4章:鬼ごっこと不思議な場所

「どこだ、ここ…?」

ダレンが目をあけると、そこは白い光の中で、ダレンはそこに一人だけぽっかり浮かんでいた。

「あ、そういえば俺、確か胸刺されて…」

自分の胸を確かめると、

「刺されて…ない!傷が無い!!」

 あれほど深々と刺さっていたナイフも、傷跡さえも残っておらず、刺されたこと自体が疑わしいくらいだ。

 しかし辺りには何も無い。ただ白い空間が、上下前後左右の区別も無く、ただただ広がっているだけだ。

「しっかし、こう何も無いと頭おかしくなりそうだな。」

 他人事のように笑う。

 そんな時だった。どこかから声が響く。

「少年よ…。」

「誰だ?」

周りを見回す。しかし、先ほどと同じく白い空間が広がっているだけで、人影どころか物影も無い。

「どこにいる?」

 この問いにはすぐに答えが返ってきた。

「ここだ…。」

 いつの間にか、ダレンのズボンのポケットが光っている。慌てて手を突っ込んでつかみ出すと、セレートが光っていた。

 不意にセレートは語りだす。

「少年よ、お前は力が欲しいか?」

森の中を縦横無尽に駆け回るナネル。

もちろん戦闘員も追ってきている。

「くっ!」

後ろを向くと3人ほどいた。

「我、炎鳳(えんおう)ランヴァクの名において命ずる。炎よ、帯となりて彼の者を捕らえよ。そのまま灰燼へ帰せ。火炎魔法・スルト=ガードル。」

 詠唱と共にナネルの足元に魔法陣が展開される。

 そして、印を組み終えた手で戦闘員達を指差す。

 すると、その手にあわせて地面から幾条もの炎の帯が戦闘員たちめがけて伸びる。

 そのまま戦闘員達を捕らえ、持ち上げ、爆発。

 帯は消え、ドサドサと焦げて煙を上げる戦闘員が落ちてきた。

「死なない程度に手加減してるんだからありがたく思ってよね。」

 また走り出す。

 追いついてきた戦闘員が、ある場所を越えた時、そこを指差し、叫ぶ。

「魔法陣展開!!流水魔法・アクエリアス=ブリッド!!」

 するとそこから、たくさんの水の弾丸が飛び出した。

 これは、あらかじめ呪文を詠唱しておいて、後はキーを唱えるだけで発動するようにした、俗に言う仕掛け魔法である。

 さらに駆け回り、呪文を唱え、仕掛け魔法をセットし、走り出す。

 森のいたるところで、叫び声や爆発音が上がる。

 が、どうしたことかグロストとデロンは森の外にいるではないか。

「グロスト、シュルズリーはいつ出てくると思う?」

「さあ、派手にやっていますが、今しばらくは出てこないかと思います。そして、無事に森を抜ける可能性も。」

 その言葉を聞いて、デロンは少し考えていたが、

「よし、グロスト、お前も行け。数を撃たせれば疲れて捕まえやすくなる。そして、こちらに出てくるよう、こっそりと誘導するのだ。」

 と命じた。

「しかし、そのくらいの仕事は一般兵でも可能かと思いますが。」

 グロストの疑問に、デロンは笑って答えた。

「いや、まだ策はあるのだ。こちらにおびき出しても、もう一度森に逃げ込まれたのではキリが無い。

 しかも、あれだけ派手にやっていれば戦闘員の数も減っているはず。

 だから、無事な戦闘員はこちらに引き上げるように連絡する。

 それにお前は魔法の知識も少しあるだろう?

