非常勤職員。すでに29歳、本人は大学を出てから、民間企業に勤めたが3年で退職。世の中の厳しさを知ったようだ。

 その後、アルバイトをしながら福祉専門学校に通ったりして、だいぶ回り道をしての福祉関係の仕事である。

 最近では、彼の方が福祉に関しては詳しくなって論争しても負かされる。

 老人介護だけはイヤだといったのに、母の介護を手伝ってくれるようになったのは煩もしい。

 が、そんな福祉の仕事に今、民間参入の話が舞い込んだ。通学バスの送迎をMKタクシーが請け負うというのだ。

 広い通園区域をぐるっと回れば、1時間以上もかかる。それよりも、個別にタクシーを走らせ送迎するという。

 その方が短時間で安上がりというのが当局の考えのようだ。

 まだ、この問題がこれからどうなるか分からない。今後は、仲間の皆さんたちと一緒に障害者の発達保障にむけた運動に参加していってほしい。

☆ 2002年9月10日 NO.107

 少し涼しくなり、母をお風呂に入れる事が楽になったナァーと感じる季節になりました。

 すぎてみれば早い3年間でしたが、8月の末に次々に2人の母が倒れ、看病におわれ、命の危険がなくなると3ケ月ごとに転院の話に振り回され、障害としてはっきりしてくると施設捜しか在宅かの選択に迫られと、日々追われてばかりでした。

 母2人はリハビリを頑張り少し歩けるようにまでなってくれ、84歳と71歳なのにと私達の方が励まされてやってこれたように思います。

 仕事を続けるため特別養護老人ホームの入所申し込みもしましたが、京都も高槻もその周辺も百人〜三百人待機で入所待ちでした。

 ケアマネージャーの方々の話ではひとりで動けない方を在宅にして、動ける人は施設でみましょうと言われました。

そんな事が基準なのかとも思いましたが、現実の生活では痴呆の母は目が離せず老人保健施設でみてもらい、脳卒中での肢休不自由の母は在宅で仕事に出てからデイーサービスまで待たせ、夕方も仕事から帰ってくるまで待たせとやりくりしてきました。

 1年ごとに介護する者もされる者も年を重ね,体力や健康状況も変化していき,いつまで続くか不安もつのります。

見舞いの人は沢山いますが,介護をやっていくのは家族でしかなく,支える人の少なさを今の介護制度だけでは補えないのではと思います。

☆ 2002年6月25日 NO.105

 何かスポーツしていますか?と聞かれると、どう答えようと、いつも考えてしまいます。

 自分の気持ちの中ではもっと休を動かしたい、という希望があるのだけれど、2回の足の手術のため過去に出来ていたスポーツが何も出来ない。

 私とテニスの出会いは中学1年のクラブ活動であった。クラブ顧問の先生の熱心さもあり、私にもあっていたのか、3年生卒業するまで続けられた。それだけ頑張っていたテニスも、それ以降家の都合により出来なくなった。

 だから市役所に入り、テニスが出来るようになったときは、舞い上がらんばかりの嬉しさでいっぱいだった。

 だから、その当時、年を経ても無理することなく年齢に応じたやり方で続けていけると思っていたが、そうはいかなかった。

 でも、現在歩行が出来るので、ウォーキングは出来る。そうだ何でもプラス思考で頑張ろう!歩くと季節感が味わえる。皆さんもやってみませんか?

☆ 2002年5月21日 NO.104

 和太鼓をたたきたいと、姶めて6年となる今年は、所属するサークル「鼓太舞」の10周年になります。

 記念コンサートを7月28日(日)に行いますのでぜひ見に来てください。

 丸いから一人から5〜6人でたたけます。上手、下手はともかく、初心者から経験者までいっしょに演奏できます。

 しんどい時でもたたいていると、太鼓からパワーをもらい、だんだん元気になります。

 太鼓はホントそんな魅力のある楽器です。リズムが覚えられない、頭と身体がバラバラなど、うまくできないこともいっぱいあるけれど、メンバーの励ましや支えで楽しく練習しています。

 この頃は民舞にも挑戦しており、コンサートでは格好いい踊りを披露したいなと思っています。

 年だからということも多いにあるけれど、「やったらいつかはできる!」「ムリせずボチポチ」をモットーに。

 したいことをこれからも多いにやっていこうと思っています。

☆ 2002年3月22日 NO.103

 昨年十一月より父が入院。それに伴い、母も都会の仮住まいに移り、毎日父を見舞っている。満員バス・電車を使っての病院通いは、足を痛めている母には、かなりの負担。
 「たまには、休めば?働いている人だってお休みがあるのに」と勧めても「家に居ても、かえって気になってしまうから・・・」と取り合ってくれない。今までの田舎生活では無縁だった家の鍵と携帯電話に、四苦八苦していたが (今では、笑い話のようなハプニングがいくつもある。)最近やっと慣れたと笑う母。
 河原町通りのイチョウの葉が、初冬の風に舞う様を車窓から見て、歌を詠み、クリスマスのイルミネーシヨンに感嘆の声を上げ、座席を譲ってくれた人の優しさに触れ、私に会うたびに報告してくれる。京都に住みながら、今まで御所に行ったことがない、と言う母を誘って、数日前ふたりで歩いてきた。
 都会の喧騒の中で、思いがけず澄んだ空気と広い空間に田舎を思い出したことだろう。
 見上げる木々の芽が、ぷっくりと膨らみ、春も、もうすぐ。そして、退院も近付きつつある。手術とその後の治療に[抗がん剤・放射線]に耐えた父と、毎日そばで支えてきた母に、拍手を送りたい。

☆ 2002年2月27日 NO.102

 3人の子どものいる我が家の家族。今年の4月より大学生2人と私立高校と目が回るような教育費がいります。
 なんでこんなに高いの?授業料軽減できないの?と思います。授業料軽減制度は私立高校ではありますがわずかですね
大学でも授業料軽減制度があるといいなあ?と思います。
 そして国公立の大学なみとはいわないが、少しでも授業料安くして欲しいです。
 我が家の家計費で一番多くいるのは食費!男子2人で食べ盛りで年々食料費アップしています。
 そして私立高校は何から何まで揃えて購入。しかも就学旅行は海外。贅沢すぎる!と思っています。いくらお金があっても湯水のごとく出ていきますね。
 今年の4月より医療費がサラリーマン2割から3割になる話も出てきています。
 私たち長年保育士をしてきてだんだん体がいうことをきかない年齢になってきています。
 今まで以上に病院にお世話になることも多くなります。
もうこれ以上国民に負担をかけないでと声を大にして言いたいです。

☆ 2002年1月30日 NO.101

 彫刻刀を握って、仏さんづくりをはじめて十年を過ぎました。
 さて作ったものはとみても、満足いくものはないのが現状ですが、三日坊主では誰にも負けない自分としては、ここまでやってこれたという点が慰めかと。今は二十センチくらいの観音様を彫っています。
 材料には檜を使い、彫るたびに良い香りがしてとてもリラックスします。木片を布袋に包み、お風呂に入れて、香りを楽しむ人もいます。
 できあがれば、さし上げますということになっていますが、最初の「まだ?」の催促もなくなり、もうあきらめておられるのかなと、いうぐらい長い間お待たせしています。
 なんとか仕上げたいと頑張っています。どうかおまちを。立体を彫るのは骨が折れますが、ばたばたとした日常をしばらく忘れ没頭できる時間は大切です。
 数人でサークルを作っていますが「ちょっとしてみようか」と思われる方、是非参加くださればと思います。