ちょっと聞いて 2003年

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市労組の女性組合員で作る婦人部ニュース(月刊)には、毎回女性組合員の随筆「ちょっと聞いて」がシリーズとして掲載されています。

一回ごとに、新しい組合員が登場。身の回りのこと、悩み、思いを語ってくれています.。



☆ 2003年10月24日 NO.117

  生協のカタログを見ていて目に止まった70年代愛と青春のフォークソング大全集CD4枚セットを、安かったので買ってしまいました。

 朝は子どものお弁当を作りながら、小さめの音で聞くのがちょっと楽しい…。

 夜は、夕食の用意をしながら思いっきり美しい声(?)を張り上げうたっている。 (20数年前の私は、長い髪にギターを抱えた、まさに、うたう少女だったのである)

 学校から帰ってきた娘も、お茶碗を洗いながら一緒にうたうこともあり、我が家の台所はちょっとしたカラオケルームに変身する。
 フォークソングが生活の一部になっていた学生時代が今、とてもなつかしいのは何故だろう?
 大学生の娘があのころの自分と同世代になっているからだろうか?

 娘としゃべっていると、
 一つ一つが自分自身の体験「感じたこと」、と重なる。
いつの間にか話し込んでしまい「この続きは、また、明日」という日もある。

 生活スタイルは違うけど、厳しい社会を少しずつ見つめ始めた娘に「ともにガンバロウ!」と、声をかけた。

 数年後に私と同世代になった娘は「どんな青春時代を思い出すのだろうか…」と、ふと想ってしまった。 (しっかり青春してよ…)

 愛しの娘へ…

☆ 2003年8月29日 NO.116

 8月がもうすぐ終わる。雨が多く涼しかった今年の夏、農作物の不作や異常気象の続く地球の将来なんてうシリアスな問題を気にしなければ、暑がりの自分にとっては過ごしやすい快適な夏であった。

 その中で、唯一歓迎できなかった事柄が「マルムシの大発生」である。 ダンゴムシと言った方が通りがいいだろうか。 子供の頃、校庭の隅で土いじりをしていると出てきて、触るとクルンとまん丸になったアレである。

 遊んでいた頃にはコロコロとして可愛いいとしか思わなかったこの虫が、ガーデニングでは花の葉や茎を食べ荒らす厄介物だと知った。

 我が家では数年前の改築時に生け垣をブロックの白壁に変えたが、どうも殺風景で味気ないので、堀に沿ってプランターを並べ冬場はパンジー、夏はポーチュラカ、端堺期にはゼラニュームと一年中花をきらさないよう、工夫してガーデニングを楽しんでいる。

 毎日の水やりや花柄摘み、ナメクジ・毛虫の退治となかなか手間がかかるが、思い通りに咲き揃うととても嬉しいし、通りすがりの人に「きれいですネ」
 とほめられると更に嬉しく、益々手入れに力がこもる結果となっている 

 さて、その大切な大切な花に害を為すマルムシが、今年の夏、ジメジメが性に合ったものか、大量に出現した。

 雨あがりの朝、期待してのぞき込んだプランターにグッタリしおれた花とその根本に群がるマルムシを発見した時の心境は何と説明したものか。

 落胆と怒りと。その怒りにまかせて捕らえた虫を道路に弾む程の勢いで投げつければ丸まったままピクとも動かなくなる。 「やっつけた」と放置しておくといつのまにか死骸がない。

 復活して逃げ去ったらしい。(タフだ)

 今は「生け捕り袋詰め、生ゴミ」作戦で対抗しているが、何しろ敵は大量、捕まっても捕まっても現れる。

 冷たい夏はもうすぐ終わりそうだが、マルムシとの熱いたたかいはまだまだ続きそうだ。

☆ 2003年6月16日 NO.114

少し前のニュースで「就学(小学校)の時期に幅を持たせる・・・」、もうびっくりですよ。

 だって子どもたちは一つ大きくなることに期待し「〇〇組の次は一年生!」とみんな胸をふくらませているのに・・・。

 いろいろな子どもたちのしんどさはあるけれど、一つ一つ丁寧に対応していくのが保育や教育の原点ではないでしょうか?

 「エリート」って何?

 また、私の住む長岡京市は一年前突然の新聞発表で「中学校の校区制をなくす方向性」を打ち出してきたのです。この事もびっくりでした。

 子どもって親と教育機関だけで育って行けるものではないですよね。友達や地域との関係はどうなるのでしょうか?

