「ありがとうよ。お前らが洞窟の結界を解いてくれたおかげで、聖都に楽に侵攻できたぜ。」
いやらしそうに笑った獣人の一振りで、ホークアイたちは滝つぼに叩き落された。
第七章:脱出
「つ、あ、あ?」
次にホークアイたちが目覚めたのは薄暗い部屋だった。
最初に起きたのはホークアイ。
「あれはフェアリーの……?」
厚い雲に覆われた、高い空に浮かぶ森。
清流の流れをたどってたどり着いたのは、見上げるほどの大樹。その根元には……
「ここ、何処だ……?」
まだボケている頭を振りながら、辺りを見回す。
じめじめとした空間と、ひんやりした空気、それから鉄格子。そして地面も土。
土壁には窓も無く、揺らめくろうそくが一本設置されているだけ。
「……こりゃ、捕まったな。」
少なくとも、客人を迎えるようなところではない。
ホークアイは軽くため息をつきながら、これまでの事を整理した。
まとめると、シャルロットを滝の洞窟で仲間に入れた後、フェアリーの案内でウィスプがいそうな場所にたどり着いた。
しかし、そこに居たのはウィスプではなく、巨大なカニであった。
呆気にとられながらもそれを撃退し、ウィスプを発見。協力を取り付けた帰り道に、獣人に襲われて今に至る。
「ったく、めんどくせぇ。誰か居ないのか!?」
声を張り上げても、むなしく響くだけで、返答は無い。
「う、ホークアイさん?」
リースが意識を取り戻しただけだった。
「起きたか、リース。」
「ええ。シャルロット、シャルロット?」
「んん……? なんでちか、ヒース? もうあさでちか……?」
傍らのシャルロットを揺すると、ブツブツと寝言をもらしながら目をこすりだした。
「あれ? ほーくあいしゃん、りーすしゃん、おはようでち。」
欠伸をしながら伸びをする様子に、ホークアイは少し憎らしくなって、軽くシャルロットの頭を小突いた。
「んぅ、なにするんでちか。ってここどこでちか?」
「うるさい。捕まったんだよ。たぶん、あの獣人だからジャドだろ。」
それだけ吐き出して、ホークアイは鉄格子に歩み寄った。
「だ・れ・も・い・ね・ぇ・の・か!!」
がんがんと鉄格子を叩きながら叫んでも、返答は無い。
それでもホークアイが鉄格子を叩き続けていると、後ろのほうから声が返ってきた。
「しっ、静かに!」
三人で顔を見合わせた後、その声がした壁のほうに近寄ってみる。
「お前、誰だ?」
「……オイラ、ケヴィン。」
ホークアイの問いかけに、くぐもった声が返ってくる。壁を通しているからだけでなく、どこか戸惑っているのだろう。
ホークアイたちも名乗り返した後、一応、現在地の確認をするのだが。
「ココ、ジャドの地下牢。しばらく前にあんた達運ばれてきた。」
予想通りの位置であった。
しかし、彼らに落ち込んでいる暇は無い。
『でも、急がないと……あんまり時間は無駄に出来ないのに……』
マナストーンのエネルギーが解放されてしまう前に聖域への扉を開かなければ、世界が滅んでしまう。
一番あせっているのはフェアリーだった。
自分の精神の中でイライラしているのが、ホークアイにはよく分かっていた。
それに急かされるように、ホークアイが壁の向こうに問いかける。
「なあ、ここから出る方法、思いつかねぇ?」
「……ジャドの港から、今晩船が出るはず。それに乗れれば、脱出は出来る。」
「そこまでいく方法は?」
「……オイラに任せて。」
「うるせーぞ! 静かにしやがれ!」
直後、タイミングよく(?)獣人が一人降りてくる。先ほどホークアイが騒いでいたのを聞きとがめたようだ。
「元気か、フレディ。」
ホークアイたちの牢を確かめていた獣人に、隣から声がかかる。
途端にフレディと呼ばれた獣人はすまなさそうになって、隣の牢に歩み寄った。
「ケヴィン、すまねぇな。俺もルガーには逆らえねぇし、しばらく辛抱してくれないか?」
しかし、ケヴィンの残念そうな声は止まらない。
「お前、獣人王の後継者、牢に入れた。オイラ、このこと、獣人王に伝える。」
「ちょ、待ってくれよ! お前を閉じ込めたのは確かに俺だが、ルガーの命令だったんだぜ!? それはお前もよく分かってるだろ?」
ホークアイたちが鉄格子の隙間から覗いてみると、フレディは血の気が引いたように青くなり、鉄格子にしがみついていた。
しかしケヴィンは、まだ残念そうに続ける。
「このことを知ったら、獣人王、怒るなぁ。お前、どうなるんだろうなぁ。ああ、この間怒らせた奴は隣の部屋まで殴り飛ばされたっけ。」
至極残念だ、という素振りで首を振るケヴィン。
フレディは、酸素が足りなくなった魚のように口を開け閉めしていた。
「それから、階下まで叩き落されたやつもいたな。屋上から叩き落されたやつもいたっけ……」
それでもケヴィンはつらつらと並べていく。
