2章:さらわれたナネル

「ただいま。おーい、母さんいる?」

その声に、スリッパをパタパタ言わせながらやってくる母親。

「お帰り。どうしたの?何かあった…」

玄関に出てきてナネルを見て、

「あらあら、ビショビショじゃない。何やってたの?ちょっと待っててね。タオルと着替え、今取ってくるから。

 ダレン、お風呂場に案内して。」

すぐに引っ込んで行った。

「じゃ、こっち。あ、風呂沸くの十分ぐらいかかるから、シャワーで我慢して。入りたかったら入れてもいいよ。」

すっと歩きだすダレン。

「分かった。でも、覗かないでよね。」

ついていきながら、からかい口調で話しかけるナネル。

「覗きません。」

でも、からかえてなかった。

 「服、どうかしら。ダレンのなんだけどちょっと大きいかしら。」

リビングに入ってきた湯上りのナネルを迎えたのは母親の声だった。

「いえ、大丈夫です。」

ひじを覆うほど袖がある半そでのシャツ、幾重にもまくりあげ、ようやく足の先が見えるジーンズ。

なんとなく申し訳なさそうに見えてくる。あまり大丈夫そうではない。

「そう、それならいいんだけど。あなた、名前は?」

「え、あ、ナネルです。シュルズリー=ナネル。」

「ナネルちゃんね。私はミクス。シーバ=ミクスよ。よろしくね。」

笑顔になるミクス。ナネルもよろしくと頭を下げる。

「いろいろ聞いていいかしら。まず、どこから来たの?」

「サンドリア島から。」

その答えに驚くシーバ親子。サンドリア島は、ここから大体高速船で三日、普通の船なら、一週間はかかる距離なのだ。

「あんな遠くから!?」

「何のために?」

「人を、探して。」

固い決意のこもった声。その決意は顔にも表れていた。

「それってどんな人なの?」

ミクスがそう聞こうとした時、外から大きな爆発音と木々がなぎ倒される音が響いた。

外に出てみると、森の奥からもうもうと煙が上がっている。

「さっきの爆発音はこれか…!」

そう呟いて走り出すダレン。その後を、

「待って、あたしも行く!」

ナネルが追って走った。

「誰だ!」

ダレンが現場に着くとそこには、倒された木と大きな穴、そして鎖鎌を肩にかけ、バナナを食べている男が切り株に立っていた。

体は大きく、まるでゴリラだ。

 睨み合いをしているうちに、ナネルが追いつく。と、男を見て顔が険しくなった。

「来たわね。」

「フン。おとなしくセレートを渡す。いい。」

ナネルを見、冷たく言い放つ男。ダレンには目もくれない。

「嫌よ。渡すつもりなら逃げたりしないわ。」

あっかんべー、と舌をだすナネル。しかし、男は顔色一つ変えず、

「残念、お前に拒否権」

そのまま鎌を構え、バナナの皮を捨て、

「無い。」

投げつける。

それを打ち落としたナネルの手にはいつの間にか杖が握られていた。

が、男も馬鹿ではない。いつのまにか目前に迫っていて、鎌を引き戻しながら蹴りを放つ。

 それを紙一重でかわしたナネルは、

「はあっ!」

気合一閃、杖を横薙ぎに振るう。 

男も引き戻した鎌で、杖を受け止め押し返す。

「おお、お前なかなかやる。」

バックステップで距離をとりつつ、鎌を投げつける。

 それをかわしたナネルは、呪文の詠唱と共に、複雑な印を組み始める。

すると、それに呼応して、足元に魔法陣が展開していく。

そして、髪が、服が、力の収束に応じてはためく。

「我、光狐(こうこ)ルペトナの名において命ずる。光よ、数多の流星と化して我が敵を滅せ。我が敵に光の裁きを。光魔法・シューティング=スター。」

詠唱の終わりと共に、いつの間にかナネルの周りに浮いていた光球が一斉に男に向かって飛んでいく。

「おっ?お前、魔導師?」

