お兄さん、オーダーお願い!
焼き鳥盛り合わせ、塩で!!
ハイ!よろこんでぇ      お〜い、水くれ!水!!
   ワハハハ!かんぷわぁい!!   ハイ!よろこんでぇ
酔っ払っちゃった〜 ハイ!よろこんでぇ 
   お〜い、トイレ何処?   軟骨揚げ、上がったよ!!
ねぇ、オアイソ!   ハイ、よろこんでぇ

   ビールっ!生中二杯ね!!  おっ来た来た!
 舟盛り一枚ねぇ!             ハイ、よろこんでぇ

      ハイ、よろこんでぇ   だから言ったじゃない……

    …………       …………
            …………
      …………
 店の奥からは、楽しそうな声が届いてくる  店の入り口脇に作られた二人用の席  カップル専用とも呼ばれているボックス席にいる  テーブルには、空になりかけているジョッキと  氷が溶けてほとんど水割り状態のピーチツリークーラー  申し訳なさそうにお通しの器と、ツマミの皿が三つ  向かいの席の男は、何か言いたそうな表情をしきりに浮かべている    平 慎二  とうとう見つかってしまった  捕まってしまった  思えば一年半  もう直ぐ三月を迎えようとしている    冬の終わり     Scene・1    PM9:00  仕事帰りの駅  改札へ向っていた  横を同じ歩幅で歩く奴がいた  我先にと自動改札へ入ろうとした  同じ場所を使う必要も無いのに、二人とも譲ろうとしなかった  結果、肩がぶつかる  相手を睨みつけると、相手も凄んだ表情をしていた  その瞬間、二人の時間は止まった 『 ………… 』 『 ………… 』 『 は、やせ? 』 『 慎二、くん? 』  一瞬、顔がほころびそうになったけど、  慌てて身を翻し、一目散に走り出した 『 おいっ、ちょっと待て!速瀬!! 』  後ろからは大声が追いかけてくる  兎に角逃げる!  しかし、人の流れは向い波  思うように抜けられない、でも  相手も同じ条件だ    私は構わず人波を掻き分けた    ロータリーまで出ると、私の足は鈍くなった  ―なんで私逃げているんだろう?―  思わずそんな事を考えてしまった  慎二君がそれに追いついた 『 速瀬、もう逃げないのか? 』 『 ………… 』 『 探していたんだぞ! 』  強い口調  そして、私の肩に手を掛け、一気に180度回転 『 おまえ・・・・・・・・・・・・ 』 『 おなか空いちゃった、何か食べに行かない? 』  何かを言いかけた慎二君を制するように言った  慎二君の顔から怒りの表情が消えた  私は精一杯の作り笑顔を浮かべて、この後の事を考え始めた  そのまま近くにあった居酒屋の暖簾をくぐった  店では二人用の席へ通され、向かいに座る  慎二君はビール、私はピーチツリークーラーを頼んだ  その後ツマミをふたつみっつ慎二君が頼んだけど  私はその間何も喋らなかった  慎二君も何から聞き出そうか思案しているように思える  時間だけは流れていた     Scene・2 『 ずっとニラメッコしているつもり? 』 『 ・・・・・・えっ、いや・・・・・・・・・・・・ 』  ニラメッコをしはじめたのは私なのに・・・・・・  慎二君の反応はあの頃のままだった 『 何度もこの街まで来ていたんだ 』 『 へぇ〜、何しに? 』 『 お前を探しにだよ! 』 『 ・・・・・・・・・・・・ 』 『 お前をこの近辺で見かけたって人がいてさ 』  ―ま、そんな噂になるのは覚悟していたけど― 『 ……いつ頃から? 』 『 速瀬があの町を出て、三ヶ月経った頃からだな 』 『 ………… 』 『 毎週は来れなかったけど、時間を作っては来ていたんだ。 』 『 一年半……か…… 』  ―案外広い街だったのね、此処は― 『 速瀬? 