1章:出会い
どこまでも広がる青い空と海。そして白い砂浜。だが全く人気はない。一人の少年が寝そべっているくらいだ。
この少年、シャツにジーンズというあっさりとした格好。
そして眉目秀麗とはいかないものの、美少年の部類に属する顔を、銀髪が引き立てる。
世界美少年ランキングなるものがあれば、かなりの高順位を期待できそうだ。
そんな少年、さっきから欠伸をしながら、海を、何をするでもなく、ただ眺めている。いや、ただ目に映しているというべきか。
あまり、海自体に集中していないのが見て取るように分かる。
だが突然、少年が起き上がって、走り出した。その先には人が倒れている。どうやら少女のようだ。
少し黒味がかった茶髪に、少し長めのミニスカート。そして長袖のシャツ。
顔は幼げだが、どこか気品のようなものがあり、スタイルはかなりいい。
「おい、大丈夫か?」
軽く揺すってみるが、反応はない。
「大丈夫か!?」
さらに強く揺さぶってみるものの、一向に目を覚ます気配もない。
そして、意識がないことでかなりあせったのだろう、少年は
「えっと…こういうときは人工呼吸!」
などと言い出した。
とにかく人工呼吸だ、と顔を近づけた時だった。
「う、う〜ん……」
少女が目を開けた。少年意味をひく暇があるはずもなく、少女の顔を覗き込む形で目が合う。途端、少女の顔がゆがんだ。
無理もない。目を覚ますとすぐ目の前数十センチに、知らない顔があったのだから。
そして、目が合ったことで固まる少年。
こちらも無理はない。目を覚まさないと思っていた少女が突然目を開けて、こっちをばっちり見ているのだから。
しばらくの沈黙の後、少女が悲鳴を上げた。その悲鳴でやっと我に返る少年。慌てて少女から離れた。
「なによ!!アナタ誰なの!?私に何する気だったのよ!!」
捲くし立てられる言葉に、必死の弁解を試みる。
「ご、誤解だって。ボーっとしてたら倒れてる君が見えたから慌てて来ただけ。」
だがその程度の弁解、少女は歯牙にもかけない。
「嘘。じゃあ何であんな至近距離で私の顔覗き込んでたのよ?」
「いや、あれは人工呼吸しようとしただけで…」
しどろもどろの弁解を続ける少年だったが、
「え?何しようとしたって…?」
冷たい視線を投げかけられる。
「え、いや、あの…」
「ジンコウコキュウ?なんで?」
「へ?」
「何で人工呼吸なの?」
「それは…えっと…」
言葉に詰まる。
「ほら。言えないってことは何かする気だったんじゃない。」
ジトーっとした目。完全に軽蔑のまなざしだ。
「違う!誤解だって!」
必死に誤解を解こうとする少年だったが、
「じゃあ何のつもりだったの?」
「えっと…………、あれ?」
さっきとは違う意味でまた言葉に詰まる。
「どうしたの。」
「何…だっけ…?」
「え?」
「イヤ…、どうも思い当たる理由がないんですけど……」
そんなもの有るはずがない。いや、無くて当然だ。あせっていて、唯一思いついた行動。それが人工呼吸だったのだから。
そんな少年の様子を見て、これ以上の問答は意味が無いと悟ったのか、少女はため息をつく。
「はぁ…、もういいよ。とりあえずこの服何とかしないと…」
ビショビショにぬれて、肌にくっついている服を引っ張りながら、身の回りを確かめる。何かを探しているようだ。
「なぁ、家に来る?」
唐突に少年が声をかけた。
「だって、服ぬれて困ってるんだろ?この辺すぐには家無いけど、俺の家なら歩いて十分くらいだし。」
この提案に少女は、ちょっと考えて同意した。
「……じゃあ、お願いね。ただし…」
そこでいったん言葉を切り、少しあとずさって、胸元を隠しながら、
「変なことしたら承知しないからね!!」
睨みつけながら言った。
「だからあれは誤解だってば。」
どうやら誤解は解けてなかったらしい。いや、警戒するのに誤解は関係ないか?
「フン。…ところでアナタ、名前は?」
「だから…って、へ?なまえ?」
キョトンとする少年。その様子に少女は苛立ちを隠さない。
「だから、アナタの名前は?って聞いてるの。いつまでもアナタじゃ呼びにくいでしょ。」
ようやく理解したのか、感心したようなそぶりを見せる少年。
「あー、その名前ね。俺はダレン。シーバ=ダレンだ。よろしく。」
名乗った後、すっと手を出した。
「シーバ…?」
その姓に何かあるのか、少し首をひねったが、
「あたしはナネル。シュルズリー=ナネルよ。こちらこそよろしくね。」
何も思い出せなかったのか、こちらも、名乗った後、出された手を握り返した。
「さて、行こっか。」
手を離して、元気よく歩き出したナネルだったが、
「おーい。」
「なーにー?」
「そっち逆なんだけど。俺の家はこっち。」
その進行方向と真逆を指すダレンを見て、
「……」
そそくさと戻り、ダレンを追い抜いた。
少し笑いをこらえているダレン。ただ、ほとんどこらえられてない
「なによ!そんなに笑わなくてもいいじゃない!」
「っくくく……いや、ごめんごめん。」
「もー。そういえばダレン、さっき『その名前ね』って、納得してたでしょ。あの時他にどんな名前、思い浮かべてたの?」
「ああ、あれは…」
そんな会話をしながら二人はダレンの家に歩いていった。
―同刻・近海・船上―
男の話し声が聞こえる。
「セレートがアーク島に入ったか。」
「流された方角から見て間違いないかと。」
首領らしき男が満足そうに笑う。
「そうか。よし、戦闘員の誰かに回収させろ。」
「は。しかしデロン様、戦闘員ですか?」
どこか不服そうな部下。その顔はどうして自分でないのか、とでも言いたげだ。
それに気付いた、デロンと言うらしい首領は、フッと鼻で笑った。
「何、グロスト。お前が行くまでもない。相手はたかが小娘一人。そんなに心配なら我々も後から向かえばよかろう。」
「そこまでお考えでしたか。では後ほど。」
そう言ってグロストと呼ばれた男は部屋を出て行った。
デロンは、外を見、一人で笑っていた。