3章:潜入、そして
ダレンは島の波止場へ走っていた。
「まさかナネルが捕まったなんてな…。」
そう、先ほどの雑音の後に流れてきたのは男の声。マイクテストの後に伝えてきた内容は、
「セレートを持っているダレン少年に告ぐ。シュルズリー=ナネルは預かった。一人でこの島の東の港まで来い。
もちろんセレートを持ってな。隠れても無駄だぞ。もし来ない時はナネルだけではない。島民すべて皆殺しだ。
その後でセレートを回収してお前も殺す。セレートを渡すなら、お前やナネル、並びに島民の安全は保障する。
我々もその場で退こう。今すぐ向かえ。日没だ。日没までしか待たんからな。
繰り返す。セレートを持っているダレン少年に告ぐ……………」
というものだった。
放送を聞いてそのまま飛び出し、走り続けているというわけである。
ダレンの家は西の山の方にあったので、東の港までは30分ほどかかった。
着いてみると、なるほど、他の漁船に混じって、一回り大きな船が1艘停まっている。
そして、おそらく見張りだろう、その甲板には数人が銃を構えている。
「さて、どうしたもんか…。」
船着場の手前の倉庫群に隠れて考える。
(…ナネルを助けるには、この自在銀(オル・メタル)を渡さなきゃならない。
でも、ナネルの言葉からして、これを渡してしまうととんでもない事になりそうだ。
よっぽどヤバ、もとい凄い自在銀(オル・メタル)なんだな、セレートって。
ってことは、これを渡さず、なおかつナネルを助け出さないといけない。うーん、セレート使ってみるかな…。
でも母さん自在銀(オル・メタル)は専用で暴走するかもって言ってたしなあ…。)
唸るダレン。よい知恵はないものか。
「しかしあいつら、賑やかだなぁ。」
甲板の人影は見張りの役割を果たしているようには見えない。
それもそのはず。見張り達は、誰も近寄らないのをいい事にすっかりサボりきっていた。
「来ないですね。」
船のヘリから倉庫の方を見渡しながら戦闘員Aが呟く。新人なのか、この戦闘員A、残りの二人より一回り小柄だ。
「ガキだろ?怖気づいて逃げたんじゃねえの?」
座り込んでサボる戦闘員B。
「ヒャハハ、違いねぇ。」
戦闘員Cの笑いに同調し、戦闘員Bも笑う。
「でも、まだ日没までは時間がありますし、ここから遠いところにいるのかもしれませんよ?」
しかし、戦闘員BとCは相手にしない。
「やっぱり、僕見てきます。散歩がてらに。」
そう言って戦闘員Aは船を降りた。
戦闘員BとCはその後姿を見送って、
「新人は元気だねぇ。言われたことだけこなしてりゃ、上から怒鳴られることも減給もないのによ。」
「ヒャハハ、違いねぇ。」
また笑った。
戦闘員Aが船に帰ってきた。
「よお新人。どうだった?ガキはいたか?」
「いえ、いな…いませんでした。」
「だろーが、やっぱ怖気づいて逃げたんだよ。」
「ヒャハハ、無駄足ごくろーさん。」
戦闘員BとCの顔はほら見ろといわんばかりだ。
「すいません、なんか凄くしんどいんです。少し休ませてもらっていいですか?」
「おー、行け行け。しかしあれくらいで疲れるとは軟弱だな。帰ったら基礎トレしっかりしろよ。」
「はい、そうします。ところで、捕まえた娘ってどこに入れてあるんですか。」
ふと思い出したように聞く戦闘員A。
「シュルズリー=ナネルか。確か334号室だったと思うぜ。しかし、そんなこと聞いてどうすんだ?」
その質問に答えた後、いぶかしそうに聞く戦闘員B。