』 『 ……慎二君は何で私を探していたの? 』 『 えっ、い、いきなりだな……。……お、俺は…… 』 『 まぁいいや。それよりねぇ慎二君、クイズしよっか? 』 『 えっ!?クイズ・・・・・・?? 』 『 私がこの街で仕事しているのは何でだ? 』 『 えっ?仕事??・・・・・・・・・・・・海が近いから? 』 『 ぶっぶ〜、残念。答えは誰かに見つけて欲しかったから! 』 『 なんだよ、それは・・・・・・ 』 『 じゃぁ、何で私の住んでいる街は、この駅から二つ戻るのか? 』 『 えっ!?この街に住んでいないのかよ…………そんなの…… 』 『 時間切れ〜! 』 『 って、早すぎるだろう!! 』 『 知りたい? 』 『 ………… 』 『 知りたい?知りたい?? 』 『 聞いて欲しいんだろう? 』 『 まっね〜。 』 『 じゃぁさっさと言えよ。 』 『 えっとね、誰にも見つけて欲しくなかったから…… 』 『 はぁ?……って、なんだよそれは! 』 『 慎二君、解んないの? 』 『 わかんねぇよ、そんなの。 』 『 ダメねぇ、そろそろ女心をわかんなくっちゃ! 』 『 あのねぇ…… 』  慎二君変わんないなぁ。  もう一年半も経つのに……  なんだか嬉しくなっちゃう! 『 じゃぁ、もう一つ! 』 『 まだあんのかよ・・・・・・ 』 『 これはまとも。私は何の仕事をしているでしょう? 』 『 OLだろう? 』 『 ………… 』 『 って……違うのか? 』 『 残念。実はねぇ、水泳のインストラクター。 』 『 ……ええっ!?…… 』  私はプールに戻ったんだよ、慎二君。     Scene・3  柊町から電車に乗り、終着駅になるこの街  私の一人暮らしは、この街を中心にすることにした  電車で一本とは言え、一時間以上掛かる  知っている人は来ないと思った  「 見つかりたくない 」って気持ちがこの街を選んだ  だから見つかり辛いように、アパートは二駅戻った所を選んだ  それでも見つかったら……  「 その時はその時で…… 」  荷物は少なかったから、半日もあれば部屋も片付いた  足りない物の買出しや、事務的な登録に三日掛かった  ハローワークへも顔を出した  求人情報を見た感じ、仕事は簡単に見つかりそうも無かった  結局「 OLやっていました 」ってだけで、資格も何も無いもんねぇ・・・・・・  蓄えていたお金も、敷金、礼金、その他色々でかなり減った  数ヶ月はもつけど、のんびりしていられる状況ではない  仕事探しは急務だった    数週間が過ぎた。  もう何社廻っただろう  面接をしてくれる会社は少なかった  地方の現状は厳しい  正直途方にくれていた  「 このまま仕事が見つからないと…… 」  ちょっとマイナス思考  ダメダメ、まだまだ諦めるのは早いよ!    数日後  ハローワークからの帰り、道を一本間違えた  迷うような場所ではないけど、今まで見たことの無い景色だった  住宅街の一角に大きなビルが建っていた  スポーツクラブだった  壁には「 スイミング会員歓迎! 」と書かれている幕が飾られていた  その下には小さく「 FREE可・各種レンタル有 」の文字が・・・・・・  「 へぇ、こんな所にスポーツクラブ?プールまで完備?? 」  ちょっと好奇心が沸いてしまった  気分転換のつもりもあった  もう泳げないと思っていた  あんな別れ方をしたのだから……  それでも無性に懐かしい感覚  気持ちは踊り始めた  鼓動は高鳴った  気が付いたら私はプールサイドに立っていた     Scene・4  水着のフィット感が気持ちを落ち着かせた  準備体操で身体をほぐす  キャップ・ゴーグルを着けてプールサイドに腰を下ろす  足を水に浸ける  身体の中にジーンと電気が走ったような感覚  そのまま水の中に静かに身体を落とした   簡単にここまでこれた事に驚く   ―結局、みずから水泳を遠ざけていたんだ    戻ろうと思えば、いつでも戻れたのに……―  悔やんでも時間は取り戻せない  だからいまは現在(いま)を楽しむ事にした    水の中を歩いてみる  水の抵抗感が懐かしい  歩き辛いのも心地良い  自然と腕がもがきはじめる  水を割って前に進む  前へ!