血風が、舞う。赤々と眼下に広がる炎が、町のすべてを飲み込んでいった。
その中心にいるのは、漆黒の髪の男と、一人の少年。
男は、右手で深々と女性の胸を貫き、ゆがんだ笑みを浮かべて金の瞳で少年を見下ろしている。
這いつくばったまま、男をにらむことしか出来ない少年。男は無造作に女性の遺体を放ると、蝙蝠のような翼を大きく広げ、ゆっくりと飛び去った。
夜空に、高笑いを響かせながら。
その高笑いの中、少年は男への復讐を誓い、気を失った。
ローラン戦記 山葉 狐
――クハハ、この母親に免じて貴様は許してやる。ではな、小僧。次はもう少し強くなってから来い。でなければ、いたぶる楽しみも湧かないというものだ。ハハハハハ……――
「ッッ!?」
短めの茶色い金髪を振り乱し、少年はとびおきた。
いや、青年といったほうが正しいだろうか。
顔つきにこそあどけなさを残すものの、身体つきは立派な大人のそれだった。
「ちっ…またあの夢か。」
未だに夢に見る幼き日。母を、父を、そして故郷を失った忌々しい日の、夢。そして、いまだ耳の残る、仇の癇に障る笑い声。
ズキリ、と右頬の傷がうずいた。
この三筋の傷も、あの日、あの男につけられたものだ。母を葬ったのと同じ、あの男の右手の爪で。
この夢を見るたびにうずく。あの男を忘れさせないようにしているとでも言うのか。
そんな心配など必要ないというのに。
「旦那ぁ、もうすぐ村ですぜ。」
と、青年の思考を、荷車を引く農夫がさえぎる。
「分かった。」
青年はその言葉に短く返事をし、傍らのマントを身に着けた。すぐに抜ける位置にあった剣も腰に差す。
先ほどまでの思考を振り払うように、青年――ローラン・クレルア――は、頭を振った。
「おお、よくいらしてくれました、退魔士様。私がこの村の長老でございます。」
村に入ったローランを迎えたのは、長老をはじめとする老人たちだった。
「吸血鬼、ですか。」
「ええ…」
長老の話によると、吸血鬼が襲ってきたのは、半月前の夜だったという。吸血鬼は、月を覆い隠すほどのこうもりを引き連れ、手当たり次第に村人に襲いかかっていったそうだ。
見れば、老人たちの首や腕、足などには包帯が痛々しく巻かれており、所々焼け残っている家々が、襲撃の悲惨さを物語っていた。
「そうして若人は操られるままに城に連れて行かれ、村に残されたのは老人ばかり、ということなのです。」
言いながら長老は、丘の上の古城を杖で指した。
確かに古さを感じさせる大きな城である。一体何の目的で建てられたかは知らないが、遠目にみても、長年使われていないことは明らかだった。
「それから、宿に一室用意してあります。今日のところは長旅の疲れを癒してください。」
長老の先導で、村唯一だという宿屋に案内された。
部屋まで案内してもらうと、ローランは宿の主人に人払いを頼む。周りに気配がなくなったことを確認してから剣に声をかけた。
「クルル、もういいぞ。」
その言葉を待っていたように、ローランの剣が淡く輝き、青い髪の少女が現れる。彼女はローランの剣に宿る精霊であった。
確かに、呪術師のような服装と、その体を包む淡く青白い光が、ローランの腰ほどしかない彼女の体躯に、人外の雰囲気を漂わせている。
「まったく。いつまで待たせるんじゃ、この阿呆め。」
かわいらしく結われたツインテールを揺らし、クルルは不平をもらした。
「あー、悪かった。荷車に乗ったときから閉じ込めてたのは謝るよ。」
「まったく。由緒正しいこの剣霊クルル様を長時間も狭い剣の中に閉じ込めおって…!」
ぐちぐちと不平は続く。口調から、長くなることを経験的に感じたローラン。面倒そうにクルルの愚痴を遮った。
「不満は後で聞くよ。それより今回の件なんだが…」
「吸血鬼であろう?それも何人も操って連れ去った。」
ローランの台詞を継いで、クルルが答える。
