「シャナ、映画にでも行かない?」

「何、突然?」

突然の申し出。

 何をするでもなくごろごろとしていたシャナは、そっけない返事の中に困惑と嬉しさを込める。

そして、嬉しさが顔に出ることを隠すのも忘れない。

 突然のことにしろ、悠二からこういう誘いがあるのは珍しい。

純粋に自分と映画に行こうとしているのか、何かたくらんでいるのか。

その真意は測りかねたが、誘ってくれたこと自体が嬉しくて、シャナは素直に同意する。

「まあ、いいんじゃない。」

 ただし、やはり、嬉しさは精一杯包み隠して。

 しかし、それは悠二に伝わったらしく苦笑している。

「何笑ってんの。ほら、行くんでしょ?」

 その背中をひっぱたいて、足取り軽く部屋を出て行った。

 

休日

 

「な…」

 映画館に着き、券を取り出した悠二の第一声である。

 千草から渡されたチケットは、公開前から注目され、公開数日で観客総動員記録を塗り替えた、などと現在人気のラブロマンスのものだった。

 しばし固まっていた悠二だったが、

「どうしたの?」

 横からかかったシャナの声に、

「い、いや、なんでもないよ。」

母の作意を感じながらも、映画館に入って行った。

 

 

映画の内容は、いまどき何故こんな、典型的ハッピーエンドが流行るのか、というほど、コテコテベタベタな内容だった。

そんなものが公開してから一ヶ月が経つのに、それでも未だ立ち見が出るほどの人気を誇っているのだから不思議なものだ。

「「…」」

 互いに顔を見合すことなく、赤い顔で映画館を後にする二人。

 時々相手の方を向くのだが、目が合うと、先ほどの映画を思い出し、なんとなく目をそらしてしまう。

 そんな沈黙がどれくらい続いただろうか。

「…次、どこ行こうか。」

沈黙に耐え切れなくなったのだろう、悠二が口を開く。

「…じゃあ、ごはん。」

 そんな言葉に時計を見ると、確かに昼時である。

「じゃあ、そこにファミレスが有るから行ってみようか。」

 そうシャナをうながし、店のドアを押し開けた。

 

 