前へ!!  自然と身体が動き出す  本格的に腕が泳ぎ出す  身体が浮き始めると、足も動き出す  顔を浮かせながら泳ぐ  ふと手すりが目に入った  一旦水から上がり、そのままスタート台へ    スタート台から水面を見下ろす  水面は波打ち、外から入る日差しを反射していた  一旦深呼吸をし、再び水面を見つめる  そのうちの一点に集中する  辺りの声が聞こえなくなる  手をスタート台の淵へ添える  身体を思いっきりちぢこませる  ふっと息を止め、反発していたバネを開放した  一瞬、身体が宙に浮く  そのまま一気に飲み込まれる  身体を包まれ、水の声を聞く 「 お帰りなさい! 」  私の帰る場所  私の帰れる場所……  私、帰ってきても……良かったのかな?   「 ―お帰りなさい― 」     Scene・5   『 あなた 』  プールから上がると、突然後ろから声を掛けられた  そこには小柄の女性が、優しそうな人懐っこい笑顔で立っていた  声も仕草もとても柔らかな感じだった  私と同じ位の年齢かな? 『 今、時間ある? 』 『 はい・・・・・・えっと・・・・・・ 』  水着にはこのジムの名前が……  インストラクターだった  正直、怒られるのかと思った  でも、此処の注意書きには飛び込み禁止の文字は無かった  ―もしかして、一般のお約束事で書く必要も無かったとか?―  そんな事を考えていると、再び声が掛かった 『 あなた、此処のジム、初めてよね? 』 『 はい……今日初めてです…… 』 『 そうよねぇ、もう他の人には全部話ししたもの…… 』 『 ……?…… 』 『 っとそれは別の話で、・あなたのお名前、聞いていい? 』 『 あ、ハイ、速瀬です。速瀬水月…… 』 『 速瀬さん…………、いきなりだけど、水月ちゃんって呼んでいい? 』 『 えっ…………はい、どうぞ。 』  ―いきなり初対面の人を水月ちゃん呼ばわりするかなぁ―  正直面食らった  でもその時点で、彼女のペースになっていた事に気付かなかった 『 泳ぐのは好き? 』 『 ……ええ、泳ぐのは好きです。 』  そう、私は泳ぐのが好きだったんだ  今日、やっと思い出した  泳ぐだけで、泳いでいられるだけで十分だった事  自分の腕に、身体に久しぶりに手ごたえを感じていた事  今の質問で一気に体中に満ちてきた  そんな余韻に浸る間も無く、彼女の質問が降ってきた 『 水月ちゃん、水泳やっていたの? 』 『 はい、高校までやっていました。 』 『 どおりで……綺麗なフォームね。 』 『 ……ありがとうございます。 』  身体は覚えていた  自分の泳ぎを忘れなかった 『 今日はお仕事お休み? 』 『 いえ 』 『 じゃぁ、休憩時間? 』 『 いえ、私…… 』  って、随分矢継ぎ早で、答えようが…… 『 ねぇ、唐突だけど水月ちゃん、あなたインストラクターにならない? 』 『 …………ハァ!? 』    一番瞬にして時間を止められた     Scene・6 『 って、いきなりよ。   いきなりそんな事を聞いてきて、私が仕事をしていないって知ったら   それこそ猛然とつけこんで来たの。信じられなかったわ。 』 『 ははは、速瀬が圧されるなんって、よっぽどだったんだな? 』  慎二君は苦笑した 『 ……やっと笑ったね? 』 『 ……えっ?