包帯だらけのシェリーの手には、黒い魔本がない。
そして、あの黒い魔物も…
警告
「お久しぶりね、赤い本の持ち主。」
「ああ。何の用だ?」
ブラゴの姿が見えないとはいえ、警戒する清麿。
しかし、シェリーの方は攻撃する気配など、微塵もなかった。
「何の用、とはずいぶんご挨拶ね。」
むしろ、笑っていた。裏に、少しの悲しみを隠して。
「…ブラゴは?」
「そのことで話があるの。上がってもよろしくて?」
少しの後悔と、寂しさを。
「今日は客が多くなる気がする…」
シェリーを前に、ぼそりと呟く。
「何か言ったかしら?」
シェリーの眼光が鋭くなった、気がした。
「いや、なんでもない。ところでブラゴのことで話っていうと…」
「ええ、ブラゴは魔界へ帰ったわ。私の本は燃えたの。」
―昨日―
「何の用だ。」
睨みつけるブラゴ。
「魔物が人間界で出会ってやることなど決まっているだろう?」
不敵に笑うゼオン。
「ふん、身の程知らずが。シェリー!」
「ギガノレイス!!」
巨大な重力球が放たれる。
「ザケル」
それを初期呪文でかき消した。
「力がこもってないな。小手調べのつもりか?」
「当然だ。」
「アイアン・グラビレイ!!」
一直線に伸びる重力波。
しかし、これも相殺する。
「ザケルガ」
巻き起こる砂煙。
「言うだけは、あるか。」
手を抜いたとはいえ、二連続で自分の術を相殺したことに少し感心するブラゴ。
しかし、攻撃の手は緩めない。
「オルガ・レイス!!」
「ザケルガ」
複雑に絡み合った重力波と、一点に集約された電撃がぶつかる。
一瞬の拮抗のあと、重力波が電撃を打ち砕いた。
「がっ!!」
そのまま一直線に、ゼオンにヒットする。
吹き飛ぶゼオン。そこへブラゴが追い討ちのように連打を浴びせる。
蹴り上げ、殴り飛ばし、跳ね上がったところを叩きつける。
しかしゼオンも負けてはいない。
たたきつけられ、地面にバウンドする勢いを使って、ブラゴの肩に置いた手を軸に宙返り。
後ろへ回り込んで蹴り飛ばす。
「がはっ」
「ザケル」
飛ばされたブラゴへの追い討ちも欠かさない。
爆ぜる稲妻が、とっさにガードしたブラゴの腕を焼く。
「なかなか楽しめるな。」
「ザケルガ」
嬉しそうに笑いながらも、隙を与えない追い討ち。
「アイアン・グラビレイ!!」
間一髪で迫る電撃を問答無用で押しつぶす。
「くそがぁ!!」
舞い上がる砂煙を利用し、小声で呪文を唱える。
「リオル・レイス」
ブラゴの両手から、回転を加えた重力球が放たれた。
それぞれが真っ直ぐに、デュフォーとゼオンを狙っている。
「ラシルド」
二つの重力球は現れた盾に当たって爆砕した。
盾にひびが入る。
そして、間髪いれずに
「ディオガ・グラビドン!!」
大技を発動する。
とてつもなく巨大な重力球。それは、自身の重力の強さにより、真空波をまとっていた。
「おおおおおぁぁぁぁぁ!!」
重力球が、現れた盾を飲み込み、ゼオンを飲み込み、デュフォーを飲み込む。
しかし、盾を打ち砕いた重力球が消えた直後。
「ザケル」
ほとんど予想もしていないところから、稲妻が飛び散る。
それは、ブラゴたちを狙ったと言うより、その足元を狙ったように見えた。
「シェリー、もう一発だ!!」
「ええ!ディオガ・グラビドン!!」
再び放たれる重力球。
しかし、また同じことが起こる。
「なかなかきいたぞ…」
「そこか!」
「レイス!!」
声のする方に打ち込むも、当たらない。
それどころか、砂煙がさらに巻き上がり、視界が悪くなる一方だ。
「キリがない…ブラゴ、周りを一掃するわ!!アイアン・グラビレイ!!」
すさまじい重力波が、砂煙を押さえつける。
ブラゴの動きにあわせて、周り全てがクレーターのようにへこんだ。
しかし、二人の姿はない。
「なっ、どこへ!?」
辺りには何もない。
「シェリー、下がれ!!」
ブラゴが叫ぶ。言われたとおりにシェリーが下がった直後、元いた場所に、岩石が振ってきた。
「なっ!?」
「うおりゃぁ!!」
その岩を砕くブラゴ。大き目の破片に分かれ、辺りに散らばる。
と、その岩のいくつかに立て続けに何かがぶつかった。
ぶつかった岩が、淡く光りだす。
「…なんだ?」
「…何もない様ね…。」
しかし光るだけ。特に気にかけず、岩の飛んできた方に顔を向ける。
「ザケルガ」
また、足元に電撃が炸裂する。
とびずさる二人に、さらに電撃が続く。
何度か繰り返し、距離が開いたのを見計らったのだろうか。
ダメージを負ったような姿でゼオンとデュフォーが現れた。
「フン。さすがブラゴと言ったところか。ディオガ級を二連発とはな。しかも余波だけでこのダメージ。たいしたものだ。」
あいかわらず口調は嘲るようなものだが。
「言葉の割りにダメージが大きそうだな。」
ブラゴの台詞にも嘲笑が混じる。
