第四章:信用

 

 

ホークアイが、光の球を追ってアストリアを出た少し後。

「……なんだったのでしょうか、あれ。」

窓辺には、頬杖をついてため息をつくリースの姿があった。

実は、リースもあの光によって目を覚ましていた。だが出て行こうとする寸前、追いかけていくホークアイの姿を見つけてしまい、喧嘩した気まずさから、出て行くのを躊躇してしまったのだ。

なんとなく、つけた具足をはずすのもためらわれて武装したまま、窓辺に立っている。

しばらくホークアイの言った先を眺め、リースが再びため息をつく。

それをかき消すように、建物の倒壊音と獣の雄叫びが聞こえてきた。

慌てて音のしたほうに目を向けると、入り口の家に何人もの獣人が壁に穴を開け、出てくる人々に襲い掛かっていた。

部屋にとって返し、リースは自分の槍をつかんで宿を飛び出す。

そばにいた獣人を一閃、胸を貫いて絶命させると、高らかに言い放った。

「お止めなさい!これ以上の無法は許しません!!」

周りにいた数体の獣人が、残虐に笑ってリースを取り囲んだ。

「たかが人間のくせによぉ。」

「身の程知らずってのはこえーなぁ。」

「なあ、こいつのめしたらヤッちまうか?」

獣人たちは嘲笑を浮かべ、なおかつげらげらと声に出して嘲笑う。

瞬間、銀の穂先が煌めいた。

慌てて、狙われた一体は身をかわすが、左肩を貫かれる。

「やってみなさい。」

リースは槍を引き抜き、間合いを取った。

「できるのでしたらね。」

リースの強気の笑みを合図に、三体が一斉に飛び掛る。

対するリースは、一瞬身をかがめ、正面へ飛び出した。

標的が消え、獣人たちの動きが一瞬止まったところに、リースはすれ違いざま、わき腹を切り裂いた。

「ぐあっ!?」

「てめぇ!」

裂かれた一体をかばうように、一体が立ちふさがり、もう一体が拳を振るう。

リースはそれをかわして、獣人たちと距離をとった。

「コロス!」

しかし獣人は一瞬でその距離を詰め、一体が怒りに任せて拳を振るってくる。

反射的に拳を避けて跳んだリース。

しかし、そこを狙いすましたようにもう一体が拳を突き出していた。

「くぅ、あ!?」

槍をずらして拳を受けたものの、獣人の力を受け切れるはずもなく、リースは吹き飛ばされてしまう。

「ぐあぅ!」

そのまま民家の壁に激突して、リースは力なく崩れ落ちた。

そこへ獣人が殺気立ったまま、ゆっくりと寄ってくる。

「……観念しな、女。」

「く、ぅ……」

起き上がろうにも、力が入らない。

取り落としたやりに手を伸ばそうとして、つかむのがやっとだった。

リースは振り上げられる獣人の拳を見て、目を閉じる。

その耳に聞こえてきたのは、獣人の拳が風を切る音ではなく、軽い爆発音だった。

「はい、そこまで。その娘殺されるわけにはいかないんで。」

次に感じたのは、軽い浮遊感。次いで、獣人たちの雄叫び。

「ぐぁ!? なにしやがる!」

「くそ、匂いもわからん!」

恐る恐るリースが目を開けると、そこにあったのはホークアイの顔だった。

「ほ、ホーク、むぐっ」

声を出そうとした、リースの口を塞ぎ、ホークアイは建物の陰からのぞきこむ。

その先では、獣人たちが騒いでいた。

「チッ、何処へ消えやがった!」

「煙玉なんか使いやがって! あの男も、次見つけたらただじゃおかねぇ!」

唸るように辺りを見回していた獣人たちだったが、しばらくして撤退の合図が流れたらしく、つばを吐き捨てながら去っていった。

「やれやれ、行ったみたいだね。」

ふぅ、と軽くため息をつくホークアイ。

そのまま、傷だらけのリースの体に視線を落とし、あ、と声を上げた。

「あー、凄いね、これ。家にぶつかったときかな、細かな傷が一杯ついてる。」

ホークアイは道具袋に傷薬があったかざっと探る。が、どうも見つからなかったらしく、少し考えてからフェアリーを呼んだ。

「どうしたのよ。疲れてるって言ってるのに。」

薄ぼんやりと発光するフェアリーは半透明な姿でホークアイの目の前に現われる。

ホークアイは特に気にした様子もなく、用件を告げた。

「いや、リースの怪我、治してくれないかな、と。体貸してんだから少しくらい言う事聞けよ。」

「その娘? いいけど、怪我治しても今のままなら死にそうよ?」

気だるげに視線を落とし、フェアリーは疲れに満ちたため息をつく。

そんな馬鹿なと、軽く笑い飛ばすホークアイ。

「や、そんなひどくないだろ。」

「呼吸困難で。」