…… 』 『 私と再会って(あって)から、ずっと「 むっ 」っとしてんだもん、こらっ。 』 『 ………… 』  『 まぁ良いけどねぇ……。 』 『 ………悪い……… 』 『 良いってば、そんなの。 』 『 ……ああ 』  慎二君は向きなおした 『 ……それで? 』 『 えっ? 』  一瞬、何を言われるのかと思った 『 ……ああ、それでね、   まぁ、仕事も見つからないから良いか!って。 』 『 へぇ……速瀬らしいな。……でも、それで良かったんだよ。   今の速瀬を見たら、素直にそう思える。 』 『 あはは! 』  なんて言うか、こそばゆい 『 出よっか? 』  慎二君の言葉に、反応を見せた私の心  くすぐったすぎて……  それを素直に表現するほど私はまだ大人じゃなかった  一呼吸置いて生温いピーチツリークーラーに軽く口つけた  近くの海岸まで歩いた  私はずっと考えていた  慎二君は、私の少し後を歩調を合わせてついて来る  正直、慎二君と二人になるのは怖かった  再び何を言われるか、解らなかった  自分がどんな風に反応するかわからなかったから  先手を打てば何とかなるかな?  此方から話しかける事にした 『 ねぇ、その先輩、何で私を誘ったか解る? 』 『 ……えっ?…… 』 『 どうして、私をインストラクターにしたかったのか、解る?って聞いたの。 』 『 さぁ……、どうしてだ? 』 『 後から聞いたんだけど、実は半年後に結婚が迫っていたんだって。   結婚後も続けたかったらしいんだけど、   彼氏の事情で此処には居られないからって。 』 『 ああ、なるほど。 』 『 ホントは誰でも良くって、片っ端から声を掛けてたんだってさ。 』 『 マジかよ……ひでぇ話しだなぁ…… 』 『 ねっ、慎二君もそう思うでしょう? 』 『 ああ……はは 』  慎二君は、少し笑った  私はつい嬉しくなって、ちょっとだけ自慢話をした  『 でもね、海に近いからって、泳ぐのが好きな人たちばかりじゃないんだって。   ずっと海で泳いでいたから、フォームも綺麗とは言えない人が多いのよ。 』 『 へぇ………… 』 『 ……私、その先輩の事、好きだったなあ………… 』 『 同い年の? 』 『 あ、それは同い年に見えただけで、実は30手前だった。   でも、見るからに若く感じたんだから……… 』  彼女は今でも私に電話をくれる  この街で初めて仲良くなった人  彼女の存在が、私とこの街を繋いだ  とても素敵な人 『 ……なぁ、速瀬。 』 『 …………うん? 』  声を掛けられて、ふと我に戻った  自分はいつの間にかトリップしていた  後ろを歩いていたはずの慎二君は、私を追い越して止まった  私は警戒した  何かあるのかと彼の背中を見つめている 『 速瀬……一度、柊町に戻ってこないか? 』 『 えっ!? 』 『 今のお前なら、大丈夫だろう? 』  一気に私の足元がおぼつかなくなった  足が震える  身体が寒い    ―不安―  何が?  何に?  自分では割り切った筈の時間が覆いかぶさってくる  それに立ち向かうべく一歩を踏み出したはずなのに  まだ目的地には到達できていないの?   それでも慎二君は話を続けている 『 柊町へ戻って、皆に顔を見せて……。涼宮もたか…… 』  慎二君が此方を向きかける  ダメ!  見られたくない!!  思わず慎二君のシャツの袖を掴んだ 『 えっ?…… 』  今、きっと凄い顔をしている  此方を気にする慎二君が嫌    ーやだ、見せられないー  とっさにうつむいた 『 はやせ………… 』 『 ………… 』  私は彼の問いかけに答えられない  今にも嗚咽が出そうになる    −駄目、今は堪えてー  慎二君の右手が私の手に触れ、私の手を包む  その暖かさに触れるのが怖かった  その温もりが余計だった  堪えていた涙が一粒落ち、砂に吸い込まれていく       Scene・7    私たちはずっとそのまま立ち続けていた  五分位経っただろうか、ようやく落ち着きを取り戻した  彼の腕を離し、少し距離をとった 『 あはは、ごめんねぇ。 