Kanon

  ーHappyなBirthday!?ー




                                     written by Kanon Yukizuki

新学期が始まりあたしを包む世界は変わっていた。
栞もそうだし、他にも色々と世界は変わって見えた。
でも今度のクラスもいつものメンバーは変わっていなかったりして、
そんなに世界は変わっていない言えば、そうなのよね……。
席の位置も変わらないなんて何かの陰謀としか思えないわ……。

……でも……そんな世界も嫌ではない。
悲しいことが多すぎた白い街……。
悲しみしかないはずだった白い街……。
でも……あたしには名雪も……栞を救ってくれた相沢くんも北川くんも。
あたしには……大切な人がこんなにいるから……。
こんなに……。

季節は……雪が桜に変わった春─────






始業式が終わってHRが終わる。
新学年でも変わりのない学校。
それが凄く輝いて見えるのはあたしだけだろうか……?

「おっす、相沢!」
「じゃあな」

帰りにも関わらず場違いな話し方をする北川くん。
それを普通に返す相沢くん。
この二人は大人になっても変わらないわね。

「お、おい、待ってくれ、相沢ッ!」
「何だよ? 北川?」
「今日って何の日か知ってるか?」
「……建国記念日」
「違うッ!」
「じゃあ、健康感謝の日」
「そんな日あるか!」
「もうエイプリルフールなら終わったぞ」

いつも二人のやり取り。
もう三年生になったけど……変わらないわね。
でも……今日ってたしか……?

「わかった。始業式だろ?」
「そんなもん何を祝うんだ!!」

……祝う……?
4月……8日……?
……あ……やっぱり……北川くんの……

「俺の誕生日だ〜!!!」

涙しながら言う北川くん。
何となくかわいそうね……。

「北川に誕生日なんてあったのか……」
「当たり前だ」
「俺はてっきりあるはずないと思ってた」
「そんなわけあるか!!」
「ごめん……わたしもないと思ってた……」
「…………」

北川くんと相沢くんの会話に割って入る名雪。
この二人はどこまで本気なのかしら……。
第三者的に見ていじめに見えるのはあたしだけかしら……?

「それで? どこで誕生日会するの?」

この従兄妹に任せていたらまったく話が進まないので、
いつもどおりあたしが介入する。

「うぅ……俺の気持ちをわかってくれるのは香里だけだ〜……」
「オーバーよ」
「あれ? 北川くん前から『香里』って呼んでた?」

名雪が不思議そうに訪ねる。
まぁ、そうね。
あたしだって急に名雪が「美坂さん」なんて呼び始めたら驚くわ。
原因は2年の最後のある日曜日にあるんだけど……。

「呼び方なんてその人の勝手でしょ?」
「それってどういう……」

北川くんが軽く笑いながらそう言う。

「言葉どおりの意味よ」

そう言ったあたしは、自分でも笑っていたことがわかる。
それを見て北川くんも名雪も相沢くんも笑う。
……数ヶ月前とは違う笑い声。
そう感じるのはあたしの心境が変わったからかしら……?

「それでどこでやるんだ?」
「よくぞ聞いてくれた。まだ未定なんだ」
「じゃな」

ぱっと手を上げ去ろうとする相沢くん。
もうちょっと話を聞いてあげてもいいんじゃないかしら?

「待ってくれ相沢!」
「あ〜もう。栞と帰る約束してるんだよ」

前言撤回。
栞のところに行くべきよ。

「あ、でもうちは駄目だよね。祐一?」
「あぁ……そうだな。確か秋子さんが何かの実験してるから騒いだりはむりだな」

実験って何……? もしかして例のアレかしら……?

「そうなのか!?」
「思いっきりあてにしてただろ?」
「でも困ったね。北川くんの家は無理なのかな?」
「俺の家が大丈夫だったらこんな回りくどく言ってない。

それもそうね。

「香里は何かいい場所ないか?」
「そうだ。香里の家はどうかな?」

相沢くんと名雪がそう言ってあたしを見る。
え……?
香里の家……?

「あ、あたしの家!?」
「いや、そんな驚くようなことでもないだろ?」
「そうだよ」
「そう言われても……」
「…………」
「…………」

静かになっていると思ったら北川くんはこっちを見つめてる……。
これはあたしに期待しているということかしら……?
………………………仕方がないか……。

「いいわよ」
「よっしゃ〜!!」

ゴツッ!