言われて、ホークアイが視線を落とすと、リースが控えめにホークアイの腕をタップしていた。

「わ、ゴメン!」

「ぷはぁ、けほ、けほ。ひどいです、ホークアイさん」

ようやく解放されたリースが、軽く咳き込み、謝るホークアイをよそにフェアリーは再びだるそうにため息をついていた。

「光霊よ、マナの眷属、フェアリーとして命じる。その慈愛の力、癒しの力、今我に貸し与えよ。彼の者を照らし、その傷を癒せ――ヒールライト――」

気だるげな詠唱と共に、キラキラと、穏やかな光がリースを包み、見る間に傷が消えていく。

光はすぐにやみ、フェアリーは軽く欠伸をしながら、ホークアイの中に戻ろうとした。

「あ、ありがとうございます。でも、フェアリーってあのフェアリーさんですよね。」

それを、リースが控えめに呼び止める。

どうしてこんなところに、と訴える視線にフェアリーは深刻そうに言った。

「……それは、ちょっと言えない。ただ、聖都に、光の司祭様に会いに行かなくちゃいけないの。」

「それで、俺がとりつかれたんだ。丁度ウェンデルに行くからって事で。」

軽く笑いながら、ホークアイが続ける。

「ですが、滝の洞窟には結界が張られていて、通る事ができないそうですが……」

フェアリーの深刻さが伝染ったか、リースも幾分深刻そうに、そして不安そうに言う。

しかし、それに対するフェアリーの答えは軽かった。

「あ、それはだいじょぶだと思うわ。私がいれば、多分。」

「それなら、いいのですが。」

「じゃあ、私は引っ込むから、できれば結界と司祭様のトコに行くまで呼ばないで。」

欠伸をしながらフェアリーが消えた。

立ち上がったリースと座ったままのホークアイ、二人の間に沈黙が下りる。

「……あの、さ。」

口火を切ったのはホークアイだった。

「ナバールの人間だった事を黙ってたのは謝る。でも、信じて欲しい。本当のナバールは、義賊だ。悪人以外から搾取したりはしない。ジョスター王の善政は、俺たちも聞いたことがあったんだ。絶対に、そんなことはしないんだ。」

悲しそうな、悔しそうな旋律。そのことを本当に誇りに思っていた男の、そしてそれを汚された男の嘆きの調べ。

「それを、信じろと?」

しかし、リースの声は冷たい。しない、ありえない、といわれても、現実に侵攻は行われ、父は殺され、弟はさらわれた。リースにとってはそちらこそ重要な事実なのだから。

「信じてくれとは言わない。でも、できるなら信じて欲しい。今のナバールはイザベラに操られているんだ。あの女が来てからのナバールは変わっちまった! それに、あいつのせいで、ジェシカも、イーグルも、カーン様も……俺たちは、悪人から奪ったものを民に施す事を誇りにしていた。ただ、そのことだけを。だから、信じなくてもいい。だが、ナバールをただの物取り集団とだけは考えないで欲しいんだ。」

それでもホークアイは訴えた。頼む、と頭を下げた。

それをリースはじっと見つめる。

やがて、リースが軽くため息をついた。

「……分かりました。」

その言葉に、ホークアイは顔を上げる。

その眼前に、槍が突きつけられた。

「ただし。」

リースの冷たい声。

ホークアイは、喉を鳴らしてつばを飲み込んだ。

「私にとって、ナバールは敵国です。父たちを奪った仇に違いはないのですから。」

「……分かってる。」

ホークアイは微かに笑った。

リースが穂先をずらし、ホークアイに手を差し伸べる。

「ですが、実際に住んでいたあなたがそこまで言うのですから、本当はいいところだったのかもしれません。」

リースはそう言って、笑った。

「ですから、あなたの言う事を少し信じてみようと思います。どうやら、私はあなた個人のことは、何故か信用に値すると思っているようですから。」

「……ありがとう。」

そう、軽く礼を言ってホークアイは差し伸べられた手をとった。

「とりあえず、ウェンデルまでは一緒ってことで?」

「そう、ですね。そこまではよろしくお願いします。」

引っ張り上げる形で、リースはホークアイを立たせる。

そのまま二人は、固く握手した。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、相当な難産。エストラーテに相当活力を取られたらしいです。

この連載は、長引きそうですけど、さくさく終わらせたいなぁ。

やりたいシーン、後半に集中してるのですよ……

                                 Fisher man