』 『 …………えっ、いや………… 』 『 ………… 』  それだけを言うので精一杯だった  なのに、慎二君は踏み込んでくる  何とかしないと…… 『 なぁ、速瀬…… 』  『 一年半………… 』 『 えっ? 』 『 あと、一年半待って 』 『 一年半って? 』  一年半と一年半……三年……  それは遙の眠っていた時間 『 ……速瀬……、もし期待しているなら…… 』    ―期待?    何を期待するの?    私はそれを越えて来たのよ!―  だから大声になった 『 違う!そんな事、期待していない!! 』 『 それなら…… 』 『 決めたの……私がそうしようと決めた事なの…… 』   別に他意はない  期待しているわけじゃない  ただそれは自分で決めたけじめだから 『 …………なぁ速瀬、俺で良ければ…… 』  慎二君!  そこで手を出さないで!!  それが嫌なの!  それが一番困るの  私…… 『 ごめん、慎二君。 』 『 俺、速瀬の力になりたいんだ。 』 『 ごめん。 』 『 俺、今でも速瀬の事 』 『 やめて!! 』 『 速瀬の事を 』 『 お願い、やめて! でないと、友達やめるから!! 』  言ってしまった  望まない言葉  望まれない言葉    ―後悔― 『 ………… 』 『 ……お願い…… 』  慎二君は口ごもった  彼が何を言いたいのかは解っている 『 ……ありがとう、慎二君…… 』 『 ………… 』 『 慎二君、優しいよね、 』 『 ……えっ?…… 』 『 優しすぎるよ、慎二君。そんなんじゃぁ………… 』   ― 人も自分もきずつけるだけだよ ―  彼は再び黙った 『 ねぇ、私達、以前関係を持ったけど、その時解ったの…… 』 『 ………… 』 『 私達、似ているね 』 『 …………そうか? 』 『 似すぎているよ……気 使って……使いすぎて…… 』 『 ………… 』  慎二君は俯いてしまった  私は海を見ながら話をする  自分の嫌なところが  夜の海に吸い込まれるように   『 お互いが似ていて上手く行く人たちも居る、   だけど私達の場合は   お互いに気を使いすぎて駄目になる・・・・・・ 』 『 ………… 』 『 相手がわかってしまうから、嘘もつけない……それって、悲しいよね?   気を使って、使って、使いすぎて、挙句の果てはボロボロになる。   そんなだと楽しくないよ。楽しくないから、お互いが引き合わなくなる。   ……離れていくだけしか見えない未来なんて、悲しすぎるよ……。 』  私は慎二君に向って言葉を投げている  だけど本当は、自分に言い聞かせている  『 そういうのって、世間では弱いって言うんだよね? 』  最近私はそう思える  私、弱かったんだ  だから一歩を踏み出した 『 今はまだ 自分が強い なんて言えないけど、   もう少しだけ頑張って、強くなって 強くなりたいんだ私。 』 『 …………強くなったよ、お前は……。 』  その言葉が一番嬉しいよ、慎二君  でも、甘えちゃダメ 『 ううん、まだまだ。だって、今さっきだって…… 』 『 いや、十分強くなった。……でも、お前がそう言うのなら…… 』 『 ………… 』 『 ………… 』 『 ありがとう、本当にありがとう、慎二君。 』 『 ……いや…… 』  一つの荷物が降りた気がした  自分を省みて、自分の現在(いま)を把握して  自分の目的地を探し始めた  やっと一つの区切りが付いた気がした 『 ところで慎二君、今夜はどうするつもり? 