朱色の本が燃え、ティオの体が透ける。

魔界の命運は、金と銀の魔物に託された。

王となる、一人に。

 

最終決戦 ()

 

「ごめんね、ガッシュ。アタシの本、燃えちゃった…」

少しずつ透けていくティオの体。

ガッシュは、大粒の涙を流しながらその手をとる。

「恵、最後の呪文よ。」

そっとパートナーに目配せをする。その意を解して、恵は燃える朱本に手を伸ばす。

「恵さん!?」

「動かないで。大丈夫だから。」

そうは言っても、燃える本を持ち上げるのは無理なようでその上に手を置くだけになる。

「第五の術、サイフォジオ!」

かざしたティオの両手の上に、大きな光の剣が現れる。

その手の動きに合わせて、回復の光剣が、深々とガッシュと清麿に突き刺さった。

つばの部分の羽が回転を始め、清麿たちの傷が癒えていく。

「恵!清麿!今まで楽しかった。ありがとう。」

マルスに襲われ、他人を信用できなくなった自分にやさしく接してくれた。また他人を信じられるようにしてくれた。

その感謝をこめて。

「ガッシュ!あんたが絶対王様になりなさいよ!!あんなのに負けたら承知しないからね!?」

以前かわした約束。それを守れない悔しさを隠して。そして、自分たちの目標がかなうことを信じて。

「ティオ、ありがとう。」

「ティオ、ガッシュは俺が王にする。必ずだ!」

「約束する!私は負けぬ!私は、優しい王様にならねばならぬのだ!!」

ティオは魔界へ帰っていった。

 

 

「…あの爆発からどう生き延びた?」

いぶかしそうにゼオンが問う。

「簡単なことさ。マ・セシルドでも防ぎきれないのは分かっていたからな。ラウザルクでガッシュに俺たちを避難させたんだよ!」

恵を避難させ、清麿たちは戦闘態勢に入った。

「ザケルガ!!」

「ザケルガ」

高速の電撃。二つが再びぶつかりあう。

「無駄だ!さっき破られたのを忘れたか!」

しかし、今度はガッシュのほうが押し勝った。

「なんだと!?」

何とかかわしたものの、驚きを隠せない。

「さっきなんて昔のことは、忘れたよ!!」

にやりと笑う清麿。

「くっ、ふざけるな!なぜこの俺がガッシュごときに押されねばならん!?くそっ、デュフォー!!」

苦々しげに言葉を吐きつけ、手に作り出した光球を地面に叩きつける。

「ゼオ・ザケルガ!!」

デュフォーの声と共に光球から青白い龍が出現した。

「清麿!!」

そして、ガッシュの叫びに応じて赤い本が強く輝く。

「ああ、これしかない!!でやがれ、バオウ・ザケルガァァァ!!」

金龍が、ガッシュと清麿の思いを具現化するかのようにすさまじい咆哮をあげる。

上空でもつれあう二匹の龍。

互いの体を絞めあげ、噛み合う。

「ぐぅぅ、もってくれよ…俺の心…」

赤い本を手に気力を振り絞る清麿。

ゼオンも、さっき破った術が、今自分達の術と互角なのを見て、動揺を隠せない。

「なぜだ!!なぜお前らはまだ戦える!?最大呪文もさっき敗れたのを忘れたのか!?」

その言葉に、

「忘れたか?俺たちの戦いは心の戦い。心が折れたほうが負けなんだよ!!術がどーのじゃねぇんだ!!」

苦しそうな顔で不敵に笑う清麿。

「それに、俺たちには背負っているものがある。お前らなんかに負けられねぇ、でっけぇ理由がなぁ!」

その笑みの裏には、今までの経験がよぎっていた。

『魔界に優しい王様がいてくれれば、こんな戦い、しなくてよかったのかな…。』

(コルル、しおりさん…)

別れさせねばならなかった後悔。

『僕は王様になるんだ!!

(キャンチョメ、フォルゴレ…)

弱虫で、それでも敵に立ち向かっていった勇気。

『メルメルメー!!

(ウマゴン、サンビームさん…)

言葉は通じなくとも、共有した思い出。

『この戦いが終わったら、王様をかけて本気で戦うぞ!!

(キッド、ナゾナゾ博士…)

教えられた、心の強さ、成長。

『私たちが戦うのは最後アルよ!!

(ウォンレイ、リィエン…)

見せてくれた、なにがあっても守り抜くという決意。

『頼む。ロップスの住む世界の王をあんな奴にさせないでくれ…』

(ロップス、アポロ…)

全力で戦った清々しさと、約束を果たせなかった怒り。

『あなたたちの誰かが、必ず王になるのよ!!

(レイラ、アルベール…)

信じ、託してくれた希望。

『強くなったわね、赤い本の子。』

(ブラゴ、シェリー…)

ぶつかった、非情なまでの勝利への執念。

『あんたが絶対王様になりなさいよ!!あんなのに負けたら承知しないからね!?』

(ティオ、恵さん…)

そして、今託された約束、信じてくれた思い。

そしてそれらだけではない。

赤い本を手にした時からのすべての経験が、清麿とガッシュを支え、力を与えていた。

「おぉぉぉぉぉ!!俺たちの思いに応えろ赤い本!!こいつは、こいつだけは、絶対王にしちゃいけねぇんだ!!