「ふむ、魔力血清の準備もいるしの。協会の情報なら苦戦はせんだろうが、吸血鬼は逃げの戦略がうまいからのう。本人を討滅できなかったときに備えて魔力の型を調べるのと、小手調べをかねて一戦打つしかあるまい。」
「…お前もそう思うか。なら、それしかないな。」
奇しくもクルルと同じことを考えていたローラン。
今の少ない情報ではこれが精一杯、と布団にもぐり、クルルも剣に戻った。
布団の中で頬の傷が、少し、うずいた気がした。
長老たちも、比較的怪我のない腕の立つ者を、道案内に同行させようとしたのだが、ローランは足手まといだとそれを断り、一人で古城へと向かった。
丘の上にそびえたつそれは、所々のひび割れから,怪しい魔力を漂わせていた。
「さて、行きますか。」
「油断するなよ、あくまで小手調べじゃぞ?」
「分かってる。刃、落としといてくれよ。」
目の前の扉を蹴破って、城の広間に入り込む。
しかし、真正面に破れた大きな肖像画が鎮座しているだけで、生き物の気配はない。漂っているのは際限なくもれてくる魔力のみ。
「どうなってる?こうもりの気配すらないぞ?」
「わからん…ただ、用心するのじゃぞ。」
村人は、たくさんのこうもりを引き連れて、と言っていた。
ならば、連れて行かれた村人はいないにしても、昼間眠るこうもりがここで寝ていてもおかしくない。
同時に、広がっている不気味なほどの静けさと垂れ流されている魔力に、ローランは戸惑いを覚えていた。
(この魔力、以前、どこかで…)
とその時、ローランの思考と静けさを打ち破るように、笑い声が響く。
はじかれたように声がしたほうを向くローラン。
忘れもしない。あの闇に溶けるような漆黒の髪。こちらを見下したような金の眼。この耳にへばりつくような癇に障る笑い声。そして、この肌を刺すような魔力波動。すべてが、繋がった。
「はじめまして、退魔士さん。私の名は…」
「吸血鬼、漆黒のエレグノだろ?」
バサリと黒いマントを広げて降り立った吸血鬼の自己紹介をさえぎって、憎々しげにその名を吐き出すローラン。
「おや、初めてではないのかな?だが私の記憶の中に君のような知り合いはいないのだが…ふーむ…」
とぼけたようにあごに手をやって、考えるしぐさをするエレグノ。
「どうした、ローラン!?なぜお主はこやつを知っておるのじゃ!?」
エレグノ同様、クルルも事態を飲み込めていない。
ローランは吐き捨てるように呟いた。
「忘れるものかよ…、俺の故郷を滅ぼしたのは、あいつなんだからな…」
ギリ、とローランは奥歯を噛み締める。
エレグノもそれでようやく合点が行った、と手を打った。
「ああ、どこぞの生き残りか。といっても、たくさんおりすぎて、どこの生き残りかなぞ分からんがな。」
その嘲笑の混ざった言葉に、ローランは目を見開き、石床を蹴って跳躍する。
「ローラン、待て!」
しかし、激昂したローランの耳に、クルルの制止は届かない。上段に構えた剣で一気に切りかかった。
「甘いなぁ。蚊がとまる。」
エレグノは身をかわし、ローランの剣は空を切る。
追いすがるように剣を振るが、じゃれる子供をいなすように軽くあしらわれてしまう。
「どうしたどうした。かすりもせんぞ?」
「くっ…なら!」
バックステップで距離をとり、タメを作る。
「紫電の刃よ、その道を塞ぐ一切すべてを貫け、ドナー・クリンゲン=I!」
振りぬいた剣先から伸びるのは三条の雷光。床の石畳を余波で削りながら、雷光はエレグノへと直進する。
しかし、エレグノはかわそうともせず、不気味に笑っていた。
雷光が、そのままエレグノを貫通した。
かに見えた。
「なんだと!?」
直撃すると思っていた雷光の前に何かが飛び出し、エレグノの手前で爆発したのだ。
あっけにとられるローラン。
「…何であんたがここに!?村で待ってろって行ったじゃないか!」
晴れた煙の中から現れたのは、依頼主の長老。
長老は杖を前にかざしたまま動かない。
「待て、ローラン!様子がおかしい」
駆け出そうとするローランを声で押しとめる。
