「何よ!!私の気持ち、まったく気づいてくれないくせに!!」
言の葉
「こんにちは〜、ガッシュいますか〜?」
どたどたと階段を下りてくる音がする。
「お〜ティオ、よくきたのだ。いらっしゃいなのだ。」
半ば落ちてきたように迎えに出るガッシュ。
「どうしたのよそんなに慌てて。」
「ウヌ、誰もいなくてのう、とってもつまらなかったのだ。」
確かにまったく人の気配はない。
この時間なら清麿も清麿の母も学校や職場にいるはずだ。
ちなみにウマゴンはサンビームのところへ行っている。そのために暇だったらしく、すばらしいほどの歓待ぶりだ。
「じゃあ、なにする?」
「ヌゥ…」
暇だったのに、相手が来て何をするかは考えてなかったようだ。
腕を組み、頭をひねるガッシュは、
「特訓、する?」
ティオの提案に、
「ウヌ、ではいつもの山まで競争なのだ!」
言うが速いかかけていった。
「ヒィヒィ…」
「はあはあ…」
泥まみれのガッシュとティオ。
あの後、全力疾走で山まで競争し、飛び石を渡った後、相手の攻撃を想定して投げられた石をよけつつ、反撃の石を投げるという訓練を休みなく、ぶっ通しで行った。魔物の体力でもそれはさすがにつらかったらしく、今は倒れている。
しばらくして、だいぶ息を整えたティオが口を開いた。
「ねえ、ガッシュ。」
返事を待ってからさらに続ける。
「このままで私たち、本当にやさしい王様になれるのかな?」
「ヌ、それは心配ないのだ。前にも言ったが清麿についていけば問題ないのだ。」
晴れ晴れとした、まったく疑いのない顔で話すガッシュ。やはり清麿はガッシュにとって、それほどの信頼に応えてくれる者らしい。
そしてその晴れ晴れとした顔を少し曇らせて続ける。
「…それにコルルとも約束したしのぅ。もう二度と、あのような思いは誰にもさせるわけにはいかぬ。
コルルのためにも、わたしはやさしい王様にならねばならぬのだ。」
よほど悔しかったのだろう。そのときのことを思い出したのか、拳を強く握るガッシュ。
「う、うん、そうね、今日はもう帰りましょ…。」
決意を新たにするガッシュとは対照的に、なぜか同意に力のないティオ。
その理由は一つの言葉にあった。
―コルルの、ため―
いつもそうだ。優しい王様になる、その決意を聞く時はいつも。自分も知っている、ガッシュに目標を与えた女の子。
もっとも、そんな風に何度も口にだされているとは、本人は知るよしもないが。
まあ、それもいつものこと。むしろ、今こんなに気になっていることがおかしいくらいだ。
どちらにしろ、この気持ちはまだ隠していける。
はずだった。帰り道に、あんなことになるまでは。
「ねぇ、ガッシュ。」
「ヌ?」
「優しい王様を目指すのって、やっぱりコルルのためなの?」
少し陰りを見せた顔のティオに、ガッシュは気づきもしない。
「ヌゥ、そうだの。あのような顔を私は、二度とは見たくない。あのような涙を、もう流させてはならぬのだ。」
ニッと笑ったいつもの顔。
「じゃあ、さ。」
いったん言葉を切り、ティオは覚悟を決めたかのように口を開く。
「コルルのこと、好き?」
陰が少し、増した、気がした。
「…ヌゥ、そうだの、好きだの。」
「そう…」
打ちひしがれたように、何も言わず、歩みを止めるティオ。
と、ここでようやく、ガッシュが異変に気づいた。
「ヌ?どうしたのだ、ティオ?」
「…なんでもないわよ。」
明らかになんでもない様子で答える。
もちろんガッシュでさえ、納得するはずがない。
同じ問いを繰り返し、その度に、全く説得力のない「なんでもない」が返ってくる。その問答が二桁に達したころだったか。
「なんでもないって言ってるでしょ!!」
ティオの語調が変わった。驚くガッシュは何も言えない。
「なによ!!いっつもいっつも、コルル、コルル、コルル、コルル!!それ聞いて、私がどんな気持ちかも知らないで!!