 シュルズリーを追い詰めるのに一般兵を多く使うよりも、お前一人でやる方が合理的だとは思わんか?」

 デロンの考えを聞いたグロストは、

「そこまでお考えでしたか。では、行ってまいります。」

 感心して、一礼し、森の中へ駆けていった。

「少年よ、お前は力が欲しいか…?」

「…」

 セレートは同じ問いを繰り返すが、ダレンはセレートがしゃべったことへの驚きで、あいた口がふさがらない。

「お前は、力が欲しいか?」

 再度同じ問いを繰り返す。

 と、ここでようやくダレンが口を開いた。

「…何?自在銀(オル・メタル)ってしゃべるの?ここどこだか分かんないし、一体どうなってんだよ…。」

 セレートの問いには答えず、どんどん考え込むダレン。

ようやくセレートの言葉が変わる。いや、話す声自体が変わった。

「あれ?じゃあ、一体どうしてここにきたの?しかもどうやって??」

 いつの間にか人影が現れていた。

「今度は誰だよ!?」

「俺?俺はシュルズリー=セイル。知らないの?」

 少し驚き、意外そうに名乗るセイル。

 しかしダレンは、呆けた顔で、

「全然。」

 首を横に振る。

 その態度に、

「おいおい、マジかよ?いやでも、聞いたことくらいはあるだろ?」

 信じられないといった表情になるセイル。

「まったく。」

 ダレンは、少しも悩むことなく、再び首を横に振った。

 その様子に、本当に知らないことを悟ったセイルは、ため息をつく。

「まあいいや。で、君の名前は?何でここに来たの?」

 苦笑いの後、気を取り直して聞く。

「俺はシーバ=ダレン。何でここに来たかは分からない。」

「ふーん、やけにあっさり名乗るもんだね。」

「それはお互い様だろ?」

「それもそうか。」

「で、ここどこなのさ。」

 今度はこっちの番とばかりに聞く。

「ここ?うーん、君の心の中…みたいなとこ、かな?」

「俺の、心の中…?」

 眉を寄せ、首を傾げるダレン。

 セイルはというと、あごに手を当てて何かを考えていた。

「そ、まあ、正確にはセレートが君の心を基に作り出した空間って事。」

 セイルの言葉に、素直に感嘆するダレン。

「はー、凄いんだなセレートって。」

「いや、セレートだけじゃなくて、ほかの自在銀(オル・メタル)でも出来るよ。ここなら自在銀(オル・メタル)と会話できるしね。

 ここに来れたらもう一人前の
自在銀師(オル・メタラー)ってことだね。」

「へー、凄いんだな、自在銀(オル・メタル)。」

 ただただ感嘆するばかり。

 そして、さらにセイルの説明は続く。

「で、ここに来た後やるのが、自在銀(オル・メタル)との名乗りあい。

 これをやって初めて
自在銀(オル・メタル)の力が100パーセント解放され始める。」

「始める?されるじゃなくて?」

「そ、され始めるの。全開放には色々と段階を踏むようにリミッターがついてるから。だって、いきなり全開放したら制御し切れなくて死ぬよ?きっと。」

 優しく教えた、説明というより少し講義に近い説明を終え、ダレンのほうを向くと、頭を抱えて難しい顔をしていた。

「ん?ちょっと待てよ?俺の心を基に、ってことは、俺の心の中真っ白って事!?」

 旗と気がつき、ショックを受けるダレン。

 それを聞いてセイルは何か思い出したようだ。

「あ、もしかして君、現実世界(むこう)で致命傷負ったりした?」

「ん?ああ、確かにナイフがこの辺にぐっさり刺さったよ。」

 手で胸の辺りを指差す。

 セイルが納得したような顔になった。

「ああ、やっぱりそうか。安心して。君の心が真っ白なのは、致命傷を受けて無理矢理この世界に引き込まれただけ。…でもという事は君が後継者ってことか。」

 語尾の台詞は独り言のように声を落としたため、ダレンには聞こえなかった。

 再びあごに手をやり、考え込む。

「君、セレートどこで手に入れたの?」

「え、今日ナネルから預かった。」

「そのナネルって人の姓、シュルズリーでしょ?」

「そうだけど、それがどうかした?」

「別になんでもないよ。こっちの話。…そうか、とうとう奴らが動き出したか…。もう時間が無いな…。」

 いくつか質問した後、また考え込むセイル。

 ダレンは、一人取り残された気分だ。いや、取り残されている。