クルルの言うとおり、長老の目に光がない。首もとの包帯だけはずされていて、二穴の吸血痕が、淡く光っていた。
「この翁程度の魔力でお前の魔法が防げるはずがなかろう?」
「…まさか。」
故に、導かれる結論はひとつ。
「ご名答だよ、退魔士くん。ご想像の通り、村人全員が私の配下だ。退魔士は、魔力にあふれている者がなる職業だからねぇ。」
わざわざ依頼して呼んだのさ、と、エレグノはおかしそうに笑いをこらえている。
「…全部、罠か…」
「いまさら遅いがの…」
いつのまにか周りは正気を無くした村人に囲まれていた。
じりじりと輪はつめられていく。
「ちっ、手詰まりか。」
魔力で強化されているとはいえ、彼らは何の能力も持たないただの村人である。この程度の包囲網、ローランにとってはなんでもなかった。しかし無理に抜ければ、彼らの全滅は免れない。魔力血清さえ打ち込めば元に戻れるため、徒に彼らを殺すわけには行かなかった。
(しかたない、か。)
ローランは剣を鞘に納め、放った。
「理解のいい子は好みだよ、退魔士くん。」
エレグノの顔が、愉悦にゆがむ。
「さてと、魔力を伴った吸血は、夜でないと意味がないんだ。それまで地下牢ででも大人しくしていてもらおうか。」
パチンとエレグノが指を鳴らすと、取り囲んだ男たちが魔力波動を放ち始めた。
「分かっていると思うが、私の支配下、ということは私の手足ということだ。つまり…」
放たれる魔法弾。圧縮した闇の魔力がローランを襲う。八方からの魔法弾をかわす術はなく、かわすわけにもいかなかった。
「私の魔法の発射台にもなるということさ…」
薄れ行く意識の中、エレグノの癇に障る笑い声が響いていた気がした。
牢の扉が開けられ、ローランが乱暴に放り込まれる。続いて、ローランの剣も放り込まれた。
村人の一人がエレグノの声で話し出す。
「目が覚めたかね、退魔士くん。とりあえず、忘れ物はいけないな。その剣に預けてある魔力もきちんと君の中へ戻しておいてくれたまえ。私達は血を介してでないと魔力は吸えないんだ。」
言い終わったと同時に牢の扉が閉められる。出て行く音がして光が消えた。
地下のためか光も差さず、視界を闇が支配する。
その中に、青白い光がともった。
「ローラン、無事か?」
実体化したクルルが触ると、すんなりと縄が切れた。
ぐるぐると肩を回すローラン。
「ってぇ…。っと相変わらずだな、さすが剣霊だけある。ま、とりあえずは問題ないさ。魔力血清作るのが、宿屋でなく牢屋になっただけだ。」
幸い牢といっても、格子タイプの扉ではないため、中は覗けなくなっている。最も、エレグノに操られているだけなので、気づかれる恐れはないが。
「たく。熱くなりすぎだ、バカタレめが。あんな戦い方では、どんな達人も並みのヤツにすら勝てんわ。小手調べといっておいたであろう!」
「…そうだな。」
少し説教じみているクルルの言葉に、言い返せないローラン。それほどまでに子供じみた戦いだった。
「のう、ローラン。話してはくれぬか?何故お主はあれほどに取り乱したのだ?故郷を滅ぼされたと言っておったが、どういうことなのだ。それに魔力血清も作れるとも言ったが?」
力をこめて、自らの周りの光を強めるクルル。ローランも適当なところに腰を下ろした。
「…やっぱその話か。」
ため息をひとつ、苦々しげに吐き出す。
「あー、今俺が二十二、三だったか…?だから、もう十年近くも前になるか…」
ポツポツと語りだした。
「そういや、あの日も満月だったな…」
夜も深まってみなが寝静まった頃だったか。幾百の吸血鬼を従えて、エレグノはローランの故郷に飛来した。
突然の来襲には、魔力に優れた里の人々でさえも数に押されてしまい、ある者は魔力を奪われて干からび、またある者は操られて幾人もの同胞を葬った。
結局生き残ったのはローラン一人。それも、偶然通りかかった旅人に救われなければそのまま死んでいた、というほどだ。それほど、彼の故郷は完膚なきまでに壊されたのだ。