 保育現場の保育士としても子育て中(我が子は思春期暴走中)の母としても、どんどん薄れつつある親や地域、子どもの関係を感じ
ながらも、大切に育んできたつもりです。

 そのことでどれだけ、友達関係やその親との関係に助けられていることか、お金という財産のない私にはこれが一番の宝物なのに。

いったいこれからの子育てはどうなっていくのでしょうね。

 いえいえ「そんなことは許さない!」とみんなで声を大きくしていきたいものですね。

☆ 2003年5月6日 NO.113

3人の子どもを育て、この春やっと保育所の送迎が終わり、肩の荷がおりた様な、ちょっぴり寂しい様な複雑な心境です。

今年6年生の長男が0歳の時から川西保育所でずっとお世話になり、気がつけば11年間という月日が流れていました。

そしてこの春から、3人そろって小学校へ通っています。末娘は、ピッカピッカの1年生になりお友だちもでき、毎日クラスのことや学童のことを、うれしそうにおしゃべりしてくれ本当に楽しそうです。

 何も心配なく送り出した学校生活でしたが、5日目にして腹痛で休んでしまいました。

 環境も変わって精神的にも疲れたのではと、心配したら、ただの便秘で、病院でもらった薬でお腹もすっきり、それからは元気に登校しています。 

 家の鍵を持つのもうれしくて、自分で鍵を開けたその日、鍵をどこへ片付けたか思い出せず見つかりませんでした。仕方なくスペアーキーを作って渡したら、ある日、姉のランドセルの中から妹の鍵が出てきてびっくりでした。

 姉のランドセルに間違えて入れていたとは・・・・何が起こるかわからない新1年生の末娘に、振り回されながらも家族でワイワイガヤガヤ楽しく

会話できる幸せを日々感じているこの頃です。

 子育てってやっぱり楽しいですね!

☆ 2003年2月18日 NO.111

定年退職の日が目の前に

 毎日毎日があっという間に過ぎていき、目の前に定年退職する日が近づいてきました。

 大好きなこの保育士という仕事が終わる時がくるのは、まだまだ先と思っていたのに今そこに。

 東天川保育所が、子育てをしながら働いている人達の切実な要求が実り、開所するとき、私は保育士の仕事につき、退職の日にこの保育所がなくなるとは、何ともいいようのない気持ちです。

 労働組合でより良い保育所のために、小さな事も含め、色々な運動を皆さんと共に力を合わせてきました。0歳児保育、延長保育は他市より早くとりくみ、保護者と共に勉強もたくさんしてきた事を昨日のことのように、思い出します。

 高槻市民にとってより良い保育所にと多くの人達と力を合わせてきました。ところが、数年前から諸保育条件がさげられ、子ども達にとって、親達にとって、職員達にとって、大変な内容になってしまいました。

 その中で子ども達の笑顔をはじめ豊かな表情、ことば、活動等私達を励ましてくれています。

 子ども達に限りない愛情をもって、保育士の仕事を続けられたことに今、感謝しています。これも共に励まし歩んでくださった多くの人達のおかげです。「ありがとう!」と感謝の気持ちで一杯です。

 今までより安心して、子どもを生み育てられる高槻市になっていくため公立保育所の大きな役割を肌で感じています。

 退職する日を目の前にして、これからも、愛するすべての子ども達が平和な社会で育っていくように、何らかの形で少しでも力になることができればいいなと思います。

☆ 2003年1月22日 NO.110

  映画大好き!そして、なんと言っても洋画大好きな私が、最近立て続けに感動的な日本映画を3本見ました。

「折れ梅」、「たそがれ清兵衛」、そして、今見終わって帰宅したばかりで、感動さめやらぬ「壬生義士伝」です。

この映画は幕末の混沌とした時代に、不器用に、正直に、「義」に生きた一人の男の物語で、彼にとっての「義」は、「人としての愛」だという。そこで私は、おおいに共感、感動し、おこがましくも「同感、同感。私と一緒。」なんて心の中でつぶやいていたのです。

何のために生きるのか、誰のために働くのか、そんなことも見失いがちな

現代にも通じるものがあり、暖かい涙に頬をぬらしながら、耳に聞こえてくるのは中井貴一扮する主人公が、故郷盛岡に残した恋女房の「しず」に呼びかける声。

東北なまりで、どうしても「すず、すず」と聞こえるのが、これまた気持ちよくて、「映画ってほんと素晴らしいですね。」