しばらく物々と独り言を言ったり、うなったりした後、セイルは急に顔を引き締め、まじめな顔になった。

「ダレン、君に見せたいものがある。」

そう言って手をかざした。その先に、四角い、窓のようなディスプレイのような大きなものが現れる。

そこに映し出されたもの。それは、

「な、何だよこれ…」

 燃え盛る大地。

 裸足で逃げ惑う人々。

 助けを求め、叫ぶ大人。

 不安と恐怖で泣き叫ぶ、親とはぐれた子供。

 子供を捜して、足の裏から血を流しながら歩き回る親。

 そしてそれらを、その人たちを笑いながら斬り殺し、笑いながら家々に火を放って回る兵士達。

「セイル!!なんなんだよこれは!ふざけるな!!」

 場面が、変わる。

 縛られた人々。その中には老若男女、さまざまな人が混ざっていた。

 その人たちの手を一本の縄でつなぎ、笑いながら引き連れていく兵士。

 連れられた人々はたくさんの巻きわらに括り付けられ、目隠しをされる。その正面には兵士達が銃を構えて横一列に並んでいる。

 号令をかける司令官らしき人物。

縛られた人々が、血飛沫を上げ、首を折る。

「セイル…、頼む…、もう、やめてくれ。」

 高笑いする兵士達。

 次々に人が連れてこられ、殺されていく。

「もうやめてくれ!」

 ひざを折るダレン。

セイルがもう一度手をかざすと窓のようなものが消えた。

「なんだったんだよ今のは!」

 セイルを睨む。いまにもむなぐらをつかみ挙げそうな勢いだ。だが、その息は荒く、汗をびっしょりとかいている。

 そんなダレンにセイルは告げる。

「あれは400年前、実際にあった光景だよ。」

 遠くを見つめるように目をそらす。

「400年前の大陸戦争の時実際にね…。」

 セイルを睨んでいたダレンの顔が元に戻る。

「…?」

 セイルがダレンの方に向き直る。

「ダレン、君はあの映像を見てどう思った?」

 その顔は厳しかったが、どこかはかなげだった。

 しかし、ダレンは何も答えない。が、その表情は、怒り、そして少しの悲しみを含んでいた。

 その表情を見て、すべてを解したのであろう、少し笑った後、セイルは問う。

「ダレン、君は力が欲しいか?」

突然厳かになったセイルの声。

「力…?」

「そう。世界は今、400年前と同じ大戦の危機に追い込まれている。

 もし、大戦が起これば、さっきの映像みたいなことが世界中で起こることになる。それだけは絶対に避けないといけない。

 君は、セレートを使って、それを止めるために、世界のために戦えるか。」

 何も言わないダレン。戦いに身を投じるか、それとも島で今のまま暮らし、世界の破滅を待つか。

これからの人生を大きく変えることになるこの問いに、ダレンは答えられないでいた。

 セイルは答えを待っているかのように、厳しい顔のまま何も言わない。

 しばらくの沈黙の後、ダレンが出した答え。

それは、『戦えない』だった。

厳かな表情のままダレンを真っ直ぐ見つめている。

ダレンもセイルを見つめ返し、続ける。

「この島、平和だから本当に世界がそんなことになっているって言われても実感わかないんだ。

 けど実際、目の前で困っている人を見捨てたりは出来ない。でも、世界中の人々が困ってるって分かってたって助けられない。

 それに、まったくの赤の他人で、どんな人かも分からない奴のために命なんか賭けられない。

 俺だってちっぽけで無力で感情を持った人間だ、人間なんだ……。

 でも、さっきも言ったように目の前で困っている人を見捨てたりは出来ない。確かに矛盾してるかもしれない。それでも、それでも俺は…」

 そこでいったん言葉を切り、真っ直ぐにセイルを見つめなおし、大きく息を吸い、続きを吐き出す。

「俺は力が欲しい!目の前で困っている人、自分が守りたい人を守れるだけでいい。それだけでいいから、俺は力が欲しい!!」

 その言葉を待っていたかのように、セイルは笑い、消えていく。そして、最初の厳かな声が聞こえてきた。

 「その言葉、待っていた。お前の決意、しかと受け止めたぞ。いいだろう。我は今よりお前の力となろう。我が名はセレート。お前の名は?」

 塊だったセレートが解け、ダレンの腕に巻きついていく。それに聞こえるように、不適に笑い、言い放った。

「俺の名はダレン。シーバ=ダレンだ!!」