「…どうしても無理なのか?」
玲司は歯を食いしばる。
目の前の老人は、それを受けて笑うだけ。
「くどい。お前がやらぬというのなら、儂がお前を殺すだけじゃよ。敵としてな。」
老人の目に宿るのは、最早殺気しかなかった。
「砕け、雷空」
軽く薙いだ指の動きに合わせて、雷が玲司を襲う。
なぜかまともにくらう玲司。
「…この程度、なのかよ。手加減してんじゃねえよ。」
いつも食らっていた、師匠の精霊、雷空。修行中はいつも一撃でのされていた。
それが、いまでは自分に傷ひとつつけられない。
「…手加減も何も。これが儂の、全力じゃよ。」
荒く乱れる老人の息。自分に傷ひとつつけられない力の衰え。
見て、いられなかった。
「…ッ!切り裂け、飛燕!!」
突き出した腕にあわせて、三本のカマイタチが走る。
それは、寸部も狂うことなく、老人を切り裂いた。
「ケホケホ。」
喉に絡んだものを吐き出すようにせきをする美里。
しかし、それで何が変わるわけでもなく、依然彼女の声はしゃがれていた。
さらに悪いことに、美里は放送部員であり、明日が全国大会の予選なのだ。
「…ホントに大丈夫か?」
それを知っている智弘は、心配そうに声をかける。
しかも自分たち三年にとって、これが最後の大会なのだ。
「だいじょうぶだよ〜。」
やはり悔しいのだろう。努めて明るく振舞う美里の仕草が、少し痛々しかった。
智弘は、美里の肩をつかんで抱き寄せる。
「ちょっと、どうし…む。」
そのまま口付ける。
差し込まれる智弘の舌が、美里の歯列をなぞり、歯茎を這っていく。
智弘はそのまま奪うように舌を絡めた。
そして再び、智弘の舌は美里の口内を這っていく。
まるで消毒するかのように。
痛んだ喉には届かないのに、そこを治癒するように。
ただ、なぞり続けた。
「……もう、何すんのよ……」
しばらくして、互いの息が苦しくなったところで顔を離す。
それからの第一声がこれだった。
このような行為に及んだのは初めてではないものの、やはり恥ずかしいのだろう。美里も智弘も赤くなっていた。
「…いや、キスで治らないかな、って。」
「…ばか。」
互いの頬はさらに染まり、美里はうつむいて、智弘はそっぽを向いて。
顔を合わせることが出来なかった。
2005.05.12
オリジ
「くそ…!なんで、どうして!!」
思い切り壁を殴る。
「畜生、畜生…また、また守れない…」
悔しい。あの時、一度、パートナーを失ったとき、誓ったはずだった。
もう二度と、失わない、ぜったいに守り通す。そう決めたのに。
また目前で、さらわれたパートナー。
あのときの悪夢がよみがえる。
あの時も、目の前だった。
何もできない自分の目の前で。
深々と腕が、パートナーの体を貫いていた。
「また、繰り返すのか…?」
そんなこと。
「できるかよ…」
拳を握る。
今自分には、パートナーの手がかりも、力もない。
それでも。
じっと、ただ待つことはできなかった。
2004.10.30
最後に
もしお前が望むなら。
私は応えよう。
すべての願いを聞き入れよう。
何を望む?
尽きることのない命か?
七度の生を繰り返しても尽きぬほどの富か?
この世の全てを手にする名声か?
それともかなわぬ仇への復讐か?
なんなりと願うがよい。
しかし、そこまでだ。
その後何が起ころうと。
私はお前を助けたりはしない。
お前が死ぬことになろうとも、
お前がもっとも大事なものを失っても。
決して。
二度とおまえの前には現れぬ。
それでもお前は願うか。
私に求めるか。
それだけの覚悟が、お前にはあるか。
2005.01.08
こっそり その4
「ぐ、が、が、があああああ!!」
玲司が咆哮をあげる。
そして、その咆哮に答えるように、水、風、炎が吹き上がり、玲司に向けて絡み合い、収束する。
「ごがああああ!!」
刹那、玲司の姿が掻き消えた。
否。
「ぐるああああ!!」
錬の後ろに回りこんでいた。
「くっ!!」
錬は寸でのところで気づき、何とか体をかわすも、肩口を少し削られていた。
「フン、私が変わっていた事がそんなに悔しいか?それともあの女を殺されたのがそんなに悔しいか!?」
それでもあざ笑うかのように強がる錬。
しかし、玲司には通じない。
「がああああ!!」
ただ錬に向かってその腕を振るうだけ。
「がああああ!!」
まるで、ただの獣のごとく。
本能のままに、そして、怒りをぶつけるように。
「ごばああああ!!」
ただ、吼える。殴る。切り裂く。焼き尽くす。
「ちっ、虎峰!!」
錬が叫び、稲妻が轟く。
しかし、玲司には通じない。
腕で軽く払いのけ、さらに、炎を吐き出す。
そして錬がそれをかわす間に、後ろへ回り込み、
「がああああ!!」
氷柱を打ち出す。
「ぐううう!!」
突き刺さる氷柱、溢れ出す鮮血。
「何故だ、何故、あの玲司がここまで俺を追い詰めている!!?」
錬のひざが折れる。
その起き上がろうとする目の前に。
玲司が目の前に立っていた。
「グルルルルルル…」
その目に、理性はない。
ただ、目の前の敵を殺す。それしか頭になかった。
錬が、目を閉じる。
しかし、その手が錬の首に突き刺さろうとした時。
「やめてください、玲司さん!!」
華月の声が響く。
「どんな悪人でも殺しちゃダメです!!」
華月が玲司を抱きしめて、その手を止めていた。