「痛ッ〜〜…………」

振り上げた北川くんの腕……というかひじが相沢くんの米神あたりで音をたてる。
……何をしているのかしら……。

「祐一、大丈夫?」
「大丈夫じゃない……」
「すまん相沢。つい勢い余って……」
「誕生日プレゼント期待してろよ……?」
「うわ、祐一。目が光ってるよ」
「そのままカラスに……」
「何の話よ?」

とりあえず長くなりそうなので切ることにする。
じゃないとこの三人終わらないわ……。
それに名雪と北川くんはともかく相沢くんには栞を迎えに行ってもらわないと……。

「それじゃあ四時集合ね」

あたしは鞄を持ち直し帰路についた。












『誕生日おめでとう!』
「ありがとー!」

クラッカーの音が響き始まるパーティ。

キンッと透き通った音を奏でるグラス。
テーブルクロスの上に並ぶのは、
栞と名雪とあたしで作った料理。
相沢くんの買ってきたケーキとシャンパン。

「ほい、俺からのプレゼントだ」
「サンキュ、相沢ッ!」

初めにプレゼントを渡したのは相沢くん。
包装を解く北川くん。
……その中身は……?

「……パン……?」
「そうだ。パンだ」

パン?
何か特別なパンなのかしら?

「これって何か特別なパンなのか?」

あたしの心の声を感じ取ってか、北川くんが相沢くんに訪ねる。

「その賞味期限のところよく見てみろよ」
「……マジックで消えてる……」

……あの駅前のパン屋ね……。

「これ食えるのか?」
「名雪はばりばり食うそうだ」
「そうなバリバリなんて食べないよ」
「でも気にはしないわよね」
「あ、でも、私も食べたことありますよ」
「変かな?」
「変よ……」

でもあのパン屋ってなかなか潰れないのよね。
不思議だわ……。

「あれ? 相沢? そっちの袋はなんだ?」
「これか? これは秋子さんからのプレゼントだ」

ことり、と音をたてて小さな箱みたいなものを出す相沢くん。
あの人はいつもマメよね……。

「なんだろ?」

封を解く北川くん。
その中から出てきたものは……。
………………ジャム……。

「おぉ〜、美味しそう」
「本当です。綺麗な黄色をしています」
『………………』
「おい、何で急に静かになるんだよ……?」
「どうしたんですか? 皆さん?」

……栞、北川くん……知らない方が幸せよ。

「えっと、じゃわたしの番だね」

切るように話を転換する名雪。
……出したものはやっぱり小箱みたいな包み……。

「誕生日おめでとう、北川くん」
「サンキュ、水瀬」
「何あげたんだ? 名雪?」
「見てればわかるよ」
「何だろうな?」

開けられた小箱の中には……。
……目覚まし時計……。
やっぱり名雪ね……。

「やっぱり名雪だな」
「流石、水瀬というか……なんというか……」
「え? そういう日常品って駄目なんですか?」
「いや、駄目じゃないけど……」

そういう栞のプレゼントは……。

「私、文房具セットなんですけど……」

……まぁ、妥当と言えば妥当よね……。
というか、こんなに豪勢な食事を用意したんだから十分よね。

「ありがとう、栞ちゃん」
「はい」

照れる栞。
相沢くんの誕生日の栞の反応が凄く気になるわね。
どれくらい照れるのかしら……?

「……で?」
「で?」

北川くんはあたしを見て問いかける。
……想像は出来るけど……。

「あたしはないわよ」

包みに包まれたものを後ろに隠す。
栞が意味深な視線を向けているけどとりあえず黙殺する……。

「香里〜、本当にないのか〜?」
「ないわよ!」

…………なんで誕生日プレゼント一つにこんなにむきになっているのかしら?

「そんなぁ〜、香里〜……」
「こんな短時間で用意するなんて無理よ」
「うぅ……相沢たちはくれたのに〜……」
「それとこれとは別よ!」

渋々引き下がる北川くん。
……なんでこんなに気恥ずかしいのかしら……?
なんで……渡せなかったのかしら……?

……なんで……?



パーティも一番の盛り上がりを見せて何かミニゲームをやったりしている。
なんだかもう誰の誕生日なのかわからない感じね。
……栞もあんなにうれしそうにはしゃいでる……。

あたしは誕生日プレゼントを台所に隠して、
栞たちに声をかけて一人、二階のベランダに涼みに行った……。









「……いい風ね……」

ふとでる呟きを空に持ってゆく風。
あたしのすぐ横をすり抜けてゆく風。
涼しさの中にも温かみのある風……。
……優しい風……。

ふと北川くんの顔が浮かぶ……。
今、何しているのかしら……?

「誕生日……か……」

本当は……本当はあった誕生日プレゼント……。
……なんで渡せなかったのかしら……?

あの袋の中身はマフラーだった……。
時期外れのマフラー……。
春季休校のときに少しずつ編んでいたものだった……。
……随分うまく出来たと思ったんだけど……。
……別に北川くんのために編むつもりなんかじゃなくて練習よ、練習。
……練習で作っただけよ……。

……本当に……なんで渡せなかったのかしら……?

