Kanon

  ー想われて……想われて……ー




                                     written by Kanon Yukizuki

「美坂っ! 今日空いてるか?」
「栞と約束してるの」
「そ、そうか……」

そんないつものやり取り……。
適当にあたしがあしらって北川くんが諦める。
……それだけのはずなんだけど……。

「香里〜……」
「何? 名雪?」

北川くんが居なくなってからあたしの机にきたのは名雪。
その表情はなんだかいつもと同じに見えて少し険しい。

「北川くんかわいそうだよ……」
「かわいそうって……あのね名雪……」
「香里って何回断ったの?」

何回?
何回だったかしら?
…………多すぎて覚えてないわ。

「香里〜……わからないんでしょう?」
「そうね」
「一回くらい付き合ってあげればいいのに?」
「じゃぁ名雪が付き合ってあげればいいでしょう?」
「それとこれとは別だよ〜」
「そう。じゃ、あたし部活あるから」
「わ、私もこれから部活だよ」

嵐のように来てまた去ってゆく名雪。
手を振ってあたしは名雪を見送る。

あたしは名雪みたいに優しくはなれない……。

……正直な話、名雪が羨ましいと思う。
その素直さも……その優しさにも……。

あたしの一番近くにいて、ずっと支えていてくれた親友。
やわらかい表情や天然な笑顔。
あたしにはどれもないものだった。

だけど……ううん。
だから守りたいと思う。
時折見せる悲しげな表情から守りたいと本当に思う。

これからも名雪の親友でいたい……。


……だけど……その前に問題があった……。
そう……あのお気楽者……。 北川くんは私のことを気遣って誘ってくれているんだと思う。
栞の問題を抱えているときもそんなそぶりがあった。
だけど……。
だけど……あたしはそんな気遣いが……いやだった。
あたしには……そんな資格はないから……。

そして……。

「あいつらいつになったらくっ付くんだよ?」
「時間の問題だろ?」
「俺狙ってたんだけどな」

どこからか潜められた声が耳に触れる。
……どうして人ってそういうことばかり話たがるのかしら?
はっきり言って迷惑以外のなにものでもないわ。

……迷惑でしかないのよ……。
…………北川くんの気遣いなんて……。





「美坂!」
「え……?」

日曜日のうららかな午後。
あたしは買い物をしに来ていた。
そこでいきなり声をかけてきたのは、北川くんだった。

「どうしたんだ美坂?」
「そういう北川くんはどうしたの?」
「俺は相沢とゲーセン行く予定だったんだけどな……」

肩をすくめて携帯を見せる北川くん。
要するに相沢くんに外せない用事が出来てしまったということだろう。

「そう……」
「あはは……」

北川くんの乾いた笑いが響き暫しの沈黙が流れる……。
何故かじっと見つめてくる北川くん。

「……何……?」
「美坂は?」

いつもの笑みで聞いてくる北川くん。
そういえば、あたしは言ってなかったわね。

「ショッピングよ」
「何買うんだ?」
「服とか色々よ」

にこにこしながら聞いている。
…………何か言いたいのかしら……?

そんな北川くんから飛び出た言葉は……。

「俺も一緒に行ってもいいか?」
「は?」
「いや、荷物持ちも必要だろ?」
「そうかもしれないけど……楽しくなんかないわよ?」
「暇にふらつくより断然いいって!」

今日は服を買うのだけれど……。
……栞から頼まれてる10リットルアイス5つが重そうね……。
それに特に拒む理由もないし……。

「別に構わないけど……」
「え!?」

目を丸くする北川くん。

「…………何?」
「いや、予想外だったから……」
「どう言われると思ったの?」
「駄目って……」
「そう。じゃそうするわね」
「わぁ! 美坂、冗談だよ! 冗談!」
「…………好きにすれば……?」
「おう!」

そう言って子供のような笑顔をあたしに向ける。
そして今日が始まった……。






「お、大人っぽくて美坂に似合ってるじゃん」
「そう? 何だか質素すぎないかしら……?」
「そんなことないって」
「そう。じゃあこれにするわ」

あたしはレジで支払いを済ませて北川くんと外にでる。
さっきまで真上にあった太陽も心なしか傾いてきている。

それにしても北川くんって我慢強い方なのかしら?
名雪の話によると相沢くんは一軒目に着く前にダウンしたらしいから……。
……ちょっと早すぎる気がするけど……。
ちなみに今ので5軒目だったりするんだけど……。

