う、あ、あ?
ぐらぐらと揺さぶられる体に意識が呼び戻されまして。
えっと、何でしたっけ。ああ、結界割れちゃったから、気を失ってたみたいですね。
で、ここは、皆さんを呼び出した公園。アタシを取り囲む形で、雄真サン、春姫サン、杏璃サン、小雪サン、すももサン、伊吹さん、沙耶サン、信哉サン、ハチサン、準さん、御薙先生、音羽サン。
それから、アタシ自身は、関節・ボロボロ、視界・ふらふら、頭痛・激し、手足・不自由。ああ、縛られてますね。
さて、大言い訳大会と行きましょうか。
観察者、告白する。
痛む体を引きずって、あたしは無理に体を起こして座りなおします。
この拘束魔法、魔力の感じからして杏璃サンですかねぇ。凄い食い込んで痛いんですが。
で、案の定、一番ひどい顔してるのが杏璃サン。
アタシの正面でものすごい顔して睨んできてます。
「傍野、とりあえず解毒剤をくれ。」
何をおいても、それが無くちゃ始まらない、とばかりに雄真サンが切り出します。
なので、アタシは出来るだけの笑顔ですっきり答えてあげました。
「んなもんないっスよ?」
「え、え、え、じゃ、じゃあ、わたしたちしんじゃうんですかー!?」
「お、おちつけすもも!」
グルグルわたわたと慌て始めるすももサン。
伊吹サンや雄真サンが何とかなだめてますが、地に足ついてないと言いますかなんと言いますか。
見れば皆さんもアタシの言葉にうろたえてるみたいですし、種明かし、言い訳大会を始めましょうか。
「死にませんって。だって、アレ毒じゃなくて回復薬ですし。」
「……ふえ?」
「いや、だから薬ですってば。証拠に、あんだけ苦しそうだった春姫サンや杏璃サンも今ものすごい元気デショ? 皆さんも疲れとか傷とかないでしょうし。」
あら、言われて初めて気付いたみたいですね、もしくは結界が割れたから、と認識してたか。
「じゃあ、かーさんのあれは?」
「ああ、アレはアタリです。タバスコとケチャップ等分に混ぜて、血を吐いたみたいに見えるように演出してみました。」
心配そうだった雄真サンのために努めて明るく言ってみたんですが、逆効果だったようです。
皆さんの視線が、とてもイタイ。
そうして、一拍の後皆さんの言葉を代弁するように、雄真サンが口を開きました。
その視線は厳しく。仕方の無い事なんですが、少し心が痛みます。
それに、皆さんの視線も。……当然っちゃ、当然ですかね。望まなくても裏切っちゃったわけですし。
まあ、今となっては隠す必要もないでしょうし。アタシは、静かに口を開きました。
「何でこんな事をしたか。一言で言ってしまえば、雄真サンを試さなければならなかったから。その一点につきます。」
まあ、それだけで全て理解できるわけじゃないのは分かってますから。
怪訝そうな顔になった皆さんをよそに話を進めましょう。
「そもそもの発端は、アタシの父親のところに舞い込んできた依頼からでした。」
ちょうど、GWに入る手前の事だったでしょうか。
自宅に帰ると父親が酒を酌み交わしてたんですよね、昔の友人と。
その人は魔法省付きの役人やってるみたいで、上からの命令だったそうです。
「魔法が次世代のエネルギーとして注目されてるって話はご存知ですよね?」
皆さんの反応はまちまちで、知らなかったと言う表情もあれば、曖昧に頷く方も。
「まだ法案にもなっていないんですが、魔法省の内部で一つの法案が作成され始めました。」
ちなみに魔法省ってのは、これからの時代、魔法との共存を、とか何とか理由をつけてつくられた、魔法に関する全般を管轄する政府側の機関です。
しばらく前に、庁から省に格上げされましたね。最初は、魔法界の重鎮(魔法理事会、とかでしたっけ。とりあえず昔ながらの名家の方々が集まって構成される議会の事で、どうも仕事がもろかぶりだったみたいです。)の方々といがみ合ってたみたいですけど、解決したみたいです。