「俺もその時噛まれてな。あいつに操られたうちの一人なんだ。意識はほとんどなくて、覚えてるのは炎の中のアイツと胸を貫かれた母親だけ。父親は吸血鬼に囲まれて死んでたって後で埋葬してくれた人に聞いた。」
手元に魔力を集めて、淡々と語る。始めこそ語り難そうだったが、語りだすとそうでもなかった様で、するすると話し終えた。
「では、主はどうやって戻ったのじゃ?」
「どうも、母親が魔力血清を打ち込んでくれたらしい。おそらくそこをエレグノに刺されたんだろうな。」
「む、すまぬ。」
気にするな、と首を振り、魔力の練度をあげていく。やがてそれは注射器のような形を作っていった。
「…のう、魔力血清なのは分かるんじゃが、何で注射器なのじゃ?」
呆れたような、不思議がっているような声でクルルは聞いてみる。
「俺が魔力そのものの状態で外に維持するのが出来ないからだ。普段の魔法も雷に変えて使ってるだろ?イメージ的に注射器が出ただけだ。」
「…そうか。」
「おそらくこの構成であってると思うんだが…何せ初めてだからな、魔力血清なんて作るの。うまく効いてくれりゃあいいが…、まぁ、効かなかったら効かなかったでその時か。」
気にしても仕方ない、とローランは横になった。
クルルも光を消し、何かを考えている風のまま、見えなくなった。
ガチャリと扉が開く。どうやらお迎えが来たようだ。
「時間だよ、退魔…ゴブッ!」
扉を開けた村人に注射器は命中し、そのまま後ろに倒れる。
吸血痕に光はない。
「心配ない、効いておる。」
「なら、あいつんとこに行こうや。」
緋色のマントを翻し、注射器片手にローランは駆け出した。
「そういやどうでもいいが、その容姿でその喋り方、なんとかならない?」
「却下じゃ。」
カンカンと階段を駆け上り、広間への扉の前に到達した。
後ろには累々と血清を打ち込まれた村人たちが倒れていた。
中天には、満月が怪しく輝いている。
「さて、もう魔力血清はないんだが。広間の中にまだいるなんてことはないよな。」
「さあのう。まあ、それなりの数を倒してきたのじゃ、おったとしてもそう多くはあるまい。気絶させて縛った後、追加で血清を作ればよかろう。」
「気絶…力加減が難しいんだよな、あの手のヤツって。」
「つべこべ言うな。いくぞ。」
「…へいへい。」
今度は扉を切り裂く。扉はサクリと切れ、倒れた。
「騒々しいねぇ。村人すべてを気絶させて来るなんて、なかなか物騒じゃないか。」
ワイングラスを傾けながら、こちらを向かずに話す。
「あいにく、魔力血清が出来たんでね。打ち込ませてもらったよ。」
剣を正眼に構える。その言葉にエレグノは首をかしげた。
「魔力血清…?私がここにいると知っていたわけではないし、捕まった間に作ったか…。しかし、噛まれた者から作るには一人では無理…。となると、私は昔君を噛んだことになる…。君の外見年齢から推測できるほどの最近襲った場所の内、魔力に優れたやつらの街は…?」
ブツブツと考え事を始める。しかし、その動作に隙はない。
いつでもこちらの行動に対応できるよう、意識はこちらに向けられていた。
「む、候補地としては二、三あるが、何処にこっそりとした生き残りがいるか分からん。私もなかなかに有名でな。世界中に結構血清は出回っているのだよ。」
パチンと指を鳴らすと、エレグノが座っていたテーブルが消えた。料理も、ワインもである。
「まあ良いさ。幸い夜は長い。楽しむ時間はたっぷりとあるのでな。今度は期待しているぞ、退魔士くん。」
タッと地を蹴って駆け出す。迎え撃つようにローランも駆け出した。
振り下ろした剣を長く伸ばした爪で受ける。同時に、もう片方の爪でローランのわき腹を狙った。
ローランは、気づいて一瞬、エレグノを蹴飛ばし、強引に爪の軌道をそらす。それでも完全にはかわせず、わき腹が少し裂けた。
何十合か繰り返した後、エレグノが笑った。
「ふむ、動きが良くなっているな。それが君の本当の戦闘スタイルというわけか。」
