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市労組の女性組合員で作る婦人部ニュース(月刊)には、毎回女性組合員の随筆「ちょっと聞いて」がシリーズとして掲載されています。

一回ごとに、新しい組合員が登場。身の回りのこと、悩み、思いを語ってくれています。

どうぞ、女性組合員の声を「聞いて」下さい


    ちょっと聞いて 2005年

☆ 2005年12月5日 NO.135

『 退職にあたって思うこと 』
 
 来春3月には晴れて定年退職の運びとなるはずだったのに、急に雲行きがあやしくなり、あれよあれよのうちに11月でゴールを迎えることになりました。

自分で考えに考えて出した決断だったのですが、未だにこれで良かったのかと心が揺れ動いています。

年度途中で退職することは何かいっぱいやり残したことがあるようで後ろ髪ひかれる思いであり、職場の仲間や子どもたちには申し訳ない気持ちでいっぱいです。

思い返せば、私が保母として就職したのが富田保育所で、退職するのも富田というのは何か因縁のようなものを感じます。 中途採用で2月のあわただしい時期に仕事をスタートさせましたが、終わりも似たようなドタバタ状態で退職してしまいます。

 なりゆきまかせの自分らしい終わり方と半分あきらめ半分開き直っています。

 以前から思い描いていた退職の光景とは違う形になってしまいましたが、現実を前向きに受け止めて30年間健康で働き続けられたことや、ここまでささえていただいたたくさんの人にも感謝しつつ「ドロ〜ン」と消えたいと思います。

☆ 2005年10月31日 NO.146

 世界文化遺産にひかれて訪れた町、ドイツのリューベック。

 あいにく、ホルステン門は工事中でしたが、日曜のミサで素晴らしい歌声やパイプオルガンの音色、ステンドグラスの輝きに酔いしれていました。

 今回はユースホステルめぐりと鉄道での移動も楽しみの一つでした。

 駅の時刻表の見方・切符の買い方を教えてもらって、ひとり旅への準備になりました。

 電車でのドアは手動ですごく力がいり、なかなか開かないと年配の女性がぎゅっとなれた手つきで押してくれました。

 乗り降りもステップがあり大きな荷物を持っている私たちには苦労でした。

 最近の電車はボタンを押すだけで、フラットになっています。

 そして、自転車や犬も乗っているのには驚き。

 駅前には放置自転車もないし、専用車線もあり歩道を走る必要もないのです。 散歩をする犬のためにゴミ箱も設置されています。

 ただ、石畳なので車椅子の人には走りにくいかな。 木々は色づき川ではのんびりと魚釣りを楽しんでいる人たち。

 バケツを覗くとちいさな魚がいっぱい。食べるのかと野暮なことを聞くと、家で大きく育てるとのこと。 そこへ、近づいてきた白鳥、私たちが移動すると追いかけてきたのかと思うほど、羽を広げて大急ぎで水面を走ってきているのには笑ってしまいます。

 気高い鳥のイメージが吹っ飛んで、なんとも愛らしい!

 日頃なかなかこんな時間がもてないけれど、大切ですね。

 この旅で足りなかったもの、やっぱり温泉のあるところがいいなあ。
 身も心もぬくもりを求めているのかも・・・

☆ 2005年9月22日 NO.145

 みなさんは何かペットを飼っていますか?

 我が家では十姉妹、インコ、金魚、うさぎと子どもが幼いころにはいろいろ生き物を飼っていましたが、子どもからいくらせがまれても、犬や猫だけは絶対ダメと反対していました。

 家族で旅行に行けない、世話が大変なこと、死んだら可愛そうだとの理由からです。

 それが3年前の冬のある日、あるペットショップで出会ったワンコに一目ぼれ(相手は女の子ですが)してしまいました。

 だっこしたときひたむきに見つめる可愛い顔を見ると、そのまま店に置いて帰れなくなり、連れ合いの夫の反対も押し切って強引に家に連れて帰ってしまいました。それには子どももびっくり。