今では、水面下の確執は残っているけれども、表面上はきちんと協力関係が結ばれています。
「ところで、元々魔法使いの名家にはある風習がありました。まあ、子孫により良い魔法使いをって考えからすれば当然のことなんですが。」
そこで伊吹さんを見上げると、きつく睨み返されました。
いや、頬を染めているところを見ると気付いてますね、アレ。
「ええ。戦国大名とかと同じ、側室制度です。」
ぽかんとしている皆さん。まだ、話が繋がっていないみたいですね。
よし、この際、一気にまくし立てちゃいましょう。
「魔法の素養は遺伝的なところによるものが大きいのはご存知ですよね? だからこそ名家が生まれる。」
「……そうだな。事実式守も、何人か複数娶った者の記述が残っている。」
アタシの視線に答えて、伊吹サンが鼻を鳴らして答えてくれました。
「だから政府は今回、次世代のエネルギーたる魔法、その優秀な使い手を後世に残そうと言う方針で、優秀な魔法使いにのみ多夫多妻制を認めようとしたようです。まあ、多夫多妻って言っても魔法使いの男女比から考えて、ほとんど一夫多妻でしょうけど。男女平等に対する建前ってやつでしょうか。」
うるさいんですよね、ああいう団体。男女差はあるんだから、完全な平等なんて無理なのに、無茶苦茶なトコまで要求してくるんスから。
「ただ、民法732条にもあるように、重婚は禁じられてますし、刑法にも184条に二年以下の懲役、と罰則規定があります。つまりこの試み、今の倫理観に真っ向から反対するものなんですよ。実際、皆さん自分が雄真サンに選ばれようと必死だったでしょう?」
まあ、思い当たる節が無いはずはないんですが、これほど皆さん見事に反応されると、こちらが恥ずかしいんですが。
「うぎゃあぁぁぁぁ……」
ああ、ハチサンは暴走前に……今度はアレは……キャメルクラッチ、ですかね、準サンにかけられてるの。
「そのテストとして、雄真サン、あなたが選ばれたんです。倫理風潮に逆らってまで、魔法使いを特別扱いする国家利益はあるのか、そもそも多夫多妻制を維持することが出来るのか、と言う視点で。」
「ええ!?」
皆さんの素っ頓狂な叫びと共に、雄真サンに視線が集まります。
張本人たる雄真サンの驚きはもうとんでもないようで、実際に目を白黒させている人、アタシは初めて見ました。
「でも、その対象なら伊吹ちゃんとか名家の人とか優秀な春姫ちゃんとかでもいいんじゃないの?」
準サンが何気ない様子で聞いてきました。
その問いに、アタシは首を振ります。
「駄目なんすよ。春姫サンはどちらかと言うと努力で今の地位を築いた方です。それは政府の求める魔法使いの遺伝的資質、じゃないんです。ハーレムの一員としては採用できても、核にするのはそぐわない、と言うのが判断でした。それに、雄真サンも、一応名家である御薙の出ですし。」
ふーん、とか言ってますが、準さん納得してくれたみたいですね。
「それに、雄真サンの潜在能力は、ぶっちゃけた話、当代一といってもかまいません。しかも優秀な魔法使いには女が多いのに珍しく男。だからこそ、法律の趣旨的に、政府的には絶好の観察対象でした。しかし、ご存知の通り、一つだけ問題があったんです。」
「雄真君が魔法をやめていた、こと?」
春姫サンが少し決まり悪そうに口を開きました。
「ウィ。さすがに魔法使いのための法律です。実験対象が魔法使いでない、と言うのは体裁が悪い。ですが幸い、式守の事で雄真サンは魔法を再開してくれました。だから、後はその技量を確かめるだけ。なのでアタシが依頼を受けた、と言うわけなのです。」
とりあえず一応の納得をしてくれたみたいです。
ところで、そろそろこの拘束を解いてほしいですねぇ。
「で、全部知ってたんですよね? 小雪サン。」
片目を閉じて、話を振りました。ちょっとした仕返し、でしょうか?