「ん? どうした?」
「北川くん……楽しい?」
「まぁな」
「ふぅん」
「ふぅん……ってなんだよ?」
「言葉どおりの意味よ」

……北川くんってつくづく不思議よね……。

「でも美坂ってなんだかんだ言って可愛いよな」
「は? 北川くん何言ってるの?」
「いや、今日の美坂見てたら何だかそう見えてさ」
「…………止めて……」
「え……?」
「止めて! あたしは可愛くなんかない!」
「美坂……」

自分の言っていたことに気付いてはっとする。
…………こんなこと言うつもりじゃなかった。

いつものように「ありがと」
その一言で済むはずだった……。

どうしてこんなことを言ったんだろう……?


「美坂!」
「きゃ!? ちょっと北川くん?」

気付くと北川くんはあたしの手を掴んで引っ張っていた。

「ちょ、北川くん! 痛いからちょっと」
「あ、悪い……」

ばっと手を離す北川くん。

「どうしたの?」
「とにかく何も言わずに俺に付き合ってくれ」
「何処に行くのよ?」
「ゲームセンター」
「は?」

急に何処に行こうとしているのかと思ったら……。

「悪いけどそういう気分じゃ……」
「頼む!」

そう言った北川くんの目はいつものようなどこかふざけたような目じゃなくて、
あたしは断ることが出来なかった……。






「珍しいな。結構空いてる」
「そう……」

あたしは来てそうそう後悔していた。
とにかく騒がしい。
静かなところで本でも読んでいる方があたしにはあってるわ……。

「美坂こういうところ初めてか?」
「別に初めてじゃないけど……」

昔……と言ってもそんなに昔じゃないけど、
名雪と一緒に『プリント倶楽部』とかいうものを取りに来たことがある。
そのときは名雪が何台かのゲームをしていた記憶があるけど、
あたしは結局最後までやらなかったわね。

「じゃあ今日は俺の奢りだ」
「は?」
「いいからいいから」

……何を言い出すかと思えば……。

「あのね……あたしは……」

またこの目だ……。
優しい目なのになにか強いものがある目……。

「…………」

結局あたしはまた拒絶の言葉を出せなかった……。







「よし、これをやろう」

そう言ってたったのはいわゆる『UFOキャッチャー』の前。
流れるようにコインを入れる北川くん。

「さて、どれがいいかな……」
「……決めてからやりなさいよ」
「こういうのは考えずに決めるのがいいんだ」
「そう…………」

でも……。
見たところどれも大きくて重そうで物理的に不可能に見えるんだけど、
本気で取れると思っているのかしら……?

「よし!」
「え?」

気付くとしっかりと掴まれた青いリボンが首に巻かれたハムスターのぬいぐるみ。
どうやって取ったのかしら……?