「はぁ……」
「香里ッ!」
「え!? き、北川くん!?」
「おう」

急に現れた北川くん。
その首には……。

「そ、それ……」
「……このマフラー暖かいな」
「どうしてそれを……?」
「いや、相沢と栞ちゃんがな、香里の誕生日プレゼントだって言って」
「……あの子たちは……」

はぁ……まったく……。
本当にお節介なんだから……。

「あるならあるって言ってくれればよかったのにな」
「北川くん……そういうことは黙っているべきよ……?」

じと目になるあたし。
笑う北川くん

……まぁ、いいか……。

「でもこれ作るの時間とかお金とかかかったんじゃないか?」
「そ、そんなことないわよ……」
「でもかなりさわり心地いいし、こういうの結構時間かかるだろ?」

……目ざといわね……。
でも……ここで認めるのは何となく癪ね……。

「なんであたしが北川くんのためにそんなことしなくちゃいけないのよ!」
「え? これって俺のために編んでくれたんじゃないのか!?」
「北川くんのために編んだけど……そんなに一生懸命じゃないけど……だから……その ……もう、何でもいいでしょ!」

あたしの横に並ぶ北川くん。
……いつからこんなに行動の一つ一つが気になるようになったのかしら……?

「寒くないか?」
「……別に寒くなんかないわよ」
「そうか?」
「寒かったら部屋に戻ればいいじゃない」

あたしの問いかけに首を振る北川くん。
出る溜息はもう随分白さがなくなっている。

「……勝手にすれば……?」
「おう」

夜風が心地よい。
冷たさを持っていても優しい春の風があたしの髪を撫でる。
……それを見つめる北川くん。

「香里ってほんとに髪長いな」
「それがどうしたのよ……?」
「いや……綺麗でいいな、と思ってな」
「……そう」

何となくこそばゆいような感じ……。
でも……嫌な感じはしないわね……。

「じゃ、北川くんも伸ばしてみればいいじゃない?」
「え”!?」

固まる北川くん。

「お、俺には似合わないだろ……?」
「そう?」

髪を伸ばした北川くんを想像してみる……。
……似合っているかもしれないわね……。

「香里……冗談きついって」

そうかしら……?
……そういえば……。

「本当に『香里』って呼んでいるのね……」
「……駄目か……?」
「別にいいけどね……」
「そうだ、俺も香里って呼んでるんだからさ、香里も潤って呼んでいいぞ」

笑顔で普通に言う北川くん。
いつからこんな積極的になったのかしら?
確か設定ではこういうことは奥手ってなってなかったかしら……?

「あたしは遠慮しとくわ」
「…………なんで……?」
「……恥ずかしいからよ」

やっぱりちょっと……ね。
それに今更別の呼び方に変えるのもなんだかね……。

「そっか……じゃ、しょーがないか」
「でも……」

───いつか恥ずかしくなくなったらそのときは…………───

「でも、なんだ?」
「……言葉どおりの意味よ」

そう言葉どおりの意味よ。
だって時間は……まだまだあるんだから。

「お、流れ星」
「……どこにあるのよ?」
「いや、もう流れ落ちたけど……」
「そう…………」

また二人で見上げる星空。
ありきたりだけど宝石箱をひっくり返したという表現が本当にあう。
そんな星空……。

「これ、暖かいな……」
「そう……」

顔が熱を帯びているのがわかる。
あたしは北川くんに悟られないように空を仰ぐ。

光る二つの星。
それが転がるように滑ってゆく。

「あ……流れ星……」
「どれどれ……?」

……流れ星は寄り添うように流れてゆく。
まるで恋人のように……。

「北川くん」
「うん?」
「Happy Birthday」
「サンキュ」

微笑む北川くん。
その腕があたしを包んだ。

……不思議と嫌じゃなかった……けど……。

「今日だけ……なんだからね……」
「これからも……だよ……」
「ばか……」

星空の奇跡。
そこにあるけれど気付くことの出来ない奇跡……。
……あたしも気付く日がくるのかもしれないわね。

「あれって本当に流れ星か……?」
「……あたしに聞かないでよ」
「そうだよな……」

ずっと見つめる北川くん……。

「……何よ?」
「…………キスしていいか?」
「…………調子に乗らないの……」

思い切り凄みを利かせて北川くんを見据える。

「じょ、冗談だよ! 冗談!!」
「……知らないわよ……」

また空を見上げる。
つられるように北川くんも空を見上げる……。

流れ星はまだ流れ続けていた……。
そう、それはまるで奇跡のように……。
二つ寄り添って……。

……恋人のように……。


───……そう……まるで……恋人の……ように……───




                                       fin☆