皆さんの視線が、後ろにいた小雪サンに集中します。
沈黙する小雪サン。雄真サンが口を尖らせて言いました。
「知ってたんなら教えてくれてもよかったじゃないですか。」
「……申し訳ありません。それは出来ませんでした。これは、私たちのために、雄真サン自身に乗り越えていただかなければいけない試練だったので。」
「だから小雪サン、一切手を出さなかったんですよね。」
ずっと那津音さんの桜の陰でこちらを伺っているのは見えてました。心配そうに見上げるタマちゃんと、強くワンドを握り締める姿が視界の端にあったのを覚えてます。
「ごめんなさい、雄真さん、皆さん。」
「い、いや、謝らないでくださいって。」
「そうですよ、高峰先輩!」
深く頭を下げる小雪サンを、口々に慰める皆さん。
ああ、本当にいい人たちです。ああ、でもいい人なんですけど、そろそろ解いて欲しいですねぇ。いや、まだ信用ないですか、そうですか。
「さて、そういうわけです、御薙先生。」
「そう。ご苦労様。」
皆さんの後ろに音羽サンを連れて帰ってきた御薙先生。視界の外だったらしく、アタシ以外気付かないうちに帰ってきたみたいですね。
「やっぱり先生もご存知だったんですね。」
「ええ、ごめんなさいね。コレはみんなのために雄真君自身が乗り越えなければいけない試練だったから。」
春姫サンの言葉に御薙先生が苦笑してます。小雪サンと同じ回答って言うのは、狙ったのかどうなのか。
で、となりの音羽サンは……ありゃ、まだ渋い顔してらっしゃいますね。
「すいません、音羽サン。タバスコなんて飲ませて。」
「ああ、いいのよー、そんなこと。」
あっけらかんと笑っている音羽サン。と言う事は、渋い顔は別の理由?
「でも鈴莉ちゃん、あたしに位は話してくれたってよかったじゃない!」
「だめよ、音羽に話すとバレるもの。」
「うー、そんなことないわよぉ、ちゃんと隠してたわ! ていうか、ゆずはちゃんも一枚噛んでたみたいなのに私だけ仲間はずれなんてぇー。」
……ああ、そっちですかい。三人組の中で自分だけ仲間はずれだったのが悔しかったと。
「む? 高峰ゆずはも一枚噛んでおるのか。」
「まあ、そりゃそうでしょう。どうも魔法省のほうに雄真サン推薦したの、御薙先生と高峰理事長みたいですし。」
「……アハハハ」
一斉に視線を向けられて、苦笑いする御薙先生。
とりあえず、アタシはアタシの責務を果たしましょうか。
「あの、拘束解いてくれません?」
それにはまず何よりこの拘束を解いていただかないと。
雄真サンに促されて、杏璃サンがしぶしぶ、といった感じでパエリアを一振り。
「アルサス」
「はい、ドモドモ。」
拘束が外れた手足を動作確認。痛い。確認終了。
「でも、何でこの拘束解かなかったのよ? アレだけの実力があるなら別に簡単でしょ?」
怪訝そうにこちらを睨む杏璃サン。
あ、縛られてた手首のトコ跡が残ってますね。痛いはずだ。
「ああ、それ無理っス。ClassCの人間にこんなきつい拘束どうしろと?」
「そう、ClassはCって言ってたのに、どう考えても嘘じゃない。どうやったらCの人間がBの春姫やあたし、それ以上の伊吹とかをああも簡単にあしらえるって言うのよ?」
杏璃サンの言葉は皆さんの代弁だったみたいで、ほとんどの人がこっち向いてます。あ、伊吹さんが歯軋りしました。
そういえばこのことはまだ話してなかったんですね。
「それがあの結界の力です。閉じ込めた人の能力を5分の1に、その減らした分は好きなだけ魔法陣を書いた者に付加するって言うなんとも都合のいい結界なんです。」
「と言う事は……」
春姫サンがぼそりと声を漏らします。
「ええ。皆さんから奪った力もアタシに付加されてましたから。何もない状況だったら、そうですね、信哉サンには一撃で叩きのめされちゃいますし、杏璃サンや春姫サンの魔法弾でも充分でしょう。伊吹サンのなんてもってのほかです。死にます。」
あ、構えないでくださいよ。死ぬっていってるじゃないですか。
「まあ、雄真サンが魔法を使いやすいように、と言う事で使用したんですが。」
「俺のため?」
「ウイ。あの結界は面白い特性があって、対象の能力をパラメーター化したときに、一部だけ突出した部分があると、そこを重点的に抑制するんですよ。」
えーっと、栄養バランスのバケツを思い浮かべてもらうと分かりやすいでしょうかね。あのガタガタした奴です。もしくは模試の結果とかに載ってる六、七角形のグラフ。
あれを作った後、飛び出した部分を重点的に抑圧するんです。