 それからの毎日はワンコ中心の生活です。

 夏は一日中クーラーをつけているので、電気代も上昇(昔の言葉でいうならお座敷犬、室内で生活している)。おもちゃやドッグフードなど犬グッズが部屋のなかに置いてある(一番大きなものはサークル)ので部屋の中がいつも雑然としています。

 共に暮らし始めてからは、子どものしつけに失敗したので、今度こそはと思ったものの反対に甘やかしてしまい、この頃では手が付けられないほどわがままな子になってしまいました。

 でも、仕事から家に帰るとまっさきに玄関先まで出迎えに来てくれるので、その姿を見たら、一日の仕事の疲れも吹っ飛びます。

 大変だろうと心配していた世話も意外になんでもなく、散歩のときなど、季節の移ろいや身近な発見があり新鮮な毎日です。

 毎日あわただしく月日が過ぎていきますが、いつもそに大切な存在があり、和みの時間を持てるのは、幸せなことだなぁと思っています。
 

☆ 2005年8月9日 NO.144

組合員の皆様お元気ですか。

 先日の淡路島バスツァーはなつかしい方たちとお会いでき楽しいひとときでした。ありがとうございました。

 実家の2階に夫と居ます。 実姉と義姉の病気入院に自分の年齢を感じています。 那覇の街では大勢の人が往来して賑やかですが、皆それぞれの人生を背負っている事でしょう。 

 新聞等で基地やアメリカ兵の暴挙に一人で腹を立て、戦後60年の思いを読者の声欄で読み涙したり悔しがったりです。

 友人に会い自分の考えを話し、聞いてもらい友の笑顔で元気をもらっています。 30分ほどバスに乗り那覇市与儀で降り22年住んでい た実家跡を眺め元気だった 頃の父母を思い出しています。

 夫は弟の友人と海で貝ひろいや酒を飲みつつ、さんしん談義に花を咲かせています。

 大阪と沖縄二つの根っこを持つ身が幸せに思えるよう肩の力を抜くようにしています。

 両方の良さを素直に伝えていけると幸いです。

 皆様もお体を大切にきびしい夏をお元気にお過ごしください。           

☆ 2005年6月20日 NO.143

 この春転勤した職場でウォルドルフ人形を見せてもらう機会があり(シュタイナー教育で使われるこのお人形はいつか作りたいと以前から憧れていたのですが) 今こそ作ってみようと決意。キットを入手してテキストを見ながら製作し想い出の服(子どもがお腹にいた時着ていたワンピース)の生地で服を作って着せると思いの他可愛く出来上がりました。 

 手芸好きの私は作っている最中とても楽しく心癒される想いでした。

 お人形は早速参観のわらべ歌遊び紹介の時活躍してくれました。
 今さらながら恥ずかしいのですがシュタイナー教育関連の本を読む内(今の保育の基礎となっているものも多いですが)その精神は 勿論、保育に取り入れられている手仕事(例えば刺繍や糸紡ぎ、染め、織る等、生活や遊びに自然素材を使う)にもすごく惹かれ、様々なシュタイナー教材にも興味が広がってきました。

 いつか海外の幼児教育研修に行きたいなぁと夢の夢ではありますが、色んな保育を学んで活かしたい.

 そして手仕事や自然物のクラフトをライフワークにしていきたいなぁと思いは膨らんでいます。


☆ 2005年5月17日 NO.142

「ちょっと聞いて」にこうして書くのは2回目である。

 前回は次男が保育所に通っていた頃だったかな?あれから早いもので10数年が過ぎ、その次男は昨年東京に就職し、当時はちょっぴりさみしい思いをしたものだった。 

 いまではちょっと気楽かな!なんて思う毎日であるが、時折「金足らない」「○○送って」とメールがくるとせっせと買い込んで早々と送って親バカをしている私である。

 仕事もきびしくなり、もう体力も限界と思う毎日だが「あ〜まだやめられないなー」と針、整体、サプリメント、太極拳で体力維持してがんばっている。
 その中のひとつ太極拳は習い始めて5年になる。
 私自身こんなに長く続けられると思ってなく、少々びっくりしている。