』 『 ……えっ、どうするって? 』 『 もう、11時過ぎてんだけど…… 』 『 帰るつもりだったけど…………ってもしかして…… 』 『 そう、この辺からあの街まで行く電車は無いわよ。 』 『 …………しまったぁ………… 』     Scene・8 『 えっ!? この靴、男物だろう? ……大丈夫のなのか、速瀬…… 』 『 何が? 』 『 いや、お前……彼氏とか居るんじゃないのか? 』 『 はぁ!? ……何言ってんの? 』 『 靴だよ、靴。男もんの靴があったぞ。 』 『 ああ、あれね。 』 『 あれね、 じゃないだろう!! 』 『 大丈夫よ、用心の為に置いてあるだけだから。 』 『 用心……って、普通トランクスだろう、下着泥棒対策は……。 』 『 だから下着泥棒だけじゃなくて、新聞の勧誘とか色々あんのよ! 』 『 ……そう……なのか? 』 『 そうよ。だから歯ブラシも二本揃えて窓から見える場所に置いたり、   トランクスだって一着じゃ変に思われるから、   何着も揃えたり色々大変なんだから。 』 『 はぁ……そういうもんかね? 』 『 そういうもんなの。 』 『 はぁ、無駄な…… 』 『 そうでもないのよ、たまに使っていたりするから……   慎二君、今日使う? 』 『 えっ!? 』 『 何てね、うっそ〜! 』 『 お前なぁ…… 』 『 今の話で発情なんてしないでねぇ、信じているからね、慎二君! 』 『 しないよ、できるわけ無いだろう! 』 『 ふふ……信用しているからネ 』 『 そこまで言われちゃったら、ぐうの音も出ねぇって…… 』  結局、慎二君を泊める事になった  幸い部屋は二つある  鍵は掛からないけど、彼にはそれも必要ない  っと思っているのは私だけかな? 『 じゃぁ、これ毛布と掛け布団。   ごめんね、ソファーなんかで…… 』 『 良いって、俺がうっかりしていたんだし…… 』 『 私はこっちの部屋で寝るから……何かあったら声掛けてね。 』 『 ああ。 』 『 じゃぁ、おやすみ。 』 『 おやすみ。 』  襖を閉めて、寝る用意をした  ベッドに一旦は入ったけど、思うところがあって再び起き上がった   小さなテーブルを引っ張り出し、便箋を広げる  久々に文字を連ねる  少しすると襖の向こうから声が掛かった 『 速瀬、まだ寝ていないのか? 』 『 ……えっ、う、うん、まだちょっと…… 』 『 何しているんだ? 』 『 ちょっとね……、ところで慎二君、明日は大丈夫なの? 』 『 大丈夫って? 』 『 ほら、仕事とか…… 』 『 ああ、大丈夫だ。電話も入れたし…… 』 『 結局、慎二君はお家の後を継ぐの? 』 『 そのつもりだけど、その前によその事務所で働けってさ。 』 『 へぇ、結構厳しいんだね。 』 『 まぁ俺も、元々そのつもりだったし…… 』 『 ふーん…… 』 『 やっぱり、現役合格って訳には行かなかったな…… 』 『 えっ? ああ、試験のこと? 』 『 ああ。さすがに国家資格だけあって、競争が激しいよ。   現役合格する奴もいるけど、あの学校からじゃ一割に満たないんだからな…… 』 『 そんなにぃ?じゃぁ、一浪二浪は当たり前ってこと? 』 『 実際多いらしいよ。30代・40代の人も受けているし。 』 『 はぁ、気が遠くなりそう……。 』 『 水泳は資格とか無いのか? 』 『 あるけど……B級はもう取っちゃったから…… 』 『 くっそー!俺は来年、絶対に受かってやるぜ!! 』 『 ふふ、頑張ってね 』 『 ああ、サンキュー! 』  そのあと少しだけ話して  彼は眠りに落ちて行った……     Scene・9 『 まだ、時間大丈夫なんでしょう? 』 『 ああ、今日丸一日居たって大丈夫になった。 