現場から戻った我聞が自社のプレハブの扉を開ける。
「……、ありゃ、誰もいない。」
電気がついているため、誰かはいると思っていたのだが、実際には誰も見当たらなかった。

おかしいと思いながら周りを見回してみると、かすかにパソコンの機動音がしている。
「なんだ、いる……」
よびかけようとする我聞の言葉は、見えた光景に遮られた。
腕を枕にして眠る陽菜。整った唇からはすー、すー、とかわいらしい寝息が漏れていた。

寝顔

目の前のパソコンのディスプレイには、支出、収入等、びっちりと文字が書き込まれている。
それを見れば内容が良く分からない我聞でも、合計の部分が赤字になっていることは分かった。
その大部分の原因が自分の無茶であることを、すまなく思う我聞。
由々しきことだ、と眉をしかめ反省する。
「……しゃ、ちょお……」
「!」
と、寝息にのせて、陽菜が我聞を呼ぶ。
起こしたか、と驚いて振り向く我聞。
しかしその心配をよそに、少し唸って陽菜の寝言は続いていく。
「……あ、だめです。そんなことしないで下さい。ああ、そっちじゃありません……」
(
む……、夢の中でも俺は迷惑をかけているのか!?)
日ごろから頼れる社長を目指す我聞には、日ごろ迷惑をかけているだけに、この寝言は耳に痛いものだった。
思わず顔をしかめてしまう。
「……全く、仕方がないですね。」
陽菜の困ったような寝言が続く。しかし、その顔は反対にどこか晴々と嬉しそうな笑顔だった。
起きている間には見られないような、どこかふんわりとした優しい笑顔。
その無防備できれいな顔に、我聞は思わず見入ってしまう。
時間が止まったような錯覚。
その場を、パソコンの駆動音だけが流れていた。
それから時間にして数分か、数秒か。長い静寂が破られる。
眠っていた陽菜がもぞり、と体を揺らし、唸った。

別段、何もやましいことはないのだが、何故か後ろめたい気持ちになる我聞。

目覚めの兆しを見せるにつれてわたわたと慌てるが、それが陽菜に影響するはずもなく。そのままゆっくりと陽菜が目覚める。
「……社長?」
ぐっと無防備に伸びをしたところではたと気づく。

「あ、お、おはよう、國生さん。」
もう夜なのに、おはよう。どうやら我聞はかなり動転しているようだ。

互いを見つめあい、沈黙が流れた。
「……いつからいました?」
おずおずと、恥ずかしそうに口を開く陽菜。

心なしかその頬は赤く染まっている。職場で寝てしまい、起きてみれば我聞が目の前にいる。
それがたとえよく知った我聞であるとはいえ、寝顔を見られたことにはやはり抵抗があるのだろう。

「つ、ついさっきだよ。」
その表情に、口ごもってしまう我聞。

「……そうですか。とりあえず、これ終わらせますから。待っていてください。」
頬が赤かったり、妙に慌てていたりと挙動不審な我聞をまだ疑ってはいるようだったが、一応の納得を見せる陽菜。
それ以上の追求を避けるように我聞は目をそらした。
慣れた手つきで陽菜は経理ソフトを手早く操作していく。
我聞は、何を考えるでもなく、そらした目を陽菜の手に向けていた。
やがて、ひと段落ついたのか陽菜がパソコンの電源を落とす。
「社長、終わりました。」
「あ、ああ、そうか。じゃあ、帰ろう。」
ソファに腰掛けていた我聞に声をかける。
応対する我聞はぎこちない。陽菜の顔を見るたびに先ほどの寝顔が浮かび、どうも調子が出ない。
その様子に、陽菜も寝顔を見られたことを強く実感してしまう。

意識がそちらに向いてしまって何を話していいか分からなかった。
ただいつもやっていることとして、無言で照明を落とし、社屋の鍵を閉める。

終始、無言。二人は何を話すでもなく、ただ並んで歩く。

社宅の前であいさつをかわして別れ、結局会話のないままそれぞれの自宅へむかった。
その後、意外とすんなり陽菜は眠れたが、我聞はなかなか寝つけなかった。


翌日には普通に戻っていた二人だったが、優がニヤニヤと笑っていたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふむ。初我陽。謎ですなぁ。

ま、そゆことで。國生さんの妻発言に萌え萌えです。()

                                              Fisher man