男にかわす間があるはずも無く、幾多の光球が男に命中する。

「どう?私のシューティングスターのお味は?」

ナネルが勝ち誇ったように笑った。が、次の瞬間、煙の中から鎌がのびる。

 ただし、ナネルの方ではなく、今まで蚊帳の外で完全に油断していたダレンに向かって。

「うわぁ!」

何とかそれをかわしたものの後ろ向きに転んでしまうダレン。

 ナネルもいつの間にかダレンとの距離が広がっており、しかも勝ちを確信した故の油断からか、反応に一瞬の遅れが生じた。

 その、一瞬の遅れと距離が命取りだった。

 男が煙の中から飛び出し、ダレンに鎌を突きつける。

「フフフ、これで終わり。」

男があざけるように笑う。

「くっ…」

悔しそうに歯噛みするナネル。

「お前、なかなかマホウ痛かった。おかげで、俺、傷だらけ。」

確かに傷だらけだ。額からも口からも、そしていたる所に血のしみと土ぼこり、そして青痣がついている。

「まず、お前の自在銀(オル・メタル)を捨てる。それから、両手を上にあげる。こいつの命が惜しければ言うこと聞く。」

ダレンの鼻先に鎌を突きつけながら命令する。

「ごめん、ナネル。」

男の足元で悔しそうにうなるダレン。

 ナネルは無言で杖を放り、そして顔の辺りまで手を上げ、手のひらを男に向ける。

杖はドサッと音を立て、男との中間あたりに落ちると、不思議なことにネックレスに変わってしまった。

「それでいい。本題。セレートこっちに投げる。」

素直に従ったことに満足したのか、さっさと本題に入った。

(どうする…?)

ナネルは必死に思考をめぐらせる。

(ダレンはあの男の足元にコケてて、さっきからあの男の注意は少しずつこっちに向いてる。

 それになにより、あの喋り方、かなりアホっぽい。それにあの外見からして頭は弱そうね。)

確かに分析通り、徐々に男は力自慢系の人間だ。

ナネルは、手のひらほどの銀色の塊を取り出し、ダレンと目を合わせる。そして、

「ほら、これがセレートよ。」

塊を放り投げた。

 しかし塊は、男のところまで届かず、手前に落下する。

「おお、素直に言うこと聞く、いい。でも、拾いに行く、出来ない。こいつ逃げる。」

鎌をちらつかせる。

「だからお前それ、やっぱり渡しに来い。」

ニヤリとナネルが笑った。

「あら、でもあたしそっちに行っていいの?自在銀(オル・メタル)捨てさせた意味ないんじゃない?」

「そうか、じゃあ、どうしよう?」

むーんと、男が悩む。

 ナネルはまた笑った。

「じゃあ、ダレンに取りに行かせれば?そうすれば私もアンタも動かないで済む。」

「おお、それいいアイディア。よし、お前取りに行く。」

 ダレンから鎌をそらし、そのまま、行けの仕草。

 ダレンは立ち上がって、塊を拾った。

「よし。それこっちに持ってくる。」

しかしダレンは動かない。

「!?早く、お前それもって戻ってくる!じゃないとコイツ殺す!」

しかし、従わず、ナネルの自在銀(オル・メタル)を拾ってナネルに二つを渡す。

「ありがと、ダレン。」

「もういい!コイツ殺っ!?あれ、いない!どこ行った!?」

「ここにいますけど!?」

二人そろって言う。ダレンは手を上げ、ナネルはダレンを指差して。

「お前、何でそこにいる!?お前、俺が鎌突きつけてたはず!!お前どうやってそこまで行った!?俺の鎌怖くなかったのか?」

男が明らかに驚いていた。それにダレンが答える。

「いや、お前、自分で拾いに行けって言っといて、突きつけてたはず、とか言うな。」

「あ、しまった!お前謀ったなぁ!!」

 ガアアアアと、ほえる声が似合いそうなほど怒る。

 その様子を見て、ダレンとナネルは同時に同じことを思った。

(…絶対アホだコイツ…)

「ダレン、これもって逃げて。」

 ナネルが、依然ほえている男の隙を見て小声で囁いた。

「はい?」

「だから、これもって逃げて。」

セレートを手渡す。

「どうして。ナネルは行かないのか?」

「あたしはだめ。こいつを食い止めなきゃ。」

 ネックレスを杖に変え、男を見据える。

「だったら俺も…」

そしてそのまま、自分も残るというダレンを、声を抑えて一喝する。

「ダレンは行って!じゃないと食い止める意味ないでしょ!」

 ダレンには言わないが、このまま二人で走っても確実に追いつかれる。

 だったら、片方が食い止めてもう片方が逃げ切る方が得策だ。

「それに、これは絶対あいつらに渡せないもの、そして、私の探し人には大事な物、唯一の手がかりなの。

 だから後で絶対取りに行くから、それまで預かってて。」

 ナネルの言葉に根負けしたかのように、ダレンはため息を一つ吐き出した。

「…分かった。その代わり、約束しろ。絶対、無事でこれを引き取りに来るって。」

「分かってる。約束するわ。」

「よし。じゃあ、また後で。」

 そう言ってダレンは駆け出した。

 ナネルは注意を完全に男に向ける。

「うう、俺としたことが…。口車に乗せられるとは…。俺、怒った。コイツら殺してその体ごとセレート持って帰る。

 俺、この女を殺すな言われてない。それにコイツら殺せばもう誰もセレート取り返しに来ないし、その方が後でゆっくり探せる。

 よし、そうだ。そうする。そっちの方が手っ取り早い。」

何かをぶつぶつと呟いて、納得した男はようやくこちらを向いた。

「あれ!?ひ、ひとり!いない!どこ行った!」

 また驚く。

「さあね。自分で探せば?」

「いい。お前殺して、後でゆっくり探す。それから殺す。」

言うが早いか鎌を投げつけてくる。

「な、さっきとは段違いじゃない。」

 鎌の飛んでくるスピードが格段に上がっている。

 何とかかわしたものの、後ろに人の気配がする。

「遅い。」

「なっ!」

 いつの間にか男が後ろに回りこんでおり、鎌を振り下ろしてきた。

「ひゃっ!」

 かわすのは間に合わなかったのか、間一髪杖で受け止めた。

「くっ!」

「フン。」

 難なくナネルを押し飛ばす。

「きゃあっ!」

かなり吹っ飛ばされ、倒れたナネル。

しかし男は起き上がる間も許さない。いや、許さないはずだった。

ズルッ。ドゴッ。

「んっ…?」

 やられることを覚悟し、目を閉じていたナネルだったが、

「なに?どうなってんの?」

目を開けると、男が倒れている。

「きゅう……」

 近づいてみると、完全にのびてしまっていることが分かる。

「なんなのよ、まったく…ん?」

よく見ると男の足元に土にまみれた茶色いものが。

摘み上げてみると、バナナの皮だった。

言葉を失うナネル。

「……まさか、このバナナって……」

 そう、このバナナの皮、ナネルの推察通り、二人が来た時に、男が食べていたものだ。 

つまり事の真相は、

@まず、ナネルを男が吹っ飛ばす。ナネルは倒れて目をつぶる。

A止めを刺そうと男が駆け寄る。

Bバナナの皮を踏む。

C男、転倒。その際後頭部を強打し、気絶。

 ということである。なんとアホらしい結末か。

「やっぱりこの男アホだったのね……。全く、ひやひやして損した。」

 男の頭を思い切り蹴飛ばした。男は起きない。かなり深く昏倒しているようだ。

「さて、ダレンの家に帰らないと。」

 と、後ろを向いた時だった。

「やはり失敗しましたか。一般兵には荷が重かったようですね。」

 慌てて振り向くと、男の側に、もう一人、男がかがんでいた。

「誰!!」

「私ですか?私はグロスト。シュルズリー=ナネルさんですね。ご同行願います。」

 言葉使いがやけに丁寧だ。お辞儀までする。

「誰が!知らない人について言っちゃだめってならわなかった!?」

 杖を構え、一気に間合いを詰める。

「では、無理矢理ということで。」

 突然グロストの姿が目の前から消える。

「なっ、どこへ!」

「こっちです。」

 後ろから声がしたかと思うと、振り向く間もなく、手刀が入る。

「あっ…」

 そのまま倒れるナネル。杖はネックレスに戻って首に巻きついた。

「やれやれ、手荒なことはしたくなかったんですがね。」

 倒れたナネルを担ぎ上げ、男に水をかける。

「うわっ!」

「さて行きますよ。全くバナナの皮で気絶するなんて…。大方自分で食べていたんでしょう。全く……」

 起きた男に説教しながらどこかへ歩いて行った。

 「ここまで来ればいいだろ…」

家の前まで戻ってきたダレン。

「あら、お帰り。何かあった?ナネルちゃんは?」

 洗濯物を取り込んでいたミクスが出迎える。

「変な男がいて、ナネルが戦ってて、俺はナネルからこれ預かって帰ってきた。」

 先ほどナネルから預かった塊をリビングのテーブルの上に転がす。

「セレートって言うんだとさ。」

「セレート?なんか聞いたことある名前ね。」

ミクスは首を傾げ、塊をつかみあげた。

いろんな方向から眺め回す。と、

「あら、これ自在銀(オル・メタル)じゃない。」

 珍しい物を見た、という風にミクスが声を上げた。

「おるめたる?」

 頭上に疑問符を数個浮かべた状態で聞きかえすダレン。

自在銀(オル・メタル)って言うのは、使い手のこころに反応して様々な武器に変わる金属のこと。一人につき、一形態で、同じものは全くない。

 しかも
自在銀(オル・メタル)は専用の品で、他人の物を使っても、自分のほど実力が出なかったり、制御しきれずに暴走したりするの。

実際に、暴走した
自在銀(オル・メタル)に殺されたり、飲み込まれたりした人を私は知ってるわ…。」

 詳しく説明するミクス。が

「…と、とりあえずかなり大変な武器ってことだね。」

 ダレンの疑問符は消えるどころか増えたようだ。

 そんな息子の様子に、ため息をつくミクス。

「と、とりあえずナネルが帰ってきたら詳しい話を聞こう。」

 話をそらそうと試みるダレン。

 と、その時どこからか雑音が聞こえてきた。

 ダレンはこれ幸いと音源を探す。その雑音は党内放送のスピーカーから流れてきたものだった。

―少し前・アーク島・港―

「何!?シュルズリー=ナネルを捕らえたか!」

「は、今しがたグロスト様から無線で連絡が入りました。もうすぐ帰還するそうです。」

部下からの報告に、デロンは椅子から立ち上がった。

「グロストがやったか。セレートはどうなっている?」

「報告では、ナネルは持っておらず、島の少年の一人、ダレンという者に預けた可能性が濃厚とのことです。」

「そうか…」

今しがた立った椅子に、再び座り、考え込む。

「よし、島全体に聞こえるように放送しろ!私が直々に話す!」

「はっ。」

部下は部屋を出て行った。が、足音が消える間もなく戻ってきた。

「どうした?」

「恐れながら申し上げます!この船にはそのような設備はございません!

 放送関連である設備は、本部への無線と、各隊員へ無線、そして艦内放送のみです!!」

 …沈黙が…流れる…

「…そうか。なら役場の放送室を使え。そこから島内放送でもすれば島全体に届くだろう!制圧も難しくあるまい。行け!」

「はっ。」

 部下はさっと部屋を出て行った。今度は足音もきっちり消え、帰ってこなかった。

「フハハハ、すべて順調だ。セレートさえ手に入ればもう恐れるものなど何も無い。そして、出世街道まっしぐらだ!!」

 デロンの高笑いが響く。