その叫びにのった清麿の思いに応えるように、赤い本がさらなる光を放つ。

そして、その光を助けにするように、金龍が強く、高く咆哮をあげた。

「バオオオオオオ!!

白龍を押し返す金龍。

しかし、未だ最後の一押しが足りず、白龍がしぶとく粘る。

しばらく膠着状態が続き、ついに、二龍の光が消え始めた。

「くっ、はは、残念だったな…」

それを見て、少し安堵したようにゼオンが笑う。

「バオウ!!てめえ、こんなんでくたばるつもりはねぇだろうなぁ!?俺たちは今まで消えていった奴らの願いも背負ってんだ!!

そしてあいつだけは、何があっても王にしちゃいけねえんだ!!」

再び清麿が吠えた。

「バオォォォォ!!

そして、金龍がそれに応えるがごとく、咆哮をあげる。

まるで、そんな当たり前のことを言うな、とでも言うように、力強く、誇り高く。

赤い本の更なる輝きと共に、金龍の形態が変化していく。

「馬鹿な!?ザグルゼムは撃っていないはず!!なのにどうして!!」

牙が伸び、左右に広がったそのフォルムは、まさにザグルゼムで強化したバオウそのものだった。

「いっけぇぇぇ!!」

無論、消えかかった白流にそれを阻む力はない。

ラシルドを発動するまもなく、ゼオンとデュフォーは一気にバオウに飲み込まれた。

それでも、立ち上る砂煙に視界を奪われながら、ゼオンはなんとか立ち上がり、デュフォーの方に歩いていく。

「く…そっ、まだだ…まだ呪文は唱えられる…な。」

デュフォーも身を起こし、ああ。と短く返事をした時だった。

「いや、これで終わりなのだ!!」

高く響くガッシュの声。

「どこだ!?」

ゼオンが辺りを見回す間もなく、短い跳躍音と風を切る音をひきつれ、すさまじい速さでガッシュが飛び込んできた。

「こ、金色!!」

ゼオンの驚愕のとおり、ガッシュの体は、金の光を放っていた。

「あぁぁぁぁぁ!!」

「く、来るな!!」

掛け声と共に怯えるゼオンの腹に拳が食い込む。

「グハゥッ!!」

膝を折り、倒れ伏す前にゼオンの瞳に映ったのは、デュフォーから本を奪い取ったガッシュの姿と、その手にある燃え始めた自分の魔本だった。

 

決着は、ついた。

「ガッシュ…やったな。」

「ウヌ…」

銀の魔本が燃え尽き、ゼオンが送還される。

隠れていた恵も出てきていた。

とその時、赤い魔本が光った。最後のページに文字が浮き出る。

「なんて書いてるの?」

「えっと…」

『おめでとうございます。あなたの魔物が魔王陛下になりました。つきましては、陛下をこちらに呼び戻します。

そのため、この本を閉じたら陛下の送還が始まります。ちなみに、魔本は残りますので記念にお持ちください。』

つらつらと文章が書かれている。それはやはり、ガッシュの帰還条件を示したものであった。

「だそうだガッシュ。とうとうきたな。」

いつか来る。そう思っていた別れの時。

それが目的を達するまでやってこなかったのだから、少し、喜ぶべきなのかもしれない。

思えば、一人部屋に引きこもっていた清麿のところに大鷲と共にガッシュが乱入したときからこの物語は始まった。

いくつもの出会いと別れ、戦い。

そのすべてが今では二人の懐かしい思い出である。

沈黙が場を支配する。

言いたいことはたくさんあった。

だが、それを口にするのはためらわれたし、できなかった。

「ありがとうの、清麿。」

「俺もだ、ガッシュ。ありがとう。」

二人の口から出たのは、『ありがとう』その一言だけ。幾つもの意味を含んだ、五文字の言葉。

「行くか。」

「ウヌ。」

必死に涙をこらえる清麿とガッシュ。隣では恵が、すでにもらい泣きしていた。

崩れそうな笑顔で、ひとしきり笑いあった後、清麿は本を閉じた。

ガッシュの体が、淡い光を帯び始める。

「…元気でな、優しい王様。」

「ヌ。任せるのだ。」

「ティオのこと、よろしくね。」

「もちろんなのだ。」

どんどん透けていくガッシュの体。清麿はガッシュに拳を突き出し、ガッシュもそれに答えた。

「…また、会いに来い。何年かかってもいい。必ず、会いに来い。」

「ウヌ!さらばなのだ清麿!恵殿!」

ガッシュの体が消えた。赤い本を清麿の手に残して。

その確かな質量だけが、彼らの戦いが夢でないことを示していた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

最終決戦です。がんばりましたよぅ。もともとアップしてた最終決戦いじくって、直して。

まあ、そんな作業だったから、こんな短期間でアップするんですけど。

とりあえず、魔王決定戦は終わりました。

でもこのお話は、まだちょっと続くんです。

                                                Fisher man