「雄真サンの場合、内包する膨大な魔力に比べてそれを操る技術が不足してますからね。ならば、技術のほうに魔力をあわせよう、と言うわけです。」
分かったんだか分かってないんだか分からない顔で、雄真サンがため息をつきました。
まあ、アタシだってよく分かってないんで、突っ込んでこられても困るんですが。
「杏璃サンなんかも魔法使い易かったんじゃないですか? コントロールに難アリだったみたい……いえ、なんでもないっス。」
恐い。
「と、とにかく、そういう結界だったんです。まあ、吸い取りすぎで皆さん倒れちゃったわけですが。」
申し訳なくて、尻すぼみになってしまいましたが、きちんと謝るべきことですから、やらなくてはなりません。
居住まいをただし、アタシはきちんと正座しました。
「本当に、申し訳ありませんでした。」
深く頭を下げます。ありていに言ってしまえば土下座です。
地面に頭をこすりつけ、とは言いませんがそれほどの勢いであたしは動きを止めました。
反応がないのは、疑いか、軽蔑か、それとも単なる戸惑いか。
分かりはしませんが、アタシは動かないで皆さんの裁定を待ちました。
そのまましばらくたって。
「傍野。」
呼ばれてアタシが顔を上げると、雄真サンがこちらを見下ろしていました。
一歩引いたところから、皆さんもこちらを見つめています。
「なんでしょう?」
「あの飴玉も含め、もう隠してる事はないのか?」
真剣な眼差し。まっすぐにこちらを射抜くように。
「……ない、ですね。雄真サンたちに害が及ぶような情報は。」
その視線が痛くて。アタシは目をそらし気味に答えました。
その答えでは少し満足できなかったのでしょう。雄真サンの視線は緩む気配を見せません。
ですが、あたしも情報屋。全ての情報を駄々流しにするわけにはいかないのです。
で、結局折れたのは雄真サンのほうでした。
「なら、いいぞ。」
少しは予想していたとはいえ、なんと言うかあっさりとした言葉です。
皆さんのほうを見ると、こちらに向いた敵意もなく。
少し、拍子抜けですが、許して、もらえたんでしょうか。
えらくあっさりと……いえ、この思いやりが、雄真サンの魅力なのかもしれませんね。
「では、結果発表と参りましょうか。」
ええ、この人たちなら大丈夫でしょう。
一旦目を伏せ、一呼吸置く。さて、これからも楽しい日々になりそうです。
「アタシの名において宣言します。小日向雄真の被験者適格を認める。魔法使いとしての素養は充分。その気概も、多数を娶る資格アリと考えられます。」
わっと湧き上がる皆さん。
目で問いかけてくる御薙先生に、アタシはため息交じりの笑いを返しました。
「充分ですよ。素養があるとはいえ、練習再開から一ヶ月、もしてないんですかね? そんな短期間で一度作った魔法弾分裂させたり、操ったり。雄真サン、アンタ化けモンですかい?」
「うるせぇよ。」
まあ、あの魔法弾切ったの自体はアタシですし、皆さんの命が懸かってましたから出来た事なのかもしれませんね。
それに、春姫サンや杏璃サンの魔法弾連発の時、使ってたの雄真サンの魔力だったみたいですし、よっぽど関係深いんですねぇ。
コレじゃあ、認めないわけにもいきますまい。
「なあ、傍野。」
もみくちゃにされながら雄真サンがこっちに声をかけてきました。
「何ですかい?」
「お前、俺たち殺す気なかっただろ。」
「……さあ、どうでしょうねぇ?」
それでまた変に鋭い。だからこそ、大変なんでしょうなぁ、これから。
そんなことをぼんやりと思いつつ、御薙先生や準サンたちにからかわれているハーレムの皆さんを横目に、アタシはその場を離れたのでした。
はい、お久しぶりです。
なんか傍野が異常にがんばってしまった回でした。
これからは、彼は空気になるはずです。
高校時代とかに思いをはせつつ、色々なイベントをネタにしていければなぁ、と。
ちなみに、はぴねすは、でらっくすを一通り、前回更新からの間にりらっくすをやっただけなのでズレ(雄真の魔法技量とか)が生じていたりするかと思います。
ご容赦をお願いします。
ちなみに、傍野の詠唱が漢字なのは、詠唱は魔法使いの家系(?)それぞれなのだったら、カタカナじゃなくてもよいかなぁという考えからです。
そして、雪熊さんのネタ(国公認ハーレム)を使わせていただきました。提供ありがとうございました。
今回のネタ
キャメルクラッチ……某超人レスリング、中国のあの人の必殺技。なんか色々設定あるみたい。
民法、刑法の条文……実際に規定されています。少しは、法学部らしいところを、という事で。
それではまたー。