「もう一個やってみるか」
「無理よ」
「いや、一個取れたんだからもう一個取れる」
「…………好きにすれば……」









「あ、あと一回……」
「もう20回目以上やっているわよ?」
「ラストだ」

一回目がうまくいったからってそううまくいくわけがないのに……。
そう思いながらも口にはせずに見ているあたし。

「やった〜!!」

そう北川くんは大声を上げる。
北川くんの手には今度は黄色いリボンのハムスター。
さっきのと同じ種類だろう。

「ほら」
「え?」

北川くんは二匹のハムスターをあたしに渡す。

「美坂と栞ちゃんにと思ってな」
「そう……だったの……?」

歯を出して子供のように笑う北川くん。
あたしのために頑張っていたんだ……。
そう思うと少し嬉しい……。

「あ、ありがと……」

あたしはぎこちなくそのぬいぐるみを受け取った。




「お、懐かしいのがあるな……」
「そう…………」

そこにあったのはダンスを踊るようなゲーム。
あたしもこのくらいのものだったら知っている。

「美坂も知ってるだろ」
「……名雪がやっていたからね」
「え!? 水瀬が……?」
「そうよ」
「……ぷ……あはは」

想像したのか北川くんが笑い声をあげる。
ちょっと親友をけなされたみたいで快くはない……。

「ほい美坂」
「え?」

急に荷物をとられ唖然とするあたし。

「荷物は俺が持ってるから」
「ちょっと……」

ぐいぐいあたしの背を押す北川くん。
よく見るとゲームはいつでも始められる状態になっている。
やり方は知らないわけじゃないけど……。

「もしかして運動神経とか悪いんじゃないの?」

こそっと聞こえてくる言葉。
ふと目をやるとこそこそ話している男子が何人か……。

「…………」

あたしは少しにらみを送って、一番難易度の高いものを選ぶ。
そして流れる曲のリズムに合わせて体を動かす。

途中何回か「おぉ〜……」とか聞こえて来たりもしたけれど、
まったく気にもならずに気付くと高難易度の曲はすべて踊り終えていた。

「美坂って運動神経いいのな……」

あたしを迎えた北川くんの口からはそう漏れた。







「美坂、元気になったみたいだな」
「は?」
「いや、なんか考え込んでたみたいだからさ」

……あたしのために連れてきてくれたんだ……。

「やっぱり美坂は笑ってる方がいいからさ」
「よ、余計なお世話よ」
「うわ、冷たい」
「知らないわよ」

にこにこ笑う北川くん。
むくれるあたし。
段々と調子が戻ってきたみたいにも感じられる。

「体動かすとスカッとするだろ?」
「そうかもしれないわね……」

言われて見ると踊ってから体が軽くなった気がする。
それになんだか気分が晴れたような気もする……。





「そういえば美坂?」
「なに?」
「俺も香里って呼んでいいか?」

家の近くで北川くんは唐突に聞いてきた。

「どうして?」
「だって相沢はそう呼んでるじゃないか?」
「そうね。考えておくわ」

またにこっと笑う北川くん。
あたしはそれを訝しげに見る。

「何?」
「いつもの美坂だな……と思ってな」
「何よ……それ……?」




そんな言葉を交えていたら気付けば家の前だった。

「到着ね」
「ほら」

そういって手に持っていた荷物をあたしに渡す。
今あたしが持っていたものはあのハムスターだけだった。
その両手が抱えきれないくらいの荷物に埋め尽くされる。

「ありがと」
「おう、じゃな。『香里』」
「は?」
「駄目か……?」

少し沈んだように見える北川くんの瞳。
拒絶の言葉。
いつものように「嫌」と言えばいいのに、
あたしの口からは……。

「別にいいわよ……」

そう言っていた……。

「え?」
「今日は楽しかったわ。また誘ってね」

そう言ってあたしは手を振りながら扉を閉めた。
今日は楽しかったから……。
だからそれくらいは多めに見よう。

「お姉ちゃんお帰り」
「ただいま。お土産よ」

一匹のハムスターを栞に渡すあたし。

「わぁ、可愛い〜」
「そう」
「お姉ちゃんなんだか楽しそうですね」

口に指を当てて言う栞。
そんなに楽しそうに見えるのかしら?

「お姉ちゃん」
「なに?」
「アイスは……?」
「あ……忘れたわ」
「お姉ちゃん!」
「今買ってくるわ」

そう言ったあたしの手を掴む栞。

「大丈夫です。祐一さんが買ってきてくれたんです」
「相沢くんが?」
「ええ。だからお姉ちゃんを待ってたんですよ」
「そう……」

栞に目をやると栞はあたしをじっと見つめている。
何かしら?

「あたしの顔に何かついてる」
「ううん。でも……お姉ちゃん好きな人いる?」
「は?」
「何でもないです」
「言わないとアイス全部食べるわよ?」
「わぁ、そんなことするお姉ちゃん嫌いですッ!」
「あはは」








────北川くん……か。

妹の言葉で浮かんだ人は北川くんだったけど……。

まさか……ね。




秘められた思いに気付くのはまだまだ先のお話………………。



                                       fin☆   



管理人から
雪月様から頂きました。
待望の北川君、幸せ?SS(笑)
北川!良かったなぁ(笑)でも、先は長そうだぞッ(爆)
応援しているぞ!!北川!!!(大爆)

出来れば雪月さま宛に感想など宜しくお願いいたしますm(_ _)m
それから、雪月さまのSSを堪能したい方は此方へどうぞ

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