「ケヴィンしゃん、けっこうえげつないんでちね……」
その様は、聞いていたシャルロットが苦い顔でこう漏らすほどだった。
ホークアイとリースは苦笑するしかない。
「そして……」
「ああ分かった。そうだな。そうだよ。」
そうして、耐え切れなくなったフレディがケヴィンの言葉を遮る。
「ルガーもちょっと疲れてたんだよ。じゃなきゃお前を捕まえろ、なんて言い出したりしねえよな。ちょっと待ってくれ。今開けるから。」
そう言って腰紐にぶら下げていた鍵束をガサガサ探り出す。
鍵を見つけ格子をはずして、ケヴィンを牢から出した。
「すまん、フレディ。」
瞬間、フレディは背中をつかれて牢の中に押し込まれた。
「おい、ちょっ、ケヴィン!?」
慌てて格子に取り付くが、既に鍵は閉められた後。突き飛ばす際にケヴィンが奪っていたようだ。
「すまん、フレディ。」
「え、ちょ、冗談だろ?」
あわてて、格子の間から手を伸ばすがもうケヴィンには届かない。
既に、ホークアイたちの牢を開けていた。
「急ごう、血が騒いでる。もう夜だ。」
そろって四人は、ジャドの地下牢を飛び出した。
「おい、ケヴィン!? ケヴィーン!?」
一人の哀れな獣人を置いて。
牢のそばの階段を駆け上がる。襲い掛かってくる獣を殴り飛ばしながら夜の街を駆けていく。
「しかし、キリがねぇ、よ!」
野性の本能のままに襲ってくるのが救いか。
ホークアイがすれ違いざまに一匹切り裂き、噛み付いてくるのをケヴィンが蹴り上げる。
そうやって開いた道をリースがシャルロットをかばいながら抜けていく。
城の中を駆け巡り、城門を破り、町を抜けていく。
それでも、獣たちは群がる事をやめない。
「船、見えた!」
ようやく港にたどり着くも、獣は行く手を遮り続ける。
「おい、速くしな! もう出港すんぜ!」
巻きあげられ始めた船のタラップの先に薄ぼんやり見えるのは船員か。焦ったように叫んでいるのが聞こえる。
「いけ、リース!」
道を拓いていたホークアイとケヴィンが港に入り口で足を止め、リースとシャルロットを先に行かせた。
その間を割って、リースとシャルロットが抜けていく。
それを確認してからホークアイは懐の投げナイフを獣の前に投げて駆け出した。
「おい! お前ら何をしている!」
その背後から、珍しく理性をなくしていない獣人が獣を掻き分けながら進んでくる。
「まずい、お前ら、速く跳び移れ!」
タラップを巻き上げた場所から船頭が手を伸ばしていた。
ホークアイたちもスピードを上げていく。
しかし、桟橋の中ほどまで来たときだった。
「あうっ!?」
何のいたずらなのだろうか、シャルロットの足がもつれて、転倒してしまう。
「シャルロット!?」
勢いで外れた手をシャルロットに伸ばすリース。
それをホークアイが抱えあげた。
「ホークアイさん!」
「止まるな!」
ほとんどタックルのような勢いで担ぎ上げられてリースは不満を漏らすが、ホークアイはそのまま走る。
「でも!」
「ケヴィンもいる! まずは飛び乗る事を優先しろ!」
「……はい。」
納得はしてないようだが、返事をしてリースはされるがままになった。
少しずつ動き出していた船に追いつき、ホークアイは懐から出した鍵縄を手すりに引っ掛ける。
「間に合わんぞ! 急げ!」
船頭がケヴィンたちに怒鳴っている下でリースを登らせ、そして自身が登った。
「急いで!」
必死に手を伸ばすリース。駆け寄ってくるケヴィンに乗ってシャルロットも必死に手を伸ばす。
その手は、すれ違うときに、指先を合わせ、空を切った。
「シャルロット!」
「リースしゃん!」
徐々に開かれていく二つの指の間。それを詰めようと、リースはさらに身を乗り出す。
「リース、落ちる!」
それを引き戻したホークアイが自分たちが登ってきたロープを放った。
「シャルロット! ケヴィン! つかめ!」
うまくそれをつかんだケヴィンとシャルロットが登りだすが、その上の部分を投げナイフが切断した。
「!」
全員が息を呑む。
そこに突き刺さったナイフは、皮肉にも、ホークアイが先ほど威嚇に投げたものだった。
切り離されたロープは重力に従い、それに伴って、ケヴィンとシャルロットは桟橋に落下する。
「全員は、逃がさん!」
二人の目の前には先ほどの獣人が立っていた。
その間にも船はどんどんと離れていく。
「シャルロット!」
「リースしゃん!」
その手は、もう、届かない。
さて、最近エンジンに火が入ってきているこのシリーズ、お楽しみいただいているでしょうか。
更新速度が遅くて申し訳ありません、としか言いようがないのですが……
とりあえず、月一、もしくは、二月に一回くらいの更新速度を目標にして入るのですよ? 目標には……。
……ごめんなさい。
Fisher man