 仕事を終え通うのは大変だが、力を入れずに気楽に習っているのも長く続けられる秘訣かもしれない。

スローな動き、息づかいがほど良く、終わった後はここち良く身体も軽くなった感じがする。

 足先、指先などに"気"が流れ、暖かくなるのも体感できる。

 帰りの自転車は坂がスムーズに登れたりもする。ビックリ!ホントデス。

 是非皆さんにもおすすめしたい!

 私はこれから年老いてもずっと続けていきたいと思っている。


☆ 2005年4月25日 NO.141

マイブーム

 すぐに終ってしまうだろうと言われながら今も続いている『韓流ブーム』。

 冬のソナタの『ヨン様』に私もはまってしました。 初めは日本語の吹き替えが何となくしっくり来なくて、まったく興味が無かったのですが、字幕スーパーでヨン様生声の『冬ソナ』を見てからはハマってしました。

 いままでも拉致問題等で北朝鮮のアナウンサーの激しい口調のニュースや、脱北者のインタビューなど朝鮮語を耳にすることはありました。

 でも、冬ソナの韓国語はそれとはまったく違う感じで、とても心地よいものでした。ストーリーも初恋の人をいつまでも思い続けるという一昔の純愛ドラマ。 毎回、涙なくしては見られない内容に、夢中になってしまいました。

 昨年の秋に、そのラストシーンのロケへ行くことができました。

 その旅行で目にしたハングル文字の看板。英語ならば中学英語(ローマ字かな?)を駆使してなんの店かぐらいは分かるのですが、ハングル文字はまったく分からないのです。

 次に行く時には少しでも看板を読めるようにしたいと思って、帰って早速韓国語の本を買い勉強を始めました。
 年齢的に新しいことを覚えていくことはとても大変なのですが、少しずつ分かるようになると楽しいものです。

 『冬のソナタ』から始まった私の『韓流ブーム』は竹島問題もなんのその、今もますますパワーアップしながら続いています。


☆ 2005年3月15日 NO.140

  一つの区切りを迎えて

 ”あっ”と言う間にこの日を迎え 心の整理が出来ない毎日です。

 想えば、いろんなことが走馬燈のように浮かびます。

 今日まで多くのこどもたち、保護者の方々、仲間の皆さんに支えられ 本当に充実した日々を送らせていただいたこと感謝の気持ちで一杯です。

 私自身も田舎の育ちで幼い頃に受けたわらべうたの温か味が今だに残っており その後、幸せにも保育士となって一層”わらべうた”に愛着を覚え自然と保育の中心に”わらべうた”を取り入れる事が出来たこともとても良かったと思っております。

 ”わらべうた遊び”を進める中で、今ではこども達から本当の楽しさを教わったように感じています。
 何も特別な保育理論を持ち合わせる私でもありませんが これからも”わらべうた遊び”の楽しさ、こども達の笑顔を心の支えにして頑張っていきたいと思っております。 長い間本当にありがとうございました。

☆ 2005年1月24日 NO.139

去年の暮れ、長男の結婚式を無事おえました。

 式・披露宴では、厳かで心温まる演出の数々に幸せな気持ちになりました。  
 笑いあり涙ありの一日でした。
 また、披露宴会場テーブルに長男から私へのメッセージもあり大変嬉しかったです。
 「今まで心配かけました。・・・省略・・・これからは頑張って良い家庭をつくっていこうと思います。心よりありがとう」

とありました。

 このことをずっとずっと忘れず歩んで欲しいと思いました。

 結婚生活はそんなに甘くなくきびしいことも多いと思います。それをお嫁さんと一緒に乗り越えていって欲しいです。

 お嫁さん末永く長男をよろしく!