「ヒャハハ、どうせ一目見ておきたいとかいう奴だろ?色事にうつつぬかしてんじゃねえぞ。ヒャハハ。」
戦闘員Aの代わりに答える戦闘員C。どうでもいいがコイツはさっきからずっと笑っている。笑い上戸なのか。
「では、お先に。」
そう言って、戦闘員Aは船室に降りて行った。
カンカンと、階段を下りる音の後、物を探しているような声が聞こえる。
「334…334…334…あった!」
見ると、先ほど医務室へ行くと言っていた戦闘員Aではないか。
疲れた宣言は嘘だったのだろう、ピンピンしている。
お目当ての部屋を見つけたAは、用心してだろう、慎重にドアを開ける。幸い、部屋にいたのはナネルだけだった。
が、後ろ手に縛られ、転がされたまま、ピクリとも動かない。
慌てて駆け寄る戦闘員A。
「ナネル!ナネル!」
肩を揺さぶると、少し唸って目を覚ました。
「はぁ、よかった。ナネル無事だったんだな。」
安堵のため息を吐き出す戦闘員A。
しかし、
「アナタ誰?」
当然の疑問をぶつけられる。
だが、それに戸惑う様子もなく、戦闘員Aは手を一つ打って、
「あ、そういや、変装したままだった。」
帽子とゴーグルを外した。その下から出てきた顔。それは、
「ダレン!」
だった。
「わわ、しー!しー!!」
意外な来訪者にあがる、素っ頓狂な叫びと、それを慌ててさえぎる声。
「ゴメン。」
「頼むよ。バレない様に拭く借りてまで入ってきたんだからさぁ。」
ため息と共に吐き出す言葉。しかし、ナネルはその言葉に疑問を覚える。
「借りて?ダレン、どこで手に入れたの、その服。」
「ああ、それは…
〜回想〜
戦闘員Aが桟橋を通り過ぎ、ダレンの隠れている倉庫群を通り過ぎた。
それを見たダレン。何か思いついたようだ。
「ねぇ、ちょっと。」
戦闘員Aを呼び止める。
「こっちこっち。」
手招きされ、戦闘員Aは銃を構えながら、ダレンに近づいていく。
「何かな?」
「これ渡してくれって頼まれたんだ。」
そう言って鉛玉をさしだすダレン。
戦闘員Aは、それをつかみ上げ眺め回す。
「なんですか、これ。」
「さあ、知らない。でも確かに渡したよ。」
ダレンは悩む戦闘員Aの脇をすり抜けた。
「しかし、なんなのでしょっ…ぎゃっ!」
戦闘員Aは奇妙な声を上げ、バタリと倒れた。
その後ろには木の板を持ったダレンがいる。
「ふー、危ない危ない。しかし、よくこんな鉛玉に興味を示したな。」
そう呟いてから、戦闘員Aの服を引っぺがしにかかる。
そして、引っぺがしたものを上から着込み、肩や、腰などを動かしてみる。
「よし、完璧。で、後は」
そばにあった縄で、パンツ一丁の戦闘員Aの手足を縛り、
「これでよし。あ、風邪引いたりしたらごめんね。」
木箱の裏に隠した。
〜回想終わり〜
ってわけ。」
得意そうに語ったダレン。
「アハハ、ずいぶん強引に借りたのね。」
納得したのか、笑うナネル。
しかし、当然のことだが、これは借りたというより奪うに近い。いや、単なる強奪だ。
「ま、細かいことは気にしない。ね?」
「確かに、ここから逃げる方が重要だわ。」
ナネルを座らせて、腕の縄を解きにかかるダレン。
「…しかし、かったい結び目だなこれ。」
確かにかなり固く結んである。結局解くのに数分費やした。さらに、
「うわ、痕しっかりついてる。」
結ばれていた部分は食い込んだ縄目と共に赤黒く変色していた。
「遅い。まだ現れんのか。」
デロンがイライラと声を荒げた。が、
「しかしまだ放送させて一時間経つか経たないかくらいでございます。それに日没までにはまだかなりあるかと。