ローランの背に翼が広がっている。そして、パリパリとローランを取り巻くように起こっている放電。魔力を用いて肉体の運動能力を上げ、一気に魔物を討滅するのが彼の本来の戦闘スタイルである。翼と放電は、その魔力の発露であった。
ただ副作用として、気分が高揚し好戦的になるといったものもある。
「ああ、その翼でようやく思い出した。十年前の翼人の里のときか。あやつらの魔力は本当に役に立った。確かにその翼と重ねてみると思い出す男もある。」
話の途中で、姿が掻き消える。ローランは迷わず後ろを振り向き、爪を剣で受けとめた。
「反応も良いな。さすがは翼人といったところか。」
「長々話すな、うっとうしい。」
剣を振りぬいて弾き飛ばし、さらに一ステップで再び肉薄する。逆袈裟に振りぬき、そのまま薙ぎ払う。体制の崩れたエレグノでは薙ぎ切りを受けるのが精一杯で、一撃目はエレグノの体を見事に切り裂いた。
「…ふふ、見事だよ、退魔士。名前を聞こうか。」
「…ローラン・クレルア。」
「クレルア…やはりあの男の息子か。父に似てつくづく甘い男だ。」
ニタリとエレグノが笑う。次の瞬間、深々と切り裂かれた刀傷が瞬時にふさがった。
「なっ!」
驚きで出来た一瞬の隙に、エレグノの右腕がローランの腹を貫く。ずるり、と嫌な音を立てて腕は引き抜かれ、ローランはひざをついた。
「ローラン!!」
「いや、それ以上か。お前の父は一撃食らわせただけでは油断しなかったぞ?まあ、結局私が殺したのだがな。」
クルルは叫び、エレグノはくくく、と愉快そうに笑い、ローランを蹴り飛ばす。
「…やっぱり、母さんだけでなく、父さんもお前が殺したんだな。」
「ああ、母親は君の目の前で殺したんだったな。」
剣を支えに立ち上がるローラン。それをエレグノは嘲笑混じりの声で迎える。
「ほう、まだ立つかね。君の攻撃は私に効かないことは先ほど証明されたばかりだが?」
言う間に一閃、立ち上がったローランが右肩を切り裂いていた。腹の傷もふさがっている。しかし、エレグノの傷は言い終わらぬうちに、ふさがってしまう。
「さて、どうするのかね?」
嘲りに答えず、二閃、三閃と切り裂いていくが、効果はない。それでもローランは繰り返した。
かなりの時間が経過する。反撃があたらないことも手伝ってか、エレグノは痺れを切らし、苛立った声で言った。
「だんまりか。いい加減飽きたから、そろそろ死んでくれ。吸収量は減るが、死体からでも魔力は吸えるんでね。」
「…こっちの台詞だ吸血鬼。」
ゴ、と音を立ててローランの輝きが強まる。トン、と軽く踏み込んだ次の瞬間、ローランの姿が掻き消えた。
次に現れたのはエレグノのすぐ後ろ。同時に、エレグノの体から、血が噴き出す。
「すぐに塞がるといっているだろう!」
爪を振りかぶって振り向けば、そこにローランの姿はない。
かわりに現れるのは、自分の体に刻まれる裂傷。
「再生するといっても、それを上回る速さでやられれば、治りきらないだろう?」
「なっ!」
もはやローランの姿はない。エレグノの体から噴き出す血だけが、彼がいることを証明していた。
「じゃあな、チスイコウモリ。殺した奴らに冥土でたっぷりと懺悔してくれ。」
正面からの唐竹割り。ついた血糊を払うように、ローランが抜き取った剣を振ると、それを合図にしたかのように、エレグノの体が崩れ落ちた。
「終わったか、ローラン。」
「…なんとかな。」
壁にもたれかかるローラン。じわり、と腹から血がにじんでいた。
「まったく、無理をしおってからに。せっかく塞いでやった傷が開いてしまったではないか。」
「悪かったって。とりあえず、エレグノは死んだんだ。後は村人が起きるのを待てばいいさ。」
「…そうだの。お主も動けぬし。」
そう言ってクルルは、座り込んだローランの患部に手を当てた。
空が少しずつ白んでいく。わずかに差し込む光がエレグノの屍をじわじわと焼いていった。
FIN.