「安心しろ。これで終わりにしてやるよ。シェリー!!」
「バベルガ・グラビドン!!」
アイアン・グラビレイとは比べ物にならないほどの重力波が、全てをなぎ払いながら走る。
「そうだな。終わりにしようか。」
「ゼオ・ザケルガ」
ゼオンが手のひらの光球を地面にたたきつけると、そこから巨大な白龍が現れた。
真っ向から重力波とぶつかる。
しかし、重力波の影響だろう、徐々に白龍が揺らぎ、下降していく。
「どうやら、これで終わりのようだな!?」
ブラゴの、勝利を確信した声が響く。
「クククククク…」
だが、何故かゼオンは笑っていた。
「何がおかしい!!」
「ククククククク…」
ただ笑い続けるだけ。
そしてその笑いは、地響きをとどろかせながら白龍が地に堕ちた時、いっそう高くなった。
「クハハハハハハ…術が堕ちたところをよく見ろよ。」
白龍が堕ちたところ、それは先ほどから輝いている岩のところだった。
「なに!?」
術の消滅だと思った爆発の中から、再び白龍が姿を現す。しかも、その形態を変えて。
「そん、な…」
白龍が重力波をものともせずに上昇を始める。
「バカな!?」
白龍は重力波を食い破り。
「クハハハハハ!!残念だったなブラゴ!!」
無防備になったシェリーとブラゴに襲い掛かる。
「クソッ!」
「ブラゴ!?」
衝突の瞬間、ブラゴがシェリーを突き飛ばす。
「ぐおおぁぁぁ…」
白龍はブラゴに直撃し、その余波がシェリーを襲う。
すさまじいエネルギー波がシェリーを吹き飛ばし、黒の魔本に、火を、つけた。
「なかなか楽しめたぞ。クハハハハハハハ…」
高笑いを残し、ゼオンが消える。
「クソッ、ここまでか…」
地面を殴り、大穴をあける。
「ごめんなさい…貴方の本、守りきれなかった…」
ひざを折るシェリー。
「必ず王にする、どんなことがあっても貴方を王にすると誓ったのに…」
「…フン」
「あなたは、それだけのことをしてくれた。私とココを助けてくれた…なのに…」
悔しい。自分の言葉を守れなかったことが。
辛い。この黒い魔物に、自分と親友の恩人に、何の恩も返せなかったことが。
悔しく、辛い。自分の無力さが。
何も出来なかった。そのことを呪う。
その悔しさが、涙となって頬を伝う。
「ごめんなさい、ブラゴ…ごめんなさい…」
ただ俯く。と、不意にブラゴが問うた。
「貴様、あいつと戦っている時に手を抜いていたか?」
「え?」
理解が追いつかない。
「手を抜いていたかと聞いている。」
「そんなわけないでしょう!!全力だったわ!!」
ただ、そう思われるのが嫌で即座に反論する。
「ならかまわん。あいつが俺より強かった、それだけだ。」
「ブラゴ…」
非難などされていない。
「だからお前が気にすることじゃない。」
むしろ彼なりの、不器用な、慰めだった。
「…ごめんなさい…ごめんなさい…」
それを感じて、さらに申し訳なくなる。
「…もう泣くな、鬱陶しい。最後くらい笑って別れさせろ。」
だんだんと透けていく体。もう、触れることもかなわない。
「…分かった。…ありがとう、それから、さよなら。」
無理に作る笑顔。
「じゃあな。」
ブラゴの姿が消えた。
彼らしい、鼻で笑った表情で。
空を見上げるシェリー。
「ありがとう」
そう一言だけ呟いて。
「ブラゴまで…」
「ええ。作戦負け、と言ったところかしら。」
悔しさを微塵も見せず、シェリーは淡々と語った。
その様子が、逆に悔しさを物語っている。
と、子供達が帰ってきた。
「ただいま〜なのだ!!」
「おじゃましま〜す。」
そのまま部屋に帰ってくる。
「お?シェリーではないか?ひさしぶりだのう。」
「!!」
シェリーを前に、二者二様の反応をする。
軽く声をかけるガッシュと、身構えるティオ。
「赤い本の子も帰ってきたようだし、帰らせてもらうわ。」
「ああ。」
「負けないで、とは言わない。ただ、アイツはかなり強い。そう、言っておくわ。」
その言葉を残して部屋を出て行く。
清麿は、それを部屋の窓から見送った。
「清麿、あの人と何を話してたの…?」
恐る恐るティオが聞く。
「ああ、大変なことになった。」
家の前からシェリーの車が発射したのを見送って、清麿が口を開く。
「ブラゴとウォンレイが、魔界に帰った。」
「嘘!?」
「本当なのか清麿!!?」
慌てふためく二人。
「本当だ。リィエンも来てたんだよ。」
重く語る清麿。ガッシュは、再び問うた。
「一体誰に!?」
「ティオ、お前も見たって言っただろ?ガッシュに似ているけれど、近寄りがたかった奴。そいつだ。」
はい。ブラゴも帰りました。非常に難産でした。
黒本組ってとにかく強いイメージでしょ?負けるとこも、別れも想像しにくくて…
ま、何とでもなるのですね、やってみれば。ではでは〜。
Fisher man