もう少しお待ちになってはいかがですか。ご自分でおっしゃったことですし。」
「うるさい!…くそぅ、日没までなどと言わなければよかった…。」
グロストに痛いところばかりをつかれ、今更ながらに後悔する。
そのままブツブツと文句をたれ続ける姿は傍から見ていてかなり異様だったのだろう、
グロストが散歩を提案した。
「ふむ、それもいいか。」
簡単に賛成し、部屋を出た。
グロストもやれやれとため息をつきながら静かに部屋を出て行った。
「でさあ、やっぱり一番の問題は、どうやって逃げるかだよね。」
ダレンが他人事のように言う。
「な、ちょっと、まさか何も考えずに入ってきちゃったわけ!?」
脱出法など、ダレンが知っているものと思っていたナネルが声を上げる。
「実は、まったく。」
二人が同時に違う意味でため息をつく。
さらに、腕を組み、唸り、頭をかき、と、同じような動作で悩む。
「そこの窓から飛び降りれない?」
ナネルが、部屋にいくつも開いている窓を指差す。が、
「無理。その下漁船がいっぱいだし、漁船が無いにしても、甲板に見張りがいるから、大きな音立てたら簡単に見つかるよ。」
即座に却下。
確かにダレンが港に着いたとき、周りは漁船で一杯だった。あの上に飛び降りても、衝撃は和らがないだろう。それに、漁船はおそらく鉄製か木製のため、無音もしくは小音での着地は無理だろう。
さらに、ナネルの方に向き直って続ける。
「それ以前に、あの窓ガラス開かないから。それに、壊しても通り抜けられそうに無いっぐぇ!」
言い終わらないうちにナネルの蹴りが顔面にヒットする。
「失礼ね、そんなに太ってないわよ!!」
赤く上気した顔。どうやら気にしていたらしい。
むっくり起き上がったダレン、赤くなった鼻をこすりながら、抗議する。
「あたたたた…、誰もそんなこと言ってないだろ!言いたかったのは、あの窓壊しても、開いてるサイズ、大きく見積もって人の頭が通るか通らないかぐらいだから、人間なら誰でも通れないって事…。」
鼻をこすりながら、鼻血が出てないか確認する。
「えっ、あっ…」
窓を確認する。確かに窓の直径は人の頭ぎりぎりのサイズだ。それに、ガラスがきれいに割れるとも限らない。無事に出られる保障は無い。
「そ、そうね…」
「ったく、完全に蹴られ損じゃん、俺。」
どうやら鼻血は出てないらしく、依然として鼻は赤いままだが、鼻をさすらなくなっている。
「ゴメン、痛い?」
依然として赤い鼻を見て、申し訳なく思ったのか、ようやく謝ったナネル。
当のダレンは、もういいよと手を振る。
「いやもういいよ。ダイブ痛みもひいたから。とりあえず、この部屋出て、見つからないように出られるとこ探そうか。」
「そうね。」
そして立ち上がり、外を確認してこそこそと部屋を出て行った。
二人が見ているのは案内板。ご親切にも、船員が迷わないようについていた。現在地も記されている。ちなみに設置位置は階段下りてすぐ。
実は部屋を出た後、ダレンとナネルは船の中を見て回り、出られそうな所は無いか探したのだが、結局どこも見つからなかった。
「この上が甲板で、その上に司令室。甲板は強行突破しかないだろうけど、戦闘になっても親玉が来る前に逃げられるかしら?でも逃げたのがバレたら、また捜索隊でも作られて、この島出るどころじゃなくなるし…」
ナネルが考え込む。
「じゃあ、俺が見張りの注意をひきつけとくから、ナネルはその隙に逃げて。
俺も頃合いを見て見回りに行くって言って抜け出せば、戦わなくてすむんじゃない?