』  朝、結局9時ごろまでお互いに眠っていた  幸い私の仕事はお昼からだったので、時間まで少しはゆっくり出来る  今日は慎二君を見送りに出て、そのまま職場へ直行の予定 『 そうだ!もう一度海を見に行かない? 』 『 ……えっ、ああいいぜ。 』    慎二君と二人、海まで出てみた  私のアパートから歩いて10分  昨夜訪れた浜辺とは別の海岸で、夕べの浜とは岬を挟んでいる  すぐ近くにマリーナがあり、海釣りのボートやヨットも係留されている  爽やかに晴れた水面は、穏やかでキラキラしていた  波の音は音楽を奏でるように静かだった 『 はぁ、のどかねぇ…… 』 『 はぅぁ〜あ…… 』 『 なぁに慎二君、寝不足? 』 『 うっ、あっ……、まぁな…… 』 『 ったく、駄目だよ、ちゃんと寝ないと。 』 『 ああ…… 』  って、私を睨みつけるような視線  まぁ、解らないでもないけどね  二人でのんびり砂浜を歩く  夕べ起こった出来事なんて、カケラもない程普通の仲になっていた 『 なぁ速瀬、昨日会ったとき、なんで逃げたんだ? 』 『 えっ、あれ? あれはね、きっといつかそんな場面が来るって想像していたの。   いうなれば、条件反射ね、ふふ・・・・・・ 』 『 じゃぁ、なんで逃げるのをやめたんだ? 』 『 あれは、つい逃げちゃったんだけど、   何で逃げているのか解らなくなっちゃったから。    夕べも話したじゃない、誰かに見つけて欲しかった、   誰にも見つけて欲しくなかったって。 』 『 ああ、言ったな。 』 『 結局私、一人で寂しかったんだ。   それで誰かに見つけて欲しくって。   でも、そうやって受身な自分が許せなくって・・・・・・。 』 『 ……そう……なのか? 』 『 うん、そう 』  明るく言えた  あっけらかんと言えた事が不思議だった 『 そう言えば速瀬 』 『 えっ? 』 『 お前、もう大会とか出ないのか? 』 『 うん、もう良いんだ。 』 『 諦めたのか? 』 『 諦めた?……ううん、そうじゃないの……。 』  私は海を見つめた  ちょうど岬からマストの影を見せながらヨットが姿を現した 『 ……あっ、ヨット! 』 『 おー、ホントだな。 』 『 いいね、なんかゆったりしていて……楽しそう……。 』 『 ああ。 』  私達は少しだけヨットを眺めていた  ヨットはそのまま海岸沿いにマリーナの方へ向っていく 『 あ、そうだ慎二君。BLUEWATERって知ってる? 』 『 ブルーウォーター? 』 『 そう、BLUEWATER。ヨットをしている人達に聞いたんだけどね。 』 『 ……知らない…… 』 『 あのね、「 競争しない 」って意味らしいのよ。 』 『 へぇ…… 』 『 言い換えれば、「 楽しむ 」って事だよね? 』 『 まぁ、そう言えるかもな……。 』 『 私が小学生の頃、水泳のコーチがよく言っていた事なんだけどね、   私、その頃から競技やっていたの、話したっけ? 』 『 ああ、噂で聞いた事がある 』 『 そのコーチがね、タイムが出ないと必ず  「 速瀬、楽しんでいるか? 」って聞いてきてたんだ。 』 『 へぇ 』 『 今ね、泳ぐのがとても楽しい。プールに浸かっているのが本当に楽しいの。 』 『 ああ。 』 『 私はBLUEWATERを目指す事にしたの 』 『 競技をしないってか?   じゃぁ、もしも速瀬の生徒が競技をしたいって言ったら、   諦めさせるのか? 』 『 だから違うって・・・・・・。テクニックはきちんと教えるけど、   メンタルな部分では「 楽しく泳ぎなさい 」って教えたいの。 』 『 ああ、なるほど 』 『 解ってくれた? 』 『 ああ 』  ヨットはマリーナに吸い込まれていった  私達はそれを見送った  いつの間にか追い風が吹いていた      LastScene  ホームで電車を待っている  ふと夕べ書いた手紙の事を思い出す 『 慎二君、頼みがあるんだけど・・・・・・ 』 『 ・・・・・・なんだ? 