「何でこんなとこにいるんだ…?」

 席について、ため息を着く悠二。その隣には、おなじような顔のシャナが座っている。

そしてその向かいには、なぜかマージョリーが、ニヤニヤと陣取っていた。

「買い物の途中によっただけよ。」

フイ、と後ろを指差す。なるほど、その先にはうずたかく積まれた荷物が置かれていた。

よく見ると、その根元に突っ伏しているのは、佐藤と田中である。悠二が哀れみの目で見ていると、

「しかしこんな所で会うなんて、とんだ偶然ねぇ。」

グラスの氷をガリガリと無造作に噛み砕きながら、マージョリーが言った。

「ヒャヒャヒャ、世間はせめーなー。ま、大方二人して映画にでも行ってたんだろうよ。」

その図らずもの図星に、二人は肩を震わせる。もちろんマージョリーはそれを見逃さない。

「なに?図星なわけ?」

「おいおい、マジかよ。適当に言ったつもりだったんだがな。」

 人の姿で顕現していれば、やれやれと肩をすくめていたであろう。マルコシアスはさらに続ける。

「しっかしあの過保護なカタブツ大魔神がよく許したな。」

 その言葉と共に視線を向けられたカタブツ大魔神ことアラストールは、マルコシアスの発言には触れず一言だけ口() を開く。

「大衆の前で話すな。後々厄介だ。」

「ヒャヒャヒャ、気にすんなって。人間ってのは理解できないことには適当な理由をつけて納得するもんだ。」

 今度はアラストールは何も言わない。

「さて、そろそろ行こうかしら。ケーサク、エータ。」

 後ろの子分に声をかけ、まとめた画板ほどある、神器グリモアを持ち上げる。

先ほどまで精気が抜けたように沈没していた二人も、多少休めたことと食事で体力が少し戻ったのだろう。

テキパキと―本人視点。他者から見ると、もたもたと―荷物を積み上げ、立ち上がり、悠二たちのそばを抜けていく。

 田中はバランスを取るのに必死だったのか、悠二たちには「じゃな。」と軽く挨拶しただけだった。

が、佐藤は荷物が手提げな分楽なのか、

「吉田ちゃんのことといい羨ましいかぎりだな、坂井君。ま、頑張りたまえよ。」

嫌味な社長のような態度で悠二の肩をたたいて去って行った。

 睨みつけながら、うるさい、と心中で呟く。

と、背中に視線を感じ振り返ると、案の定、シャナがジト目でこっちを見ていた。

「な、何かな、シャナ。」

 その目に、悠二はどうしても引け目を感じてしまう。

「吉田ちゃんのことって何。」

 あからさまに流れ出る険悪なオーラ。

余計なことを言い置いて行った佐藤に心中で悪態をつきながら、悠二はどうかわそうか考える。

 その間にもシャナは、

「何があったの。」

 どんどん詰め寄ってくる。

「あ、ほら、マージョリーさんもいなくなったしさ、僕向こうに移るよ。」

「だめ。答えて。」

 席を立とうとした悠二の腕をつかんでひきとめ、さらに近寄るシャナ。しかし、この距離は、

(いや、その、なんていうか…)

あきらかに悠二を動揺させていた。

 目と鼻の先にある、彼女の整った顔。

 鼻腔をくすぐる、彼女特有の、眩暈と安堵を呼ぶ、オンナノコの香り。

 そして、掴まれた手から伝わる、少し冷たく、心地よい彼女の体温。

 それらのどれかでさえ、健康な男子高校生には耐え難いものであるのに、3つ同時に迫っているのだ。

理性を失わないだけ、この坂井悠二という少年はマシなのかもしれない。

 悠二が先ほどとは別の理由で答えに窮していると、メニューが運ばれてきた。

「お待たせしました、ミートソーススパゲティと、チョコレートパフェになります。」

 吉田とのことを問い詰めることで頭がいっぱいだったシャナは、店員の声で今の自分を認識する。

改めて確認すると、二人の顔の距離は、キス寸前のように近く…

「ご、ごめん!!」

 先ほどの映画を思い出し、爆発するように頬を朱に染めて慌てて離れる。

 ようやく解放された悠二が向かいに動き、それからは普通の食事時間と相成った。

 

 

 食事を終え、本屋やゲームセンターをまわって日が暮れるころ。あたりは人ごみでいっぱいになっていた。

「何なんだ一体…」

 よく見ると。くじ引きやカキ氷、たこ焼きなどの屋台も並んでいる。その光景に顔をしかめる悠二。

「しまった…。今日は夜市があるって母さん言ってたっけ…。帰れるかな…。」

 そんな悠二を気にも留めず、シャナは

「ヨイチって何?」

ただ疑問を返す。

「ん、ああ、ミサゴ祭りの小さい奴みたいなのだよ。この商店街である出店の並ぶ祭りのこと。

毎年この時期の土曜日にあるんだ。」

「ふぅ、ん」

悠二の答えに興味がわいたのか、パッと駆け出すシャナ。

「あ、シャナ。」

 その声に、後ろを振り返る。

「何?行かないの?」

 少し残念そう。

「あ、えっとそうじゃなくて…」

「?」

 言葉を詰まらせながら、シャナの方へ歩いていって、

「…手。」

悠二は少し戸惑いながら手をさしだす。

「…そ、そこまで言うなら…。」

 その手を気恥ずかしそうに握り返すシャナ。

 そして、まるで初々しい恋人同士のように。

 二人は人ごみにまぎれて行った。

 

 

 今日は、突然悠二が映画に行こうって言ってきて、びっくりした。けど嬉しかった。まあ、内容が内容だったけど。

 もし、私が町を出て行くときには、私も悠二とあんなことをするんだろうか。

 ううん、私は私のやり方で進むだけ。

 吉田一美には絶対負けない。

 先に言われたけど、悠二は絶対渡さない。

 絶対、一番好きだって言ってもらうんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうでしょう?もうなんか語ることもないです。今更。

では。

                                             Fisher man