コスモス
10月14日、俺は駅前の花屋で18本のコスモスを買った。今年で10年にもなるだろうか。顔も知らない兄貴の誕生日、そして命日に、
毎年その数だけのコスモスを仏壇に供える。親はいつもこの日は二人で朝まで帰ってこない。何をしているのかは知らない。まだ小学生
だったころ、一度、一緒にいくかと誘われたが断った。そのときぐらいからか、俺がコスモスを買い始めたのは。俺たちは双子だった。
俺だけが生き残ってしまったのは神の悪戯か。別にうちはクリスチャンじゃないから神というものの存在を認めて良いものかどうかわか
らないが、俺もどうも典型的な日本人らしく、イメージとして一番強いものを信じてしまう傾向があるようだ。まぁ、命を司るのは神、
ということにしておいても良いかもしれない。
コスモスを持って家に向かう。駅から10分。家がすぐそこまで見えたとき、地面に転がっているものが見えた。長さが1Mくらい。全
身白尽くめ。よく、漫画なんかにでてくる、そう、『天使』と呼ばれるものに似ている。しょうがないから家まで引っ張っていった。あ
まり重くない。羽根もない。
ソファに寝かせた。
「うぅ〜ん・・・むにゃぁ・・・」
横目で様子を見ながら花瓶にコスモスを活けた。その生き物は少し身じろぎして、突然目を開けた。
「ここは、どこ??え??」
混乱した様子であたりを見回し、そして俺を認めた。
「君は・・・誰?ボクが、見えるの?ここは・・・君の家?」
「あぁ、俺の、正確には俺と家族の家だな。道に転がってたから一応連れてきた。お前こそ誰だ?」
花瓶を居間の机に置きそいつの向かいのソファに座った。
「ボクはリル。今年正天使になったばっかりなんだ。まだお仕事は十分慣れてないけど、失敗はしないよ。君は今まで天使と会ったこと
あるの?」
なんだか嬉しそうだった。身を乗り出して、瞳をキラキラさせて。天使に性別があるのかは知らないが、あるとしたら女だろう。
「天使?本当にいるのか。見える、というのは・・・普通見えないものなのか?」
「そうだよ、天使ってのはとても強い願いを持ってる人間にしか見えないんだよ。正天使はその願いを叶える力をもってるから、それを
叶えるためにその人間のところにいくんだ」
俺は冷蔵庫を開けてコップにジュースを注いだ。それをリルの前に置いた。強い、願いか・・・俺にリルが見えるということは、俺には
強い願いがあるというのか?
「今までどんな願いを叶えてきたんだ?」
「いろいろあるよ、それは。自分じゃどうしようも出来ないから天使に頼るんだから。一番多いのは誰かに逢いたい、ていうのかな。病
気で逢いにいけないとか、何年も前に連絡が取れなくなって逢えない、とか。」
そこまで一気にしゃべって、自慢するように胸を張った。全部ちゃんと叶えたよ、と。
「そういえば、名前聞いてないよ、君の」
「あ?俺?あぁ、そういえば。俺は瀬崎秀太だ。」
「君もボクが見えるということは、何か強い願いを持ってるんだよね?それを叶えるのがボクの仕事だよ。」
俺の・・・願い・・・でも・・・こんなの叶えられるわけがない。リルが言った。歴史を動かしたり、誰かの人生を壊したりするような
ことはできないよ、って。歴史を動かす、ということの中には死者を甦らせたり、実在しないものを具象化したりすることも含まれる。
「無理だよ、俺の願いは。」
「なんで??叶えられるか否かはボクが決めることだよ。よっぽど無茶なことじゃない限り。だから、言ってみて。」
その大きな目で俺を覗き込む。それはまるで、幼い子供のようで。幼児を『天使のような』と形容するのはあながち間違っていないのだ
と、頭の隅が妙に冷静な感想を述べている傍ら、俺の心臓はリルにまで鼓動が聞こえるかもしれないと思うほど高鳴っていた。もし・・
・この願いが叶えられるのなら・・・俺は・・・
「・・・兄貴に・・・逢いたい・・・1日だけでいいから・・・」
そうつぶやいた瞬間、目の前がふわぁっとなって・・・
「秀太?どうした?大丈夫か。なんか飲むか?」
俺はソファに仰向けに寝ていた。覗き込んだ顔は・・・そう、鏡をみているようで。すぐにわかった。
「兄貴・・・」
「だから、いい加減やめろよ、兄貴っての。俺たち双子だろ?あんまり兄貴って感じじゃないよ。龍太。いい加減そう呼べ。」
兄貴、いや、龍太は俺の活けたコスモスを見て、いつもありがとな、とつぶやいた。
それから俺たちは学校へ行った。俺たちの、夜の学校へ。教室に忍び込んで、俺たちは話した。今までの18年間を。龍太の知らない18年
間を。俺たちはずっと一緒に育ってきたようで。永遠だ、ってなんとなく思っていた。これからはずっと一緒だって。自分がリルに言っ
たことも忘れて・・・
「秀太?こんなとこで寝て。風邪ひいてもしらないわよ。はいはい、起きる。学校遅刻するわよ。」
気付いたら朝だった。俺を覗き込んでいたのは龍太ではなく、母さんだった。
「もう、帰ってたんだ。おはよう。昨日は楽しかった?」
俺は笑いながら言った。母さんが驚いたような顔をして、あぁ、楽しかったよ。ありがと。と言った。無理もないだろう。今まで、龍太
の誕生日の次の日の俺はいつも機嫌が悪かったから。俺は笑いながら階段を上った。
龍太が言ったのだ。―あんまり母さんを悲しませるなよ。秀太が俺の誕生日の次の日は機嫌が悪いから、いつも気にしてるんだぞ。別
に父さんや母さんは遊んでるわけじゃないんだ。あんまりメジャーじゃないけど、日本にはある風習があるんだ。生まれてすぐ死んでし
まった子の誕生日には一晩中、あるお寺でその子の為にお経をあげる、っていうのが。秀太に言わなかったのはお前が気にするだろうか
ら。お前が嫌な気持ちになるだろう、って。だから、明日はそんな顔すんなよ。お前の誕生日なんだから。―
生まれた時間が12時を挟んだために誕生日が違ったのは、本当に幸運だったんだろう。俺は10年ぶりに、自分の誕生日を喜べそう
な気がした。
2階の自分部屋に入る。窓を開けて。少し寒くなってきたけど、今の俺にはどうでもよかった。学校の準備をしようと机に向かった。
ふと気付いた。机の上にメモが置いてあった。俺と似てるようで、微妙に似てない筆跡で・・・『また来年、会いに来るよ』
氷乃さんから頂いたコスモスです。300HIT踏んだ記念にもらったのです。多くは語りません。私のとはまた違った味があり、いいものだと思いまし。