「ねぇ、クレイアちゃん?」
「……なんですか。」
伸びてきたフィオルテの手をペチリ、とはたく。
「……泳ごうか。」
いつものつれない態度に苦笑して、フィオルテは立ち上がった。

 

「へっ?クレイアちゃん犬掻きしか出来ないの?」
間の抜けた、いかにも驚いた、という声。
水に入って数秒、そろそろ泳ぎ始めるか、という深さになっての告白だった。
「う〜ん、なかなかビックリだね……。そうだ、この際、なんか一個覚えよう、別の泳ぎ。」
「……まあ、いいですけど。」
驚かれたことに対して、若干の不満はあったようだが、それでもクレイアは了承した。
「じゃあ、何にするー?平泳ぎー?クロールー?」
同意が得られたことが嬉しいのか、二割り増しくらいでニコニコし始めるフィオルテ。
「ん、犬掻きと似てるからクロールにしようか。」
さらに、機嫌がいいのか、聞いておいて、クレイアが口を挟む前に決めてしまった。
「じゃあ、まずは〜……」
さらに一人とんとんと先走るフィオルテに、苦笑するしかないクレイアだった。
「ちゃんと教えてくださいね?」


「わー、クレイアちゃん上手上手〜。」
ぱちぱちと手を叩きながら、ご満悦のフィオルテ。その顔は、わずかではあるが、ところどころ腫れていた。
「……なんかバカにされてる気がするんですけど。」
「そんなことないって〜。」
微妙に不機嫌なクレイア。海面から顔を出すか出さないかで、頬を赤く染め膨らませていた。
あの後、ちょっとした練習だけで形の上でクロールをマスターしたクレイア。
元々運動神経は悪くないため、そんなに苦労はしなかった。
しかし、フィオルテのこと。文字通り手取り足取り、場合によっては他のところもいろいろとっての練習だった。
そのことは、フィオルテの顔の腫れと、クレイアの頬が証明している。
「ん〜、だいぶ形は泳げるようになったし、ちょっと休憩しようか。後はもう泳ぐだけだし。なんか食べ物買っとくけど、一緒に買いに行く?それともうちょっと泳いでる?」
「……もう少し泳いでます。」
若干警戒したような口調。……無理もないような気もするが。
しかしフィオルテはそれを気にした風もなく、笑って岸に泳いでいった。
それを見送り、教えてもらった形どおりに手足を動かすクレイア。
なれない泳ぎであるためか、真っ直ぐ泳ぐことは出来ていないものの、進んではいる。
ただ、行き当たりばったりの感があるため、いつのまにか沖に出ていたことは当然なのか。
「……フィオルテさんも見えない……」
かなり遠くに来ていることにクレイアは気づく。海岸や浅瀬で水遊びをしている人々がかなり小さく見えていた。
「……戻りましょうか。」
沖に出るより、騎士に戻るほうが困難なのだ。

一瞬走った悪寒に身を震わせ、岸に向けて泳ぎだした時。
「何、これ……!」
急に右足が動かなくなった。だが、何かに掴まれた感じはない。
(まさか……攣ったの?)
ごぼごぼと沈んでいく。半ばパニックに陥り、必死にもがくが、しかしそれ故に、体は浮かんではくれない。
逆にこわばった体は、沈むのを助長するばかりだった。
(……だめっ……!)
ごぼっ、と息を吐いて沈みかけた時、クレイアは何かが自分を引き上げたのを感じた。
肺に空気が帰ってくる。その勢いでむせるクレイア。
「……大丈夫だった?クレイアちゃん?」
「フィオルテ、さん……?」
自分を引き上げてくれたのは、だれであろう、フィオルテだった。
しかし、ありえない。食べ物を買いに、上がったのではなかったのか。
問うてみると、意外に明瞭な答えが返ってきた。
「だっておぼれてるのが見えたし。」
「見えた、んですか。」
「そう。クレイアちゃんのピンチなら、世界の反対側でも見えるよ〜。」
ごまかされているのか、答えてくれいるのか。
おそらくはそのどちらもなのだろう。
それにおそらく、彼は戻ってはおるまい。彼が更衣室から出てくるとき、何も持っていなかったのを、なんとなく思い出したから。お金なしに食べ物は買えない。

クレイアは追求をあきらめて、一つため息をつく。

耳ざとくそれを聞き取ったフィオルテを、なんでもないとごまかす。

そうして自分を背中に乗せようとするこのひょうきんで、それでもやさしい恋人の背に、体を預けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

Fisher manです。無理に仕上げた感が漂っているんですが。ごめんなさい。遅くなってごめんなさい。蒼樹様、紫葵様。

暑中見舞いのお返し残暑見舞いっていうか、さらば暑さよ記念でもらってやってください。

                                             Fisher man