いっつもコルル!!私の気持ちなんてちっとも気づいてくれないくせに!!」
キッとガッシュを睨みつける。その瞳には、こぼすまいと必死にこらえられている涙があった。
「ティ…」
「知らないわよ、バカ!!」
そのまま振り返り駆け出すティオ。
ガッシュには、その後姿を見送ることしか出来なかった。
「魔物の数が減ったなんて知らせは出てねぇ…。ゾフィスも派手に暴れたんだから、かなり減っちゃいると思うんだがな。
新しい呪文も出る気配はねぇし…」
などとぶつぶつ言いながら家に帰り着いた清麿。と、部屋の入り口で何か踏みつけた。
「ん?何だガッシュか。なにやってる?」
返事はない。2、3度繰り返しても返事がないので、足でつついてみるも、起き上がる気配すらない。
それでも何とかひっくり返してみると、
(うわー…こりゃ重症だ…)
顔にペンキで、「私、落ち込んでます。」と書きなぐっていた。
「おい、ガッシュ?」
ぺちぺちと頬をたたくと、
「ヌゥ…きよまろか…」
普段からは考えられないほど重たい声が返ってくる。
「なにがあった?」
「ヌゥ…」
促されて、ポツリポツリ、と先ほどの出来事を語りだした。
話しているうちに、幾分か声が軽くなったようだ。
「…というわけなのだ。そのときの涙は私にとって、今まで見たどんな涙より辛いものだったのだ。」
また俯いてしまうガッシュ。
「何で追いかけなかったんだ?」
「出来なかったのだ。大嫌いといわれてから、胸のこの辺がぎゅーっとなって、それどころではなかったのだ…」
胸の真ん中辺りを指す。
それを見ていて、やっぱりな、とでも言うようにため息をつく清麿。
ただそれを教えるべきか、そしてどう教えるか。それを悩んでもう一つため息。
しかしその顔は、笑みを浮かべていた。
走り去ったティオは、いつのまにか恵の撮影現場に来ていた。
「どうしたのティオ?」
ちょうど撮影も一段落し、休憩に入っていた恵は、泣きじゃくりながら歩いてくるティオを見つけ、驚く。
「ひくっ、えぐっ、ひくっ…」
スタッフに断りを入れ、ティオとその場を離れる。
「ガッシュ君のとこに行ってたんじゃないの?」
泣き止みはしたが、何も答えないティオ。
それでも辛抱強く聞き出すと、ポツポツとだが、先ほどの顛末を語りだす。その瞳には、止まった涙が再び浮かんでいた。
そして、全てを聞き終えた恵がクスリと笑った時。
ぴんぽろっぴんぴ〜ろりろ〜 ぴんぴろっぴんぴろりろ〜 ぴ
「ハイ、もしもし。」
電話が鳴った。
「うん、うん、あ、そうなの?へ〜、あ、うん、分かった。今?公園だよ?うん、大丈夫。それじゃあね。」
親しげな会話。時おりティオの方に目をやり、クスリと笑う。
しかしそんな様子にもかかわらず、電話が終わったあとのティオへの台詞は、
「ごめん、撮影再開するって。終わったら清麿くんのとこに迎えに行くからね。」
である。明らかに嘘だ。
しかし追求する間もなく、恵は走っていってしまった。
「もう…何なのよ…」
結局恵は去ってしまった。帰るフリをして、実は隠れてるんじゃないだろうか、などと考え探してみたが、一切見当たらない。
せっかく話したのに。と、今度は涙の代わりに怒りがこみ上げる。
そして、このまま恵に会うと愚痴だらけになりそうなので、待ち合わせまで何をしようか悩んでいた時。
「…オー…」
遠くで呼ばれた気がした。
慌てて立ち上がり、あたりを見回すが、もちろん何も見あたらない。
気のせいか、と座った時また聞こえた。
「ティオー!!」
先ほどより、強く、はっきりと。確かに自分の名を呼んでいる。
しかしこの声は。
「ティオ、ここにおったのか。」
声の主を認知するとともに、声の主も自分を見つけ歩いてきた。
「ガッシュ…」
その姿を見た途端、頭が真っ白になる。あんなふうに行ってしまった後では、どうしていいか分からない。
「え、あ、の…」
「ごめんなのだ。」
ティオが混乱している間に、ガッシュが頭を下げる。
「へっ、あ、ちょ、ちょっと、顔上げてよ…」
「泣かしてしまってごめんなのだ。」
慌てて顔を上げさせるティオに、再び謝る。
「私には、何故ティオが泣いたかは分からぬ…。だが、あの涙は、1番辛かった。今までに見たどの涙よりも辛かったのだ。」
頭を下げたまま精一杯に伝える、自分の思っていること。
そして今度は顔を上げ、ティオの目を捉えて言う。
「だからもう泣かないでくれ。もう二度と、おぬしが泣くことが無い様、私が守るから!!」
不器用な言の葉。気持ちを、そして誓いを並び立てただけの簡単な。
しかし、ティオには充分だった。
「…なによ。私のこと泣かしたのガッシュじゃない。」
「ヌ…」
「優しい王様になるのだってコルルのためなんでしょ。」
「…ヌゥ…」
嬉しいのに思わず出てくる照れ隠し。
見事に痛いところをついてくるそれに、ガッシュは何も言い返せない。むしろ凹んでいる。
「…コルルのこと好きなんでしょ。」
「ヌ、好きだぞ。清麿も、ティオも恵殿も。ウォンレイやリィエンも。みんな大切な仲間なのだ。」
ここでようやく自分の勘違いに気づくティオ。
何のことはない。自分とガッシュの「好き」の意味が違っていただけなのだ。
「好き」という言の葉。このほんの些細な違いから自分はこんなに落ち込み、なかねばならなかったのか。
そう思うとティオは、自分がバカらしくなった。
「…いいわ、許してあげる。」
何が許してあげるなのか。勝手な勘違いでガッシュに迷惑をかけたのは自分であるのに。
まあ、そう思いながらも素直に謝れないのが、彼女らしいといえば彼女らしい。
「ヌ?本当か?」
もちろん自分が悪かったと思っているガッシュは素直に喜ぶ。
「…そのかわり、さっきの約束、絶対守ってね。」
「ヌ、もちろんだ。」
わだかまりがとけ、二人は笑いあう。
そして、ガッシュの手を照れくさそうにティオがとり、公園を出て行った。
その未来をあらわすように、空は青く、どこまでも澄んでいた。
はい、Fisher manです。はい。勘違い。よく起こることですね。気づかない、それゆえのすれ違い。なんと悲しいことでしょうか。
たった一つの言葉、大切ですね。ではではまた…。
Fisher man