「中尉、これは、なんだね?」
「あなたの仕事です、大佐」
慌しき、日常
自分の机に向こうが見えないほどに積まれている書類。
その隣で無表情にリザが言い切った。
「仕事をしてください、大佐。」
「……しかし中尉、これは、ないだろう?」
果たして自分はこの机について職務をこなせるのか。椅子を引くのも困難なほどにつまれた書類は、ロイの目には、難攻不落の砦に見えていた。
「知りません。日ごろ怠りがちな報いが回ってきたのではないですか?」
同情の余地もない。一も二もなく切り捨てるリザ。
その冷たい物言いに、ロイは肩をすくめた。
「しかし、やってられないな、こんなに仕事が溜まっていると。」
しぶしぶ席につき、上から書類を眺めていく。
どれも、ロイの判子待ちである。一体彼はどのくらいサボっていたというのか。
もう、内容を見るのも面倒くさくなり、ただ判を突いていく作業に没頭する。
始めは、ゆっくりだったが、徐々に速まっていく。
一度リズムに乗ると楽しいものだった。
視線はどこか遠くをさまよいながら、手だけはきちんと判子を突いていく。
おおよそ一山終わった頃か。
「大佐、火急の要件です。」
そう言って一枚の書類が差し出される。
内容も見ずに、うむ、とだけ頷いて、ロイは判をついて押し返した。しかし。
「印が薄いようです。もう一度ついてください。」
そう言われてつき返された書類に目を通すと。
『私ロイ・マスタングは、リザ・ホークアイの奴隷として、一生働くことを誓います。』
驚きの文章が綴られていた。
「……中尉?」
冷や汗を流しながら、リザを見上げる。
しかし、リザは涼しい顔。
「これに懲りたら、まじめに仕事をなさってください。」
そう言って、誓約書をもって去っていく。
その後ろでは、ロイがため息混じりに判をついていた。無論、今度はきちんと書類に目を通して。
「む、終業時間か。早いものだな。」
判をつく手を止めて、肩や首を鳴らす。
結局、あの後休んだのは昼食のときのみ。かなり長時間だったことは、なった音が証明していた。
「お疲れ様です、大佐。やはりやればできるのですね。」
リザの言葉の通り、砦はもはや丘のレベルまで減っていた。
ただし。
「ですが、このことは忘れぬよう。」
ひらひらとリザの手でゆれるのは、先ほどの誓約書。しかもその数、三枚。
実は、ロイはあの後二回ほど同じ手に引っかかり、同じものを作らされたのだった。
いや、文面を読まずに、というのはもう少し多かったのだが、そこはロイ・マスタング。判をつく寸前で気づいたのだった。
「む、私としたことが。」
苦笑するロイ。
「で、何をすればよいのかね?」
それでも、余裕はなくさない。
「そうですね……、まず、働いてください。サボらないで。」
少し思案する動きを見せ、まずは当たり障りのないことを告げるリザ。
「後、しばらく休暇は返上です。」
次は、少しきつめの罰。案の定、ロイの顔に、少し蒼がさしている。
「最後は、そうですね……今日から一週間、私たちの食費をまかなう、というのはどうでしょう?」
最後は、微妙に似合わないこと。
あっけにとられるロイ。しかし、リザは顔色一つ変えない。
やがて、笑いを漏らすロイ。
「あー、中尉、それは私と一週間食事を共にしたい、ということかね?」
「それはご想像にお任せします。」
いつもの調子で目を伏せるリザ。その様子に、ロイはさらに笑いを漏らす。
「うむ、場所は、私に任せてもらえるのかね?」
「そうですね、毎日が休暇である大佐と違って、私はあまり店に詳しくないですから。」
「分かった。ではご一緒させていただこう。」
未だ、笑いの収まらないロイが、椅子から腰を上げる。
それについて、リザが部屋を出た。
さて、今日の食事は何にしようか。
とりあえず、明日からの休みなしの日々は頭の片隅に置いておいて。
目の前の楽しみごとに思考を向けるロイであった。
「大佐、言い忘れていましたが、しばらく残業もありますので。」
「……」
やっと終了です。結構長い高かったにゃぁと。まあ、そんな感じです。
待たせてごめんなさいな、嵐士さん。
Fisher man