』 『 これ、ポストに入れて欲しいんだ 』  鞄から出した手紙を慎二君に手渡す 『 涼宮にか・・・・・・ 』 『 うん・・・・・・できれば、来月の22日頃にして欲しいんだけど・・・・・・ 』 『 どうして? 』 『 誕生日なんだ、遙の・・・・・・ 』  そう、後少しで遙は誕生日を迎える  あれから、一年半  過ぎた時間は、進んでいる  遙も私も前に進んでいるはず  ちょっとだけ何かが欲しくって手紙を書いた   でもすでに気持ちの変化が私の元に残っていた  それが ―「 なにか 」― だと思う 『 ……そうか…… 』 『 あっでも、無理にあわせなくてもいいよ……大変でしょう?…… 』 『 いや、いいよ、大丈夫 』 『 あと…… 』 『 ……あと? 』 『 遙達には言わないでね、私がこの街に居るって事 』 『 ああ…… 』 『 ホントにね。 』 『 ああ……、って参ったなぁ…… 』 『 えっ? 』 『 いや、な、みんな変わっちまって……なんだか取り残されたみたいだ 』 『 ……それって? 』 『 もう一年前になるんだけど、孝之の奴が俺に言ったんだ。   「 俺と遙はこの街で速瀬の帰りを待つ 」だと 』 『 !? 』 『 俺と遙は、速瀬が安心してこの街へ帰れる様にする!なんて、   俺の目をまっすぐに見て言いやがった…… 』 『 へぇ、孝之がね? 』 『 ああ、……帰りたくならないか? 』 『 ……んー、ちょっとだけ……かな? 』 『 はぁ、やっぱり駄目か…… 』 『 お生憎様〜。 』  二人して少し微笑んだ  その時、構内をアナウンスが流れる 『 なぁ? 』 『 ん? 』 『 また来ても良いか?俺…… 』 『 ……正直……あんまり来て欲しくない…… 』 『 やっぱり夕べの事か? 』 『 そうじゃないの、そうじゃ……。だけど、かわりにメールするよ 』 『 ……ホントか? 』 『 うん……、毎日じゃないけど…… 』 『 それでいい、そうしてくれ、でないと…… 』  最後の言葉を慎二君は飲み込んだ  上りの電車が入ってくる  お互いに顔を見合わせた  慎二君は荷物を肩にかけ、電車に乗り込む  すぐさま振り向いた 『 必ずメールしろよ! 』 『 うん 』  扉が閉まる  扉の向こうで慎二君は小さく手を上げる  私も小さく手を振る  慎二君の居た窓は次第に遠ざかっていく  私はそのまま電車を見送った 『 さって、仕事に行きますか! 』  私は反対側の電車に乗った  数日後、私は慎二君の携帯にメールを送った    ― お約束どおり、メールします ―              『 Bluewater 』END 05.02.06       後書き  構想を考えてから一年(汗)  長かったです(爆)  今回のお話は『 遙END後の水月 』と言う事で  たくとの感じた水月を書いて見ました  位置的には、私の書いたSS『 MY HOME TOWN 』と『 Loveletter 』の間です。  正直、水月を見つけるのに一年かかってしまいました  でも、自分なりに納得した水月が描けたと思います  まぁ最後のシーンは、かなり強引な感じがしますが(大汗)  感想などいただけたら幸いです。   ではまた!   ver・2を書き終えて  あちこち修正してみました  まぁ色々と付け加えた事、付け加えた事(汗)  ただ、自分では気づかない『 何か 』がありそうです  良くなった部分、悪くなった部分  色々とご意見を聞かせてください  それでは!              byたくと
     

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