戦わなけりゃ親玉が降りてくることも無いだろうし、逃げたことも多分バレない。」
ダレンが提案する。なるほど、ナネルの疑問すべてに一応答えがでている。
「そうね。じゃあ、それでいこう。ダレン、先行って。」
ナネルも賛成し、ダレンの二段後ろくらいをついていく。
船室の出口まで登ってきた二人だったが、戦闘員BとC以外にも見慣れない人物がいることに気づいた。
その男の顔を見たナネルの表情が驚きに変わる。
「嘘!?なんで、親玉降りてきてるの!?」
船室の窓から姿が見えないようかがんで、声を抑えて話す。
「じゃあ、あのさっきいなかったのが親玉なの?」
「そうよ。計算外だったわ。」
「どうする…?いったんもど」
「誰だ!」
二人の話をさえぎるようにデロンが船室に向かって叫ぶ。
「仕方ない。俺行くよ。ここを何とか切り抜けてくる。」
そう言い残してダレンは出ていった。
「すいません。私です。」
歩み寄っていくダレンだったが、
「ん?お前、見ない顔だな。コードは?」
冷たく睨まれる。
睨まれてすくむ以上にダレンは困っていた。
(…どうしよう、この人のコードなんて知らないぞ…こんなことなら服奪った後そういうのも見ておくんだった…。)
答えないのにイライラしたのだろう、デロンの声が荒くなる。
周りのグロスト、戦闘員BとC、ナネルもじっとダレンを見つめる。
(えーい、もうどうにでもなりやがれ!)
「…62−0314Rです。」
「始めッからそう言えばいいんだ。」
イラついていたデロンの顔が、元に戻る。
(マジ!?当たりか?)
ダレンもナネルもほっと胸をなでおろした次の瞬間だった。
「なんて言うと思ったか?」
デロンの手からナイフが二本放たれた。
ナイフは一直線に飛び、一本はナネルの足元に、そしてもう一本はダレンの胸元へ、深々と突き刺さった。
パキン。
「あら?」
そのころ、洗濯物も入れ終わり、一休みしていたミクスの耳に、何かが割れる音が聞こえた。
台所に行ってみると、戸棚の中で、ダレンのよく使っているカップが割れていた。
「まあ、物騒ねえ…。」
ミクスは少し不安を覚えた。
「ぐあっ…。」
うめき声を上げ、倒れたダレン。
「ダレン!!」
ナネルは慌てて駆け寄る。
「ダレン!しっかりして!ダレン!!」
ダレンは何も答えず、ただ一言ゴメンと言って、笑った。そして、その笑顔も間もなく消えた。
「ダレン!!…そんな…。」
目の端(は)から、滴が一つ、頬を、伝った。
デロンは、ダレンに一瞥をくれ、フン、と鼻で笑った。
「シュルズリー、まさか逃げられるとでも思っていたのか?」
ナネルは何も答えない。
構わずデロンはあざけるように続ける。
「死んだか。その小僧も関わってさえこなければ死ぬことも無かっただろうにな。」
その言葉にナネルの目がつりあがった。
「貴様!!」
ナネルが首のネックレスをつかみ、振るった。瞬時に杖に変わる。
「フン、さあ、セレートを渡してもらおう。」
しかし、デロンは振るわれた杖を無造作に受け止めて、払いのけて言った。
ナネルは顔をダレンの耳元に持っていき囁いた。
「ダレン、ごめんね…私が巻き込んだばっかりに…。本当にごめんね…。」
出るのは謝罪の言葉のみ。
そして、立ち上がり駆け出した。
「渡すわけ、無いでしょう!!」
そのまま船から飛び降り、森に駆け込んだ。
それを見たデロン、あざけるように笑い、
「この人数と鬼ごっこでもする気か。面白い。追え!逃がすなよ!必ず生きて捕らえろ!!いいな!。」
戦闘員達に命令する。
船上に